農業父娘①
クエス
『実際の栽培につきましては担当者による説明を推奨します。』
オーレリアは小さく首を傾げた。
「担当者?」
壁面の表示が切り替わる。
巨大な世界地図。
緑。
茶。
黄。
三色の光が大陸各地を照らした。
『アーダポル、エイクル、マイスの旧世界における主要生産地を表示します。』
一同は静かに地図を見上げた。
オーレリア
「飢饉に強い植物……アーダポルとエイクルだったかしら。」
リュシエンヌはゆっくり地図へ近付く。
緑色の地域へ指を添えた。
「アーダポルは……この辺りね。」
「現在のボル・ユイ高地。」
さらに茶色へ指を移す。
「エイクルはヴィント・モオレン三元首国の辺り。」
ユーリイ
「どちらも今でもある国なのか。」
リュシエンヌは頷く。
「ええ。」
「交易記録にも残っているわ。」
「だから今でも種芋や木の実が残っている可能性はある。」
「ただ……。」
黄色い大陸で指が止まる。
「ウンクルーサム。」
部屋が静まり返る。
オーレリア
「そこは。」
リュシエンヌは静かに息を吐いた。
「国があるとかないとか、そういう話じゃないの。」
「禁足地。」
「不帰の樹海も禁足地の一つ。」
「でもここは別格よ。」
「不帰の樹海は極めて稀だけど生還者がいる。」
「私たちは、この森が迷宮になった理由も知った。」
「でも。」
「ウンクルーサムだった場所は違う。」
「近付くだけでも危険。」
「大陸全体が腐食と汚染に覆われ、生還者は一人も確認されていないわ。」
ユーリイ
「つまり……。」
「マイスは。」
リュシエンヌ
「現代では手に入らない可能性が高いわね。」
クエス
『補足します。』
『アーダポル、エイクル、マイスはいずれも旧世界では各地で栽培されていました。』
『表示しているのは主要生産地です。』
『アーダポルはボル・ユイ周辺。』
『エイクルはカルカラオーレン。』
『マイスはウンクルーサムで品種改良が盛んに行われていました。』
『現在栽培されている品種が旧世界と同一である保証はありません。』
『約二千年という時間は作物も変化させます。』
オーレリア
「私たちでも食べられるのかしら。」
クエス
『あなた方の食性は把握していません。』
『ですが、ナストロンド住民は日常的に食しています。』
オーレリアは微笑んだ。
「そうね。」
「ここへ来て食べられなかったものは一つも無かったわ。」
リュシエンヌ
「ボル・ユイなら交易路が残っている可能性がある。」
「ヴィント・モオレンも同じ。」
「母へ頼めば探してもらえるかもしれないわね。」
その時だった。
少し離れた場所で資料を整理していたエンロが、いつの間にか一同の傍へ立っていた。
「……農業ですか。」
静かに壁面を見上げる。
「なら。」
「私より詳しい者がおります。」
オーレリア
「詳しい方が?」
エンロは短く頷いた。
「村一番です。」
そして部屋の奥へ声を掛けた。
「ストレップ。」
「少し来てもらえますか。」
しばらくして、一人の男が気怠そうに姿を現した。
「……何だよ。」
「畑の途中なんだが。」
頭を掻きながら面倒そうに歩いてくる。
「俺に何の用だ。」
エンロは世界地図を指差した。
「農業の話です。」
「クエスが旧世界の作物について説明していました。」
男の表情が僅かに変わる。
「……旧世界?」
壁面へ目を向ける。
表示された世界地図。
アーダポル。
エイクル。
マイス。
男は足を止めた。
「……。」
「ほう。」
それだけだった。
エンロは小さく笑う。
「興味を持ったようですね。」
その瞬間だった。
後ろから一人の少女が慌てて駆け寄ってくる。
「お父さん!」
「また急に黙り込んで!」
少女は一同へ深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。」
「父は作物や畑の話になると、いつもこうなんです。」
男は照れくさそうに頭を掻く。
「……悪い。」
「考えてた。」
エンロが紹介する。
「ストレップ・マイテン。」
「そして娘のカナです。」
カナはにこりと笑う。
「よろしくお願いします!」
ストレップは一度だけ頭を下げた。
「……よろしく。」




