徒手格闘術
いつも『遺伝子の小さな箱庭』を読んでいただき、ありがとうございます。
しばらくの間、更新ペースを一日一話に変更させていただきます。
物語も100話を超え、一話ごとの内容や描写をこれまで以上に丁寧に仕上げたいと考えたためです。
更新頻度は少し落ちますが、その分、一話一話をより良い形でお届けできるよう頑張ります。
今後とも『遺伝子の小さな箱庭』をよろしくお願いいたします。
ナストロンドへ来て十日ほど。
最初は見るものすべてが珍しかった村の暮らしにも、少しずつ慣れ始めていた。
朝食を終えたユーリイは、情報センターへ向かおうと広場を歩いていた。
その時だった。
「そこ!」
「甘い!」
聞き慣れた声に足を止める。
芝生の上で二人の男が組み合い、転げ回っていた。
「……お前ら何やってる?」
双子の兄である、ヨシーカ・カーム・タータが顔だけこちらへ向ける。
「スパーリング。」
弟のヤース・カーム・タータも短く答えた。
「徒手格闘術のな。」
ユーリイは二人の動きを眺めた。
殴り合いではない。
剣も槍もない。
互いの腕を取り、足を絡め、転がるたびに上下が入れ替わる。
見たことのない戦い方だった。
「それ、強いのか?」
ヨシーカが笑う。
「やってみるか?」
「俺が?」
「ああ。」
「言っとくけど、手加減なしな。」
「望むところだ。」
ユーリイは上着を脱いで芝生へ放った。
ヤースが二人の間へ立つ。
「ルールは簡単だ。」
「参ったと思ったら、芝生か相手の身体を二度叩く。それで終わり。」
「分かった。」
ユーリイは軽く肩を回した。
「じゃあ、来い。」
ヨシーカが低く構える。
「始め!」
一気に距離を詰めてきた。
ユーリイは正面から受け止める。
(軽い。)
押し返そうと力を入れた瞬間だった。
「……っ?」
身体が沈む。
足元を払われ、景色が一回転した。
気付けば背中が芝生についている。
「まだだ!」
ヨシーカはそのまま腕へ絡み付いてきた。
振り払おうと力を込める。
しかし、その力を利用されるように身体をひねられた。
「うっ!」
肘が伸びる。
痛い。
あと少し力を加えられたら危ない。
「参った!」
ユーリイは慌てて芝生を二度叩いた。
ヨシーカはすぐに技を解く。
「一本!」
飛び起きたヨシーカが拳を突き上げる。
「ユーリイから一本取った!」
「やるな。」
腕をさすりながら立ち上がるユーリイは苦笑した。
「もう一回。」
「今度は俺。」
ヤースが前へ出る。
「さっきのは見た。」
「同じ手は食わん。」
「そうかな?」
二人が組み合う。
今度は慎重だった。
さっきのように力任せには押さない。
だが。
「そこ。」
ヤースが身体を半歩ずらした。
次の瞬間、重心が崩れる。
「しまっ!」
踏ん張る。
その踏ん張りすら利用された。
足が絡む。
身体が回る。
また芝生だった。
「くっ!」
今度は腕ではない。
脚が絡め取られる。
逃げようと身体をひねるほど締まっていく。
「いててて!」
「参った?」
「ぶふぁ!」
情けない声が漏れた。
ユーリイは芝生を二度叩く。
「参った!」
ヤースが技を解いた。
少し離れたところで見ていたヨシーカが腹を抱えて笑う。
「二本!」
「まさかユーリイが連敗するとは。」
ユーリイは大の字になって空を見上げた。
「……。」
悔しい。
殴られたわけじゃない。
剣で負けたわけでもない。
それなのに、何もできずに負けた。
ゆっくり起き上がると、まだ腕と脚が少し痛む。
「凄いな。」
素直にそう思った。
「これ、どこで覚えた?」
ヨシーカとヤースが顔を見合わせる。
ユーリイが思い出したように言う。
「そういえば、さっき情報センターで見つけたって言ってたな?」
「ああ。」
ヤースが頷く。
「クエスで戦い方を調べたら出てきた。」
ヨシーカが続ける。
「昔あった格闘術の動画が山ほど残ってるんだ。」
「俺たちは、それを見ながら真似しただけ。」
「動画だけでここまでか……。」
「まだ全然だよ。」
ヤースが照れくさそうに笑う。
「それでも十分だ。」
ユーリイは腕を握ったり開いたりしながら二人を見た。
武器を失った時。
敵ともつれ合った時。
そんな状況で、この戦い方を知っているか知らないかは大きな差になる。
何より。
負けたままというのが気に入らない。
ヨシーカがニヤリと笑う。
「悔しいか?」
ユーリイも笑い返した。
「ああ。」
「こんなにあっさり負けるのはいつ以来かな。」
そう言うと、情報センターの白い建物へ視線を向ける。
「ちょっと行ってくる。」
「もう調べるのか?」
「当然だ。」
ユーリイは軽く手を振ると、情報センターへ向かって歩き出した。
その背中を見送りながら、ヨシーカが肩をすくめた。




