幼馴染に彼氏が出来てキスをしているのを目撃したのだが
両思いだと思っていた幼馴染。僕は清太郎。幼馴染は優香。現在の関係に満足していたら、あろうことか彼女に彼氏が出来たと軽く話をされてしまう。そ、そんな……。更に最悪な事に、後日その彼氏とキスをしているのを目撃してしまい、僕は愕然とする。あかん、死にたい。どうする清太郎。
おはようという声と共に玄関を抜けた先に待っていたのは幼馴染の小川優香だった。
俺の名は小鳥遊清太郎。この幼馴染に片想いをしている高校二年生だ。
彼女は美少女で可愛いタイプ。クラスメイトからは俺達の幼馴染という設定を知ると必ず『典型的なラブコメ・シチュエーションをしやがって、羨ましいけしからん』と非難される。
(いいじゃないか俺のせいじゃない。文句を言うなよ俺に!)
心の中で叫ぶが、この幸運を自覚しているのが俺だ。
登校時には毎回はにかんでいる優香を横目で見るだけで幸せな気分になる。
当然、今の関係を壊したくないから告白する勇気なんてないけどな!
◇◇
「しーくん、あのね、昨日なんだけど、石井君から告白されてさ、付き合うことにしたんだ」
「え”」
「わたし、昨日、カレシができたの」
耳と共に顔を真っ赤に染め上げ、俺のお気に入りのハニカミ顔で嬉しそうに話してくる優香。可愛すぎるその笑顔にのめり込みそうになるが、問題は俺に対してのテレではなく、クラスメイトの石井達也に対してのテレ具合だと分かると悔しさや失恋の味が全身を覆い、愕然として手足に力が入らなくなる。
「ゆ、優香、もう一度、ちゃんと言ってくれ」
「二回も言わせて聞き逃すだなんてイヤよ、もう」
はっきり聞こえていた。石井と付き合うって。石井というのは、スポーツ万能、成績優秀、イケメンという最高なスペックを持つ陽キャの中心人物だ。隣のクラスの二組の委員長をしている。性格も悪くなく爽やかな笑顔で女子に大層人気を博し、クラスメイトの男子たちも支持しているぐらいの男だそうだ(しぶしぶだろうが)。
(いしい……、石井かぁ。ヤツとは幼稚園からの知り合い、友人ではないけど勝てそうにない奴だなぁ)
「昨日のお昼に告白されてさ、放課後、早速デートに行ったんだ。すごく楽しかったわ」
俺が黙ってしまったので、嬉しそうにカレシが出来た報告を続ける優香。勘弁してくれと思いつつ、手足の力が入らないぐらいの衝撃を受けてしまった故、ぎこちない歩行をして優香の隣を歩き続けるのが苦しくなってくる。これは無理だ、休憩が必要だと感じてくる。
「優香、嬉しそうだな?」
「うん。だって初めての恋人だもん。胸がどきどきして止まらなかったの。手も繋いだよ」
「え”」
「手も繋いだよ」
「は、早くない? そんなにスキンシップするものか?」
「しーくん、私達もう高校生だよ? キスぐらい中学時代に卒業してるカップルだっているのに、私だって遅れてるって友達に言われてたしさ、ようやくだわ、だから嬉しいの」
(俺に言ってくれれば、いつだってキスの一つや二つ、いやその先だって経験できただろ! 俺が経験させてやったのに!)
「いやな、優香のことを真剣に大切にしたいと思う男なら、そう簡単に手は出さないものだぞ? 少し石井という奴は、優香の事を大切に思っていないんじゃないか? 告白したら直ぐに手を繋ぐだなんて手順を無視してるんじゃないか? 軽すぎるだろ」
「しーくん、そんなに酷いこと言わないで。カレは優しく私の手を握ってくれたの。それは確かに恥ずかしかったけど、しーくんとも手を繋いだことあったよね? ただ石井君とは恋人繋ぎをしちゃったんだけど……。あ、思い出しちゃった、周囲の人たちに見られてた感じがして、とても恥ずかしかったわ」
「……」
(こ、恋人繋ぎまでしたのか……)
「そ、それでね、デートの帰りに家のそばまで送ってくれたの。暗くなったから優香の事が心配だし送るって」
「て、手を繋ぎながら……?」
「もちろん、だってカレシとカノジョなんだよ? ずっと恋人繋ぎ。当たり前よ」
「……」
(そんなに長い時間、手を繋いでいたのか。腕組んだりしたかも。石井、優香の胸の柔らかさを腕で感じていたのなら羨ましいが殺したいっ)
「でね、公園があるじゃない? そこにちょっと寄ろうって言われて手を引っ張られて入ったの。ブランコの横にあるベンチに座ったわ。そういえば、しーくんとも座ったね、うふ」
「待った、それって肩を抱いてお前が石井の肩に頭を乗せて上目遣いで何かをねだるシチュエーションだよな?」
「そ、そ、キ、そ、そうよ」
「……」
「でね、肩に手が回ってきて引き寄せられたの。最初に頭を撫でられて手櫛で髪を触られて。次に耳たぶを弄られて頬っぺたをスリスリされたわ。首筋を触ってから顎を経て唇に触れられた。あ、これはキスされちゃうの私? って思った時にさ、しーくんの顔が何故か浮かんだのよね」
「!」
「石井くんったら、なんだか私が恥ずかしがるのを楽しそうににやにやして眺めているの、キスを迫られたのもあんなハグも初めてなのに少しひどくない? しーくんにも悪いからって訴えたのよ、まだ心の準備が整わないから待って、いや、やめて下さい石井君! って何度もお願いしたのに」
キスの絶好のシチュエーションだ。まさか告白して成功したからって即日、キスするか? そんな軽いチャラ男だったのか石井め! いや、キスまではしていない筈。優香はこれでも幼馴染の長い間、俺とも手を繋いで公園のベンチで夜まで語り合った。その際にもキスするというような雰囲気にならなかった。そうだ、優香は身持ちが固いんだ。
「う、うん。しーくん、わたしね、あの、その、キ、キ……を石井君に迫られちゃって、顔が近づいてきた時、耳のすぐそばで愛してるよ、だなんて息を吹きかけられて言われたの。しーくんにもそんなに顔を近づけられたことがなかったし、私は未だかつて経験したことがないぐらい顔が真っ赤になって、凄く緊張しちゃって、迫ってくる石井君の唇を避けようと思ったんだけど、どうしても身体が動かなくって……動いて避けられなかったのは石井君にぐっと肩から腰を強く引かれていたからかも。でもね、あの、石井君がしたがってるそういう事は、まだ告白直後だし、まだ早いんじゃない? って繰り返し、繰り返し言ったんだけど……」
完全にテンパっている優香だが、それを超えて優香の下向き加減で形のいい唇を動かし真っ赤になりながら生々しい報告を聞かされている俺の身と精神が持たなかった。ヘタレであるが、その先の行為の決定的な言葉・単語を聞く勇気が今の俺にはなかった。まったく心の余裕がなく歩くだけでもぎこちなかっただけに、優香の言葉をさえぎって上ずった声で彼女の喋りを邪魔した。
「あ、ごめん、優香、俺、腹が痛くなったんで先行ってくれるか? ついでに遅刻するって先生に言っておいて。頼む」
「は、はい……」
「いや、やっぱ酷い痛みだから休むって頼む」
「大丈夫?」
「ダメだ」
正直、優香の報告を聞いて歩けないほどショックなんだ。情けないけどあまりにもショックを受けると壁に凭れ掛かって放心状態になるのはよくある事。特に最初、真剣恋愛における失恋の二~三回目ぐらいまでは失恋ショックの全身脱力というコレが起きる。
「じゃ、先生に今日は欠席するって伝えておくね」
「ありがとう、頼むな」
「うん、じゃ、また明日朝に迎えに行くね。お大事にネ!」
(あ、俺と優香とは今後一緒に登校できないことを伝えなきゃ、今夜にでも。帰宅時も買い物も二人だけにならないように。優香が俺の部屋に一人で来るのも無くなるなぁ。うわ、想像しただけでめっちゃショック。幼馴染との関係が壊れたことを親にも伝えないとな。妹にも、あ、いかん、耐えられない、公園行って休もう)
このクドさが清太郎のアオハルの特徴である。
◇◇
その日の夜には、明日から一緒に登下校をしない事、二人きりでは遊ばない事、たとえ母親からの買い物遣いでも二人きりにならない事、俺の部屋にも来ない事(複数なら可。俺からは優香の部屋に行かない)、なるべく石井に疑われないよう学校で親しくするのを控えること、等々をスマホのメッセージで伝えた。音声通話では声が上ずって上手く話せないからメッセージにしたのだ。読み返せるしね。
そして親への雑談を装った優香に対する失恋報告、妹には報告中に『顔色が凄く悪いよ、大丈夫?』と心配されたけど、「お兄ちゃんは強い男だから心配すんな」と空元気を出しておいた。妹はずっと心配そうな顔をしながら『今夜だけ添い寝してあげようか?』と優しさを見せたが、あまりの嬉しさに号泣してしまい、そのまま卒倒してしまい……
……結局、目が覚めたら朝だったというオチであった。
俺が卒倒、気絶している間、優香からスマホへの着信が異常に多く有ったのだが、気絶している為に完全スルーをして内容を把握できずに登校時間を迎えることと相成った。その後も勇気がなく読まずに既読していない状態が続く。
優香は初めて朝に迎えに来なかった。
その日において、クラスメイトからは
『マジかよ、本当にお前らって付き合ってなかったんだな、美少女の代表格である優香ちゃんのカレシが石井かぁ、ま、清太郎が取り返すのは無理だな』
『小鳥遊(清太郎)に遠慮せず、僕も石井君より前に告白していれば、僕が彼氏になれたかも』
などという意見を男子たちから頂戴した。
ほっとけ! でも、やはり幼馴染という関係に胡坐をかいて何も行動しなかった俺が悪い、後悔するのも当たり前だとしみじみとヘタレ・腑抜け具合に自分自身と直面した。
別に俺は難聴系主人公ではなかった。優香のことが好き過ぎて彼女のいう事は極力耳で拾う、どんなことでも見逃さない、ただし喩え美味しい材料があっても勘違いして飛びつかない、というスタンスがあっただけである。
◇
その後、時間経過と共に徐々に石井に負けたという気持ちがふつふつと湧き上がる。その気持ちは正に負け組の感覚と言えた。とてつもない敗北感だ。ゆえに時々涙が零れる。授業中に無意識に涙が零れた時には流石の俺もビビった。
昼休み、下校、優香との接点が見る見るうちに減り、彼女は石井と一緒に笑い合っている光景が廊下などで見受けられ、心の距離が一気に離れた気がした。まさか十数年の関係がこうもあっさり解消されるとは、こんなに脆いものだとは思わなかった。
幼馴染は所詮他人、厳しい意見が心に沁みる。
ある時、優香が俺に話しかけようとしてきた。
『しーくん、体調悪くない? 顔つきが酷いよ。凄く心配』
『しーくん、わたし少し寂しいよ』
『しーくん、お願い、冷たくしないで』
俺は常に応える。
「いや体調は大丈夫さ。俺達は親しい幼馴染だったからこそ、距離感を他人よりも厳しくしないと彼氏の石井に悪いだろ」
(体調が悪いのはお前のせいだなんて言えないけどな)
『それじゃ、わたし石井君と別れる!』
「ダメだっ!!! そ、そんなことされても俺は嬉しくない!」
『しーちゃん、しーくん、しーちゃーん、戻りたいよー、以前のように戻りたいよぉ~』
正直なところ嬉しいが、心を鬼にして優香を突き放す。
「いいか、幼馴染よりカレシという恋人が優先される。二兎を追う者は一兎をも得ず」
『うぇっ、うぇっ、うぇぇ~~ん、しーくん、ごめんなさーい』
激しく泣き崩れる優香を観て罪悪感にさいなまれ奥歯を強く噛んだ。
傍から見れば、意地を張った同情されそうにない馬鹿主人公に見えるだろうが、俺に後悔はない筈。
◇◇
ある日、部活棟の裏手に石井と優香が手を繋いで歩いて行くのを見かけた。どちらかというと優香が尻込みしつつ石井に引っ張られている感じだった。俺は運動場に沿って歩いていたのだが、立ち止まって裏に消えた彼女らが出てくるのを待った。
暫くしても出てこないので、止せばいいのに、俺は怪我でもしてるんじゃないかと見に行ってしまった。部室の正面を回って裏手に顔を出した瞬間、優香の目をつぶった顔が目に入った。腕を石井の首に回して爪先立ちで背伸びしている。一方で石井は後頭部と背中が見え、両腕は優香の腰や背中に回して抱き締めている様子がうかがえた。
特に見えないものの背中や胸部や腰を撫でまわしているのが分かった。
結果は、ご想像通り失神級の衝撃場面を観てしまい、俺は放心状態の混乱のまま、その日から数日は再起不能になってしまった。
気持ち精神が落ち着いた頃、校舎の屋上に繋がる踊り場に優香を呼び出し、部活棟の裏で石井と優香がキスをしている光景を目撃してしまったことを話し、覚悟の上で決別の宣言を行った。長年、自分がファーストキスを奪えると思い込んでいたために最愛の幼馴染のキスを目撃してしまった余波がとてつもなく酷く、あまりの衝撃で感情が抑制できずに俺自身が暴走したままだったからだ。優香と決別すれば少しでも落ち着くと期待して。
『そ、そんな……、しーくんに見られてたの……』
(優香は死にたがってるほど気分が沈んでいく)
「偶然、観てしまったんだ。その日の夜は枕を涙で濡らしたよ。でも、そのおかげでキッパリと優香から気持ちが離れた。だからさ、石井と幸せになってな。幼馴染として優香の幸せを祈っているよ。今後はクラスメイトとしてだけの付き合いでよろしく。それでも辛いけどな俺は」
『しーくんと、もう二度と楽しく過ごすことが出来ないんだ……私が彼氏なんか作ったせいで。キスだってイヤイヤだったのに……』
「そんなこと言うなよ。優香だって石井の首に腕回してたろ。俺も新しい恋を見つけるさ。きっと美少女が声掛けに来るぜ。そうしたら自慢しに紹介する。その時に優香が後悔したって、ざまぁにしかならないけどな。もう遅いって奴だ」
『しーくん、私、大好きだった。ずっと大好きだった。今まで過ごした時間を大切な思い出に宝物にして生きていくね。しーくん、今まで優しくしてくれて本当にありがとう……グズっグズっ』
優香の強がりが俺の心を掻き混ぜていく。
「ムードに流されてしたとしても関係ないよ。じゃあな、この瞬間から俺たちは只のクラスメイトだ。破局なんてするなよ。石井にも宜しく」
この日の夜から暫くの間、優香は毎晩目をはらして泣き続けることとなる。
◇◇
『ねぇ小鳥遊君、大丈夫?』
同級生の可愛い女の子に気遣いを貰った。
そういえば美人な幼馴染にフラれると、クラス一、否、学年一、否、学校一の美人から言い寄られるという神ルールがあると聞いていたのだが、俺にはそんな幸運は降臨してこなかった。あくまでも心配の声を貰えるだけ。
『お兄ちゃん、顔色悪いよ。覇気も全然ないから心配』
一番は俺の大切な美人な妹が心配してくれるのが救いだった。一学年下なのだが、すでにアイドル扱いになるほどの美貌を振りまき、告白も多々されている。ああ……血が繋がっていない義妹だったらなぁと願わないわけはない。
そんなこんなで俺の身体に失恋の心を乗せながら疲弊し、時が流れていく……。
余りの体調の悪さにフラフラと校門を出ていく清太郎。
幸か不幸かその時は誰も清太郎の不味い雰囲気に気がつかなかった。
◇◇
既に数か月間もの間、俺は失恋のショックが冷めやらず、思考がクリアーになることが稀になってしまった。車の通りが多い道路に信号を無視して歩くまま横断、突入してしまい『しーくん! 車ぁ、危ないっ』優香の心配する叫びがした気がした。
宙に浮いた身体を実感することもなく、俺の意識的には……
(もっと早く優香に告白しておけば良かった、好きだと言って断られ当たって砕けても、少なくとも前に進むことが出来た筈)
少しの瞬間だけ思いを馳せた。
しかし意外と走馬灯というのは長かった。そこで、せっかくだからと
(神様、可能ならタイムリープしてやり直したいです。石井が告白する前に、小学生や中学生の下級生は嫌です。テストばかりこなさなくてはいけないからです。あ、そうですね、中学三年生や受験が終わってからの方が良いかな? 優香と一緒の高校入学時が最適でしょうか。石井が告白する一か月前でもいいですね、神様、是非ともこの哀れな子羊にタイムリープのやり直しの機会をお願いできませんか?)
唱え終わった直後、俺の頭が暗転したが、果たしてタイムリープは起きるだろうか。
◇◇
『しーくん、しーくん、目を開けて! しーくん、待って逝かないで、しーくーん、あ、あ、あああ』
残念ながらタイムリープは起きませんでした。
その時その時の重要な人生の分岐点において、全力で判断して後悔のないようにしようという教訓ですね。




