表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
13/24

任務の中身

机の上に地図が広げられている。


厚手の紙だ。端は擦れているが、中央は新しい。

何度も差し替えられてきた痕跡がある。


その上に、数枚の書類。


重なり方に無駄がない。

見せるためではなく、使うための配置だった。


ユーリイは一歩だけ近づく。


距離を詰めすぎない。

だが遠くもない。


視線を落とす。


読む。


一瞬で全体を把握する。


屋敷の位置。

街道からの距離。

裏手の抜け道。

塀の高さ。

視界の切れる角度。


人の出入りが集中する時間帯まで、すでに頭の中で線が引かれている。


「対象は一人」


メローペが言う。


声は整っている。

余計な感情は乗せていない。


「貴族。下位ではない」

「だが、上でもない」


中間。


自由があり、責任もある位置だ。


「中途半端ですね」


ユーリイは言う。


判断ではなく、性質の確認。


「ええ。だからこそ動くの」


即答だった。


メローペの指が地図をなぞる。

一箇所で止まる。


街の外れにある屋敷。


目立たない。

だが隠れてもいない。


意図的に選ばれた場所だと分かる。


「何をする」


「調べるわ」


短い。


ユーリイは視線を上げる。


「何を」


メローペは一瞬だけ言葉を選ぶ。


完全に定義しないための間だった。


「何をしているかを」


曖昧な言い方。

だが、意味は狭い。


「記録に残らない動き」

「正規ではない接触」

「不自然な金の流れ」

「予定にない出入り」


具体と抽象の中間に置かれた情報。


「黒に近い」


ユーリイが言う。


「黒よ」


即答。


「証拠は」


「ないわ」


そこで一度、空気が落ちる。


ユーリイは再び地図に目を落とす。


指は動かさない。

触れないまま、全体を読む。


裏口。

塀の陰。

隣接する建物。


侵入経路と観察位置が同時に浮かぶ。


「だから、あなたを呼んだの」


ユーリイは顔を上げる。


「期間は」


「制限は設けないわ。必要なだけ使って」


自由に聞こえるが、実際は逆だ。

責任の上限がないという意味になる。


「報酬は」


「結果に見合うものを出す」


一拍置いて続ける。


「納得できる形で」


保証ではない。

だが拒否もできない言い方。


「信用はしていない、ということですね」


メローペはわずかに息を吐く。


「当然でしょ」


間を置かずに返す。


そして少しだけ声を緩める。


「でも、期待はしているわ」


それ以上は言わない。


ユーリイも何も返さない。


沈黙は自然だった。


「一つ」


ユーリイが口を開く。


「何かしら」


「この対象。どこまで把握していますか」


メローペはすぐには答えない。


言葉を選ぶためではない。

どこまで出すかを決める間だった。


「表に出ている範囲はすべて」


「裏は見えていない部分がある」


正直な答え。


ユーリイはわずかに頷く。


「上がいますね」


メローペの指が一瞬止まる。


否定はしない。


「可能性はあるわ」


言い切らない。


「関与の度合いも、関係の有無も、まだ不明よ」


情報を整理して返す。


「だから調べる」


ユーリイは目を細める。


「厄介ですね」


「ええ」


短く肯定する。


「簡単に終わるとは思っていないわ」


ユーリイは小さく息を吐く。


重さを受け入れる。


「承知しました」


それだけで十分だった。


メローペは頷く。


机の上の一枚を取り、差し出す。


ユーリイが受け取る。


指は触れない。


距離は最後まで保たれる。


「開始は任せるわ」


「いつでもいい」


少し間を置いて続ける。


「結果を持ち帰ることが最優先よ」


ユーリイは頷かない。

だが理解している。


「了解しました」


短く返す。


「以上よ」


それで終わりだった。


ユーリイは浅く一礼する。


形式だけ。


背を向ける。


扉へ向かう。


歩幅は変わらない。


手をかける前に一瞬だけ止まる。


振り返らない。


「失礼します」


扉を開ける。


閉まる。


音はほとんどしない。


部屋に静寂が戻る。


最初と同じように。


ただ一つ違うのは、

もう任務が動き始めているということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ