あるいは綾子嬢に捧ぐ最後の花束(7)
7、
深い闇に浮かび上がるようにして、二人の少女が血だまりの中で倒れ臥していた。
赤く澄んだ輝きの中に覗くのは、どちらも整った顔立ちだった。
あまりに現実味に乏しい光景だったため、咄嗟に足は動かなかった。意味を理解し、はっとして見上げると、夜景に埋もれた薄暗く背の高いマンションがあった。
あの高さから落ちたにしてはよくこの程度で済んだと言いたくなる有様だった。我に返って慌てて駆け寄ったものの、内臓破裂か、失血死か、とにかく息があるようには見えなかった。一応救急車を呼ぼうと思ったが、すでに何人かの野次馬が遠巻きに二人を見つめていた。スマートフォンだか携帯電話だかを手にしている者もいるし、まるで何もしてはならないと言い含められたかのように身じろぎ一つせずその場に佇む者もいた。
自分のするべきことは何かと考えた。観察から始めた。二人は同じ学校だろうか。清楚な印象の制服姿で、近くにある有名な女子校のそれだと気がついた。
心中か。若い身空で可哀相に。彼女たちにどんな事情があったのかは分からない。だが死んでしまえば何もかも無駄になる。無意味になる。生きてさえいれば何だって出来るのに。未来なんていくらでもあったはずなのに。
夥しい量の血は生々しく、悲惨としか言い様がないこの状況で、何か声が聞こえた気がした。
まさかと思った。だが身体は勝手に動き、片方の少女の呼吸が止まっていないことに気づけた。
救急車はまだか。生きていた方の少女は視線も定まらないままに口を開いた。唇を震わせて何かを語り出した。とても大事そうに、どこか穏やかな表情で。告げられた言葉は口腔からあふれ出した大量の血のせいでひどく聞き取りづらく、何ひとつ意味を持ったものとして理解できなかった。やがて彼女は意識を失い、そのまま息を引き取った。
サイレンを鳴らし、真っ赤な光を明滅させながら救急車が到着したのはそれから二十分以上してからのことで、呆れたことに最初からいた野次馬たちの誰一人として救急車を呼んでいなかったことがしばらく後になって分かったのだが、しかし救急車を即座に呼ばなかったのは自分も同じであり、彼らだけを責めることはできそうになかった。
二人の少女による心中事件としてマスコミはセンセーショナルに取り上げた。彼女たちが死を選ぶまでに至った原因を求め、いくつもの背景を容赦なく暴き、身勝手な推測と妄想によって二人の最期は脚色され、極彩色で豪華絢爛に飾り付けられた。
以来、二人が絶命したこの現場には無数の花束が献じられるようになった。深紅に彩られた美少女が二人、奈落にも似た夜闇の中、強烈なスポットライトに皓皓と照らされながらも、儚く永の眠りに就く。そんな写真がインターネット上に出回ったそうだ。
一見綺麗ではあっても痛ましい死体写真に過ぎないはずのそれは、ひとつの成就した物語として大勢に認知された。これに伴って涙を誘う悲劇の終幕へと意味を塗り替えられていった。二人の写真と情報は、あの広大な記憶の海に漂い続ける。泡として消えることすら許されず、いつかすべての意味を失う日まで。
幾ばくかの憐憫と共にある種のおぞましさを感じずにはいられなかった。
それから仕事帰りにこの近くに通ることが何度かあり、せめてもの手向けとして花の一つも置いてこようかと思った。だが、やはり短い時間黙祷するだけにとどめた。
いつだったか無造作に積み上げられていた百合の花束が、たった一度吹き抜けた強風により大きく膨れあがると、一瞬のうちに堆く積もっていた白雪のごとき山の敢え無く崩れ出したのを目の当たりにした。そのまま止めどなく道ばたに転がり広がると、それが行き交う人々や車に一顧だにされず踏みつけられ、踏みにじられ、千切れた無数の花びらは道一面に飛び散って薄汚れ、それらが再びの風に骨か灰のごとく吹き上げられると、その穢れた白を視界いっぱいに撒き散らすに至った。そして次に通ったとき、この道はすっかり清掃されてしまい、散乱した痕跡はすっかり消え去っていたのだ。そのあまりにも無惨な光景が頭を過ぎり、どうしても献花をする気になれなかった。 (了)




