不帰の樹海⑯
生存者四十八名。
行軍は続いていた。
森は相変わらず静かだった。
静か過ぎるほどに。
誰もそのことを喜ばない。
静かな森ほど危険だと。
既に全員が学んでいた。
昼頃。
隊列が止まる。
短い休憩。
兵士達が座り込む。
誰も無駄な会話はしない。
水を飲み。
靴を確かめ。
武器を点検する。
それだけだった。
メローペは地図を見ていた。
意味は無い。
現在地など分からない。
それでも見ていた。
考えることを止めないために。
その時。
足音が聞こえた。
顔を上げる。
先ほどの男だった。
ユーリイ・シーゲル。
不能部隊の最先任者。
男は数歩離れた場所で立ち止まった。
敬礼。
「殿下」
短い。
軍人らしい声だった。
メローペも頷く。
「どうした」
「報告です」
余計な前置きは無かった。
「進路上に水場を発見しました」
メローペの表情が僅かに変わる。
水は貴重だった。
「飲めるのか」
「分かりません」
即答だった。
「ですが流れています」
「淀み水ではありません」
実務的な報告。
希望的観測は一切ない。
メローペは少しだけ意外に思った。
王都なら違う。
もっと耳障りの良い言葉を並べる者が多い。
だが。
この男は違った。
事実だけを述べる。
「距離は」
「三十分ほどです」
「分かった」
それだけだった。
ユーリイは再び敬礼する。
そして去ろうとした。
だが。
メローペは思わず呼び止めた。
「待て」
男が振り返る。
一瞬の沈黙。
メローペ自身。
何を聞こうとしたのか分からなかった。
結局。
口から出たのは別の言葉だった。
「何人だ」
ユーリイは少しだけ考えた。
質問の意味を理解したらしい。
「十九名です」
短い返答。
「樹海に入った時は三十七名でした」
メローペは黙った。
半数近い。
それがどれほどの数字か分からないほど愚かではない。
「そうか」
それしか言えなかった。
ユーリイもそれ以上語らない。
恨みも。
悲しみも。
口にはしなかった。
ただ事実として受け入れているように見えた。
やがて男は敬礼する。
「失礼します」
そして去っていった。
後に残る沈黙。
オーレリアが小さく息を吐いた。
「随分と淡々としていましたね」
メローペは首を振る。
「違う」
オーレリアが首を傾げる。
メローペは森の奥を見る。
「慣れているのだ」
死に。
別れに。
失うことに。
その言葉は口にしなかった。
だが。
誰も否定しなかった。
生存者四十八名。
その数字の裏には。
既に数え切れない死者達がいた。




