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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
10/11

選択の前

廊下。

足音が響く。

硬い音。

一定の間隔。

乱れはない。

メローペは一人で歩いている。

人の気配はある。

だが、誰も近づかない。

距離が保たれている。

「……王国のため」

小さく呟く。

声は吸われる。

残らない。

分かっている。

必要なこと。

正しいこと。

全部。

公爵の言葉も、理屈も。

間違っていない。

隙がない。

「……合理的ね」

その通りだと分かる。

反論の余地もない。

だから――

足が止まる。

ほんの一瞬。

だが、確かに止まる。

「……それだけ?」

自分に問う。

廊下は静かだ。

返事はない。

答えは出ない。

分かっていることしか、並ばない。

「王族として」

「王女として」

何を選ぶべきか。

決まっている。

教えられてきた。

見てきた。

理解している。

迷う理由は、ないはずだった。

だからこそ。

「……つまらない」

小さく漏れる。

否定ではない。

拒絶でもない。

ただの感想。

窓の外を見る。

光。

遠く。

広い空。

風は入ってこない。

音も届かない。

閉じた場所。

思い出す。

あの森。

湿った空気。

重い匂い。

音の多さ。

静かではなかった。

危険だった。

だが――

「帰還」

その言葉だけが残る。

事実。

それ以上でも、それ以下でもない。

「……あの男」

理由は分からない。

特別な何かがあったわけではない。

だが、引っかかる。

理屈ではない。

評価でもない。

ただ、残っている。

「もう一度、見る」

静かに言う。

誰にでもない。

自分にだけ。

「判断はその後」

順序を決める。

先に結論を出さない。

それだけで、少しだけ息が楽になる。

足が動く。

歩き出す。

音が戻る。

「……まだ決めない」

小さく言う。

先延ばしではない。

保留でもない。

選ぶための時間。

「決めるのは」

一拍。

わずかな間。

「自分で」

はっきりと言う。

誰にも聞かせない。

だが、確かに残る言葉。

足音が遠ざかる。

王宮の奥へ。

光から離れ、影の方へ。

それでも――

歩みは止まらない。

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