4話目の楽屋ネタ
「とうとう書き上げたぜ……」
NTR小説がヒットしてしまったおかげでNTR小説ばかり書くようになった作家(39)は苦悩していた。恋愛小説が書きたいのに、なぜか書けなくなってしまったのである。恋愛小説の場合、連載五十話目ぐらいで出てくるクライマックスがNTR小説では一、二ページ目で出て来てしまうからだ。
ジレジレが書けない、鈍感系主人公が描写できなくなっていた。
純愛小説に挑戦し、渾身の三作を書き上げたものの、女子大生アシスタントの早乙女恋(20)にダメ出しを喰らってしまう。前作の終わりで『もう、あなた異世界ものに戻りなさい』と言われてしまい、落ち込みつつも、
「そうだ! 異世界もので純愛物語を書けばいいんだ!」と悟りを開き、書き上げたのが当物語である。
完成したばかりの原稿を読み終えた早乙女恋が俺の顔を見ている。
目のハイライトは……いつものように消えていた。怖い。いつもよりずっと怖い。
そして一言だけ発した。
「何コレ」
彼女は茫然自失となり言葉を失ったかのように終始無言だった。
俺は正座をして彼女の言葉を待つ。次の言葉はこんな感じだろうと推測する。
「ミカジュー、何コレ」
「ウェートレスさんの胸を絞るって、何コレ」
「これのどこに純情・恋愛の要素があるのよ、何コレ」
「テンポ悪いし、長いし、何コレ」
「ねぇ、ヘンタイさんにジョブチェンジしたの? 何ソレ」
正直に言ってくれよ……。しかし彼女は無言のままであった。
そろそろ正座をしつづけて足が痛くなってきた。
夕陽が窓からさしてきた。カァーカァーとカラスの鳴き声がする。
……俺は正座のまま、恋から解放されることはなかった。
・・・・・
後日、俺(39)は早乙女恋(20)と夏祭りにやってきた。
夏の風物詩であり恋愛物語では必須のラブラブ・イベントである。ただ俺たちは歳の差婚であり、一旦結婚してしまうと、このようなイベントでも普通の夫婦として先輩風をふかし、カップルたちを『がんばれよ~』みたいに余裕を持って眺めてしまう。
俺たちは夫婦。思えば恋愛物語ではゴールイン、究極のハッピーエンド、恋人同士のワンランク上の存在である。上位互換として余裕になるのも無理はない。
「はぁ~」と恋が溜息をついた。
「ごめんって、悪かったよ。あんな作品はもう書かないからさ、許してよ」
「あのさ、貴方は気づいてないかも知れないけど、女性読者は一人も残っていないからね?」
「ひ、ひとりも……嫌われちった?」
「当たり前でしょ。生理的に無理だわ。私の友達だって読んでいるのに、次会った際にどんな顔してればいいのよ……」
「ご、ごめんって」
「はぁ~、私の夫だって胸張って紹介するのが恥ずかしいわ」
恋と俺は、手を恋人繋ぎにして共に歩いていた。
「はぁ~、もうイヤ」
「無理やりNTRを封じたから、その反動で歪なミカジューなんてものを作り上げちゃったのかなぁ」
「この変態仮面っ!」
「そんなこと言うなよ、ほら、タコ焼きとかりんご飴か買って食べよう」
「もう……バカ」
楽しい気分でリフレッシュしようと恋を誘って夏祭りに来たは良いものの、彼女は溜息ばかりであった。
「恋、機嫌なおしてよ。綿あめもあるよ」
「だって……あなたの小説、みんなが見てるんだもん。恥ずかしすぎるわ」
「そんなに見てないって。セーフだよ、セーフ」
「はぁ~。友人知人に紹介するんじゃなかった……」
綿あめに齧り付きながら、俺と恋は神社のある方向へ歩を進めた。
人が少なければ階段で座れるから楽が出来る。
座って、たこ焼きを食べながら花火を観るのが最高のシチュエーションだ。
「どうやったら女性読者を集めることが出来るんだろう。スローなラブラブ動画がネットで女性視聴者に流行っていると聞いたことはあったけど」
「あなたはエンターテインメントを勘違いしてるんじゃないかしら?」
唐突に恋が語り始めた。
「あのね『奥さん、ガバッ、い、いけません慎吾さん』というのですら、小説では筆力が相当必要なのよ。純愛な恋愛物は最も筆力が必要だと言われてるわ」
「そうなんだ……」
「舐めて掛かったら駄作のオンパレードよ」
(しゅん……)
「そんなに落ち込まなくても……まぁいいわよ。過ぎたことは仕方がないし。もしアドバイスで協力するとしたら、そうね、『丘の隠れ家』に主人公が片想いの大切な幼馴染がバイトしてたら、どう?」
「……死ねるな」
自分の大切にしている女性がいつの間にか胸を絞られて母乳を客に出されているだなんて想像するだけで脳破壊されそうだった。自分の知らないところで幼馴染の女の子が大人の階段を登っているだなんて……。胸がキュッっと苦しくなる。
「俺なら、どうにかして幼馴染をそんな怪しい店から助け出そうとするかな。そういう観点を入れるだけで面白い物語に出来そうだよ。さすが恋だな、いい着眼点の提供ありがとう」
「フフッ……。今夜は楽しも」と笑いながら恋は俺の左腕を取って身体をくっつけてきた。
「射撃の景品取りでもやる?」
「そうだな、一発、大きなぬいぐるみでもゲットしようか」
「うんっ」
二人はにこやかに笑いながら屋台を巡っていく。幸せなオーラが包んでいた。
時々、恋が繋いだ手をぎゅっと握る。その度に俺は幸せを感じる。
ちなみに射撃での収穫は全くなかった。
神社に着いた。人は少なく、花火をゆっくり観るには穴場といえよう。
「よっこいしょ」階段に座って袋からみたらしを出して、もぐもぐ……恋は幸せそうに食べ続けていた。祭りや初詣の屋台では、どうしてあんなに美味しく感じるのだろう。
「みたらしや焼きそばを食べて喉が渇いたわ。あと少し歩いて疲れちゃった」
神社の階段で座りながら花火の開始を待っていたら、恋がそんなことを言った。
俺は周囲に飲み物が入手できるところはないか頭を回して確認していく。自動販売機とかないかな? すると神社から少し離れたところにお洒落な喫茶店がある事に気がついた。全面ガラス張りで、店中から花火が観えるようになってる。これはラッキーじゃないか? ここから見ても中に客が多く入っていない、席が空いているのが見えた。
「レン、見てごらん、奇麗な喫茶店があるぞ。あそこ行ってみないか?」
「うん。オシャレそうなカフェだね」
俺は恋の手を取り、自然と恋人繋ぎをして喫茶店へ向かって歩いた。時々、恋が俺の顔を覗き込んで『うふふ』と幸せそうにはにかんでいた。
カランカラン
「「いらっしゃいませーーーっ」」
「お二人ですか、お好きな席にお座りください~」
「はい、ありがとうございます」
俺たちは窓際の四人席を取った。外が良く見えるので花火もバッチリだろう。
「あー涼しいなぁ~」
「こんな場所を見つけるなんて、旦那として素敵よ。褒めてあげる」
「ふふ、名誉挽回、名誉回復ってところかな」
「うん、良かったね」
するとウェートレスが注文を取りにやってきた。
「えっと、俺はアイスコーヒー」
「私はアイスレモンでお願いします」
「ご注文を繰り返します。アイスコーヒーをおひとつとアイスレモンティですね」
「「はい」」
「ありがとうございます。しばらくお待ちくださいませ」
注文を終え、俺はレンの顔を見ながら微笑んだ。
「また来年も来ような」
「うん。最高のシチュエーションよね」
「ご飯はどうする?」
「ここで食べてもいいね。まだ私はお腹が空いていないけど」
俺はふとテーブル横に立てかけてあるメニューを取った。
さらりと品目に目を通していく。すると、ある項目に目が釘付けになった。
「み……、ミカジューが……ある……」
うっすら店名が見えた。
……丘の隠れ家
夏祭り以降、この夫婦の姿を見たものはいなかった。
【Fin】




