タイムトラベルおじさん息子になる1
相変わらず目覚めると頭が巡らない。タイムトラベルの副作用と考えれば手軽なリスクで未知の冒険が出来るのだからお得という感覚なのだが、なかなか馴れることがない。
最初はタイムトラベルしても何もせずに周囲を観察し、記憶にある風景と合致しているかという単純なテスト時間旅行を繰り返していた。
数分のタイムトラベルですら朝の目覚めは悪く、頭の回転が戻るのは3時間ほども掛かった。
一番最初は薬の飲み合わせでタイムトラベルが起きたのだが、市販薬の飲み合わせで効果が相乗するという事は基本無くて、アルゴリズムは相乗効果にならないように出来ている。
薬の飲み合わせでは決して想定外の薬効は起きないのだ。
これは西洋医学の話で、漢方ではアルゴリズムはよく分かっていないけど効果がある、というスタンスで設定されているので、今回のタイムトラベルは漢方系の「どうしてか分からないけど効果が出ちゃった」というものである。
そもそもタイムトラベルなんて膨大なエネルギーが必要そうに思えるし、魂の引越しというか若き自分に憑依するという微妙に転生などと違う理論的な分析が出来そうにない。
実験室で再現できなければ論文も書けないといった科学の根本に迫る課題が僕にのしかかってくる。
しかし今回の目覚めでは体が半透明な、薄まっているような感覚が生じていた。隣で寝ている美しき妻は物理的な重量感というか存在感がある。
一方の僕は質感が全く足りていないように感じる。タイムトラベルによる悪影響として観察し、理解を深めねば安全性などに危機感を覚える。
頭の冴えのなさは、脳という精密機械に影響が出やすいのだろう。毎回、三時間ほどで回復しているので心配していなかったが、少し様子を観たい。
ところで妻は寝ているが、タイムトラベルを始めてから何も変わっていない。
妻が別人に代わったとか、変に喧嘩が多くなったとか、特に何もない。過去をいじった彼女たちが手紙を出してきたりは今はないだろう。随分と時が流れたからね。
妻は女優として十数年一線で活躍しており、高校時代はたいそうモテたそうだ。
別学年の人たちが教室まで彼女を観に来たり、一年の頃から男性への対処法を勉強させられたというほど。
ナンパや痴漢など、危険な目に遭う前に対処するらしく、電車に乗っていても遭遇しないそうだ。
僕と外食に行くと店員さんらに声を掛けられたり、配達の方にはネットで「見た、遭遇した」などと発言しているのを時々見かけた。
住所までは暴露されていないようなのでネットマナーは最低限のものはあるようだ。
ただ自治会だけはストーカー製造機。どこに引越ししてもストーカーが発生し、自宅の周りを周回する男性や、スマホを持ち上げてシャッターチャンスとなれば動画やら撮影されている。
ゴミ捨ても妻が行ってくれていたのに今は僕が殆どをやっている。結婚生活は未だにラブラブカップルのように過ごしているのが僕の自慢である。
過去の後悔を妻に話したところ、井口さんの時は「彼女は貴方のことが好きだったのね」と言い、他の娘たちの場合は「貴方の安心さに胡坐をかいて調子に乗ったのは貴方ではなくて彼女たち」のように僕の感じていることとは真逆のことを言う。
「一番あなたを愛してるのは私だからね」
というのが妻の決めセリフである。こんな素敵な妻がいるのでタイムトラベルをして昔の彼女とヨリを戻そうなどとは思わなかったのが、バタフライエフェクトの最小限で僕が我慢できる所以である。
しかし身体が薄まっている自分を観ると、恐ろしいショックが精神を襲うという事はなく、意外と冷静に観察できていることに驚く。
理系の研究者ならではの理性が働いているともいえよう。
こういった不可思議な現象を考える時、僕は「宇宙の果て」を連想する。学生らから「実際の所、どうなっているのですか?」と質問されることがある。よくある知識が増えたから子供の頃の疑問を論議する、という感じ。
僕は、宇宙の外は虚数の世界だと返事をしている。身近なところでは電子レンジなどが虚数を応用しているようなもので、人間にはまだ知覚できないのだから「分からないものは分からない」と線引きするのが研究者の使命というか。
線引きは自分の脳力の差分を把握するのに必要で、陰謀論などを見極める訓練となる。
光は、粒子であり波である、水みたいなもので、光の粒子が飛んでくる間にある「水みたいな何か」を昔はエーテルとか言って架空の物質を作り出した。ダークマターも類似商品だ。
こういったことも「分からないものは分からない」として切り分け、タイムトラベルを慎重にこなすことに成功していた。
しっかし、半透明の身体はいただけない。かなり深刻な展開になってしまった。
死が近づいているとも感じるが、痛みはなく視覚的に質量が少なくなっている身体を客観視し、タイムトラベルのせいで死を呼び込んでしまったのだろうと当然の報いみたいに考え、心を平穏に保とうとしていた。
「宇宙の果て」や「光」については、僕の現実逃避。
精神状態は決して良くなかった。
◇
身体が薄まっていた時間は三時間ほど、頭の回転が回復するのと同じぐらいの時間が掛かった。
ホッとするのも束の間、タイムトラベルを多用すると死を招くという実感が出て、死んでしまったら何の意味もないと認識し、一週間は何もせずに普通の日々を過ごした。
考えることは、次のタイムトラベルは気安くしないということ、妻に何かあった場合のみ全力で問題解決のために行動するという事、世間への公表やノウハウはせずに一子相伝のように伝えるという形を選択する、といった具合。
今のところバタフライエフェクトは発生していないようだし、真剣に死にかけた雰囲気を感じたというのが慎重さに拍車を掛けたといったところか。
僕は自覚はなかったものの陽キャに属するらしく、運動は飛びぬけて出来て、勉強もそこそこ優秀であった。
一言でいうと「努力をする天才」であった。
友人たちからは漫画から出てきたリアル主人公と言われたりした。こんなスペックを持つと普通は嫌われそうだが、嫌われなかったのは、男女年齢関係なく接することが出来たからと言われる。
本人としては他人がそんなに高く評価していることに違和感を持つ。自分ではよく分からないものだからね。
中学時代は弱い者いじめがあると庇ったりは普通にした。空手をリアルでやっているとクラスメイトの男子は敵にならない。バスケの部員と部外者では話にならないのと一緒で、イメージすれば容易い。
社会人になってからの自分の後悔というのは何があったか、よく考える。
死を予感させる薄い体の自分に追い込まれ、最後前のタイムトラベルを試みる為だ。後悔が多すぎて気にもしていないのか、いやはや、絞り込めないだけみたいで小さな後悔は山ほどある自覚は持っている。
ちなみに最後のタイムトラベルは妻に危機が迫った時に行うつもりだ。
僕はナンパを一度もしたことはなく、友人らがナンパするというのも避けてきた。付き合ったりするのは、その前段階で仲良くなっており、決して惰性なんかじゃないと自分を納得させていた。
そんな女性馴れしていない僕が最後に辿り着いたのが妻だった。
◇
タイムトラベルで一番楽しかったのは、昔の愛車を少し運転したこと。実はこれが一番懐かしく楽しかった。
目が覚めると夜になっていた。
隣で妻が寝ているので深夜になっているみたいだ。なぜか彼女は泣いている。すすり泣きではなく号泣に近い。
どうかしたのか、と心配して愛妻の肩を触ろうとしてビックリした。
なんでか僕の手が素通りする。
「む……」
壁を触ってみた。微かな抵抗を感じた。
扉はなんとか開けれたし、人間の肌感覚には影響を与えず、無機物には何とか触れられるといった感じなのか、考察を繰り返さないとマズい展開だと冷や汗をかいた。
何が出来て、何が出来ないのか、心霊現象の秘密みたいなものを解き明かしてしまうのか、僕の思考が科学的っぽく見えるが、実はテキトーだという自覚もあり、やや冷静さに欠けている。
自己を統制できないことって、かなり深刻なのではなかろうか、と焦る気持ちも芽生えた。
愛する妻を再度観察してみた。号泣がやんでいない。
悲しみや怒りというのは三十分ほどしか持続しないという知識があるので、様子を引き続き観てみるが、嗚咽の中で声がしない。
この妻の様子って愛する人が死んだりしたケースじゃない?
◇
愛妻は隣で泣き続けている。彼女の肩や背中に触れようとしても手が素通りしてしまい触れることが出来ない。
自分の身体をよく観ると暗いながらに半透明のままであり、仮眠をとったと思いきや深夜になっている為10時間ぐらいは経っていると思われる。
ここは冷静に考えるべきだと、まずは妻の鳴く声がするので僕の鼓膜は物理的に音をキャッチしていると言える。霊魂のような存在になっているわけではなさそうでホッとできる安心材料だ。
しかし触ることが出来ないのは不安材料、なぜだ。
妻が鳴いている理由を聞こうと声を出すが妻には聞こえていないようだ。僕の声帯は空気の振動を起こせない、つまり物理的存在ではなくなってしまっているという事。少しヤバいと感じ入る。
ボールペンは持とうとすると少しだけ動かせる。文字は書けなかった。
次にどうしてこんな半透明の身体になってしまったのか、を考える。最初の薄まった身体やその上位互換な半透明、タイムトラベルが今の時間に近ければ近いほどマズかったのでは? と自問自答する。
バタフライエフェクトも何十年と昔の小中高なら無問題でも社会人や結婚してた元妻に至るとさすがに歴史の修正力というものが働くのだろう。
それが最悪の結果=僕の死=を呼び込むのなら僕の自業自得ともいえる。
慎重に物事を運んでいるつもりが、最近では何かに操られるかの如く元妻の後悔まで処理してしまった段階で致命傷になってしまって、今の生活を壊すことに繋がったのだ。
そう考えると後悔を無くすために最も後悔することを選択して選んでしまったといえよう。冷静さは理系研究者である性格の特権みたいに思えるが、メモ書きすらできず、妻に触りも何もできないので、自宅を出て近くの公園にて問題を如何に解決できるかの思索をしよう。
公園に着き、ベンチに座ってボーっとする。
頭の回転は早い方だったのに今はやはり普段の30%以下程度の思考能力しかない。これは困った。ベンチにすら座れなくなったらどうしよう。
最後にタイムトラベルをとっておき、妻の危機、暴漢に襲われたりの命を守るという役目が出来なくなってしまう。何とか回復しないだろうか。
誰もいない公園、来年の夏のお祭りに行ってタコヤキやヤキソバを食べることも出来ない。山や渓流へ行ったり、海に行ったり。妻と魚を採って遊ぶことが出来なくなったと想像したら凄まじい現実感が襲ってきた。
現実を感じた際に、徐々に記憶力や脳の回転が始まった。しかし以前の通りではなく単純に認識能力が現れただけ。
タイムトラベルのような夢物語の世界を気軽に考えてしまった迂闊さ、些細な変化の作用をしただけで後戻りできない身体になってしまいそうな今現在、恋愛なら時間が解決できそうなのに、今回の後悔は時間が経てば人生終了と思う。
すでに僕は死んでいるのかもしれない。
末期がん患者さんが死を受け入れる時間の話は知っているが、僕も今は現状を受け入れることは出来ないだろう。
さて自宅に戻って妻にだけは何らかのメッセージを残したいと思う。
★★★★★
【手紙】
愛しの妻へ
どうやら僕は死んでしまったようだね。
たぶん床に倒れていたか、椅子に座って死んでいたのを妻が発見してくれたのだろうと思う。でも僕は魂みたいなものになって生きている模倣みたいな形で存在はしているみたいだ。
妻の泣き声が、触れることは出来なかったけど、いまだ音が聞こえるので鼓膜の存在があり、物理的存在ならばこれが元に戻る解明の糸口になるかも知れない。
今は何が何だか分からないけど、戻るためにあがいてみたいと思う。
黙っていたけど最近、目覚めが悪く三時間ほどはボケーっとなっていたよね。あれ実はタイムトラベルが出来るようになって過去に少しだけ戻り後悔をした出来事を修正していたんだ。
最初は風景を観て懐かしいだけだったのが、ほんの少しだけ後悔した出来事を修正していったんだ。でもやりすぎてしまったらしい。少しと思っていたけど、歴史の修正力に負けてしまったらしい。
タイムトラベルのきっかけは筋肉の鎮痛剤とアレルギー系錠剤の飲み合わせで、そのまま寝て希望する”時”を強く念じるとその時の若き自分に憑依みたいにできること。
市販薬では作用機序は明らかになっているから飲み合わせでも想定外の効能は発揮できない筈なのに、だけど実験では僕も経験してたけど凄い効果が出たりするよね。
コロナやエロモナスのような恒常菌タイプのウイルスが、他の病原菌と一緒になると、単独ではすぐに治癒するのに惨たらしい結果を生むようなのと同ケースかな。
何とかペンを握ってメッセージを書いていたけど、妻にはよく話していた医療の基本の話、希望的観測だけど過去の僕に会うことが出来れば殴ってでも止めてほしい。
一生、幸せにすると約束したけど、途中下車してしまって、ごめんね。愛してるよ。
妻を愛する旦那より
★★★★★
タイムトラベルを可能にする薬剤の飲み合わせを、メッセージのヒントから実践した妻が過去に一度だけ戻り、無事旦那のタイムリープを止めさせたのは別の講釈で。
私の書いた初めての小説がこの二編になります。
当時のタイトルは『独り善がりのタイムリープ』
クラスメイト達の絡みとか、幼馴染と隣席の子と三角関係になったりとか、息子が戻ってきた後で息子が女子達との関係が変わって混乱しているとか、喫茶店に行ったらミカジューが出てくるとか、お父さんと喧嘩したりとか。面白そうなネタ?は沢山あったのですが、息切れを起こした作者でした。
まぁ処女作でしたから、校正、加筆を試みましても、あまり手が付けられなかったです。思い入れがあるだけに変えられないという気持ちが強くて。ただ、タイムリープ物は好きなので、いつか面白い作品を作れるように頑張りたいと思います。
これにて短編集を閉めたいと思います。
お読みいただきありがとうございました。気に入られた短編はございましたでしょうか。




