16話〜晩餐会〜
晩餐会の料理はいつも以上に洗練されたものだった
以前ジョシュアが訪れた時のような、パーティー料理ではなくフルコース
料理全てが美しく飾られており、調理場ではまだ忙しさが続いているのだろうと、アリシアは1つ1つ味わいながら食べた
“お給金…増やしてあげるようにお父様に言ってみよう”
「ハーシェル嬢は…」
「は、はい」
アールにいきなり話しかけられ、少し驚きつつも返事をした
「皇子にも婚約話を持ち掛けられていたと聞いたが、何故ジョシュアを選んだんだ」
「えっと…」
「勘違いしないでくれ反対しているわけではない、寧ろ喜ばしいと思っている。
だが皇子と大公子であれば、皇子を選んだ方が栄華は極められるだろう」
まぁあれは性格にも礼儀も難しかないがな。とつぶやきワインを口に流し込むアールに、アリシアは苦笑いを浮かべる
“叔父から見ても、ダメダメなんだ。あのバカ皇子”
アリシアは深呼吸してから、アールの方をまっすぐ見て笑顔で答えた
「ジョシュア様は私に手紙をくださったんです。一目惚れしたから婚約者になってくれないかと、皇子殿下は、ただ陛下のお言葉だから従っているように見えてしまって…」
「まぁ、そんなところに気が利くような男ではないな」
「ですから、大公子様を選んだんです」
ジョシュアはその言葉に、笑みを深くして嬉しそうに微笑んだ
そんな息子の様子を見て、アールは目を細めた
“ジョシュアのこんな表情は初めて見たな”
いつも愛想笑いは絶やさない子ではあったが、感情をこんなにも表に出して笑う姿を、父であるアールですら初めて見た
“昔から、私以外は信じないような子だったが…”
ジョシュアはアールの目から見ても、人を信じようとしなかった
信じていると口で言うことはあったが、心から信じている人間は、父であるアール以外はいなかった
“この少女は例外なのか?”
アールの瞳には、何か失礼なことをしただろうかと不安そうな顔をするアリシアが映っていた
「…ジョシュアにとって君は特別なんだな」
「え?」
アールはジョシュアの頭に手を置いた
突然のことに愛想笑いも消え、驚いた顔でアールを見つめる息子の姿に、フッと薄く微笑む
アールにはジョシュアの気持ちがよく分かった
自分が、妻である大公妃に対してそうだったから
“私の遺伝子に偏りすぎたな、君の遺伝子はこの緑色の瞳だけだ”
ジョシュアの澄んだ緑色の瞳を見て、亡き大公妃を思い浮かべる
ジョシュアに大公妃の面影はない。
緑の瞳も同じというだけで、その瞳の奥にある感情はすべて自分と同じものだと分かっていた
“それでも君は可愛いというか?なぁユリア”
アールの脳裏には、もう何年も前に亡くなったのにも関わらず今でも色鮮やかに思い出すことができる、愛おしい妻の姿が浮かんでいた
アールはジョシュアの頭から手を退け、アリシアに向き直った
「ハーシェル嬢」
「はい」
「息子をどうかよろしく頼む」
その言葉に驚いたのは、アリシアだけではなかった。
ジョシュアもポカンと口を開けて、驚きを隠せないでいる
「こちらこそ、娘をよろしくお願いします。大公閣下」
「あぁ、成人が楽しみだな」
ベイリーとアールがそんな未来のことを思い浮かべ笑みを浮かべているのに対し、レオは先ほどから険しい顔をしている
「よろしくなんてしたくないんだがな…」
「お前は空気を読むということができないのか」
「お前は息子だからずっと家にいてくれるかもしれんがな!私は娘なんだぞ!?
嫁いで家を出てしまうではないか!」
また始まったと、アリシアは溜息を吐いた
そんなアリシアには気づかず、レオはギャーギャーと騒いでいる
アールがそれをあしらうという、どこかで見たことのある光景だ
“あ、大公子様と話していた時とそっくり”
以前ジョシュアがレオと話していた時によく似た茶番劇だ
アリシアはそれに気が付き、笑いをこらえるのに精一杯だった
ジョシュアもそれに気が付いたのか、大声で笑うことはないが、僅かに声を出して笑っている
「ほら公爵様、落ち着いてください」
「落ち着けるか!アリシアが嫁に行ってしまうというのに!」
「成人はまだまだ先ですよ、お父様」
母と娘2人でなんとかレオを宥め、落ち着かせた
大公は呆れたような目でレオのことを見ている
「お前は本当に昔から変わらないな」
「何?」
「兄上と喧嘩しては、毎回夫人に止められていただろう。兄上も義姉上に止められていたがな」
昔からこんな感じだったのかとアリシアは、空笑いを漏らす
容易に想像がついてしまう、父の姿に少し恥ずかしくもなった
“お父様のことは好きなんだけど…”
こういうところは何とかならないものかと、少し頭を抱えそうになることがよくあるのだ
親バカというのは、ただ過保護なだけでなくて心から自分のことを想ってくれていると分かっているため、口に出すことはない
「あ、あの大公閣下」
「なんだ?」
アリシアに声を掛けられ、レオとの会話を勝手に中断した。レオは娘が声をかけたとなると何も言えないのか、グッと押し黙っていた
「ハーシェル嬢ではなくてアリシアとお呼びください、ハーシェル嬢では堅苦しいですし…」
アリシアの提案に、アールは目を瞬かせフッと笑みを浮かべた
「分かった、未来の娘の頼みでは断れないな
アリシアと呼ぶことにしよう」
“わ、顔がいい!”
久しぶりにオタク心が湧き出てきたアリシアは、少し心臓がドキッとした
恋愛的なものではなく、推しがかっこいい仕草などをしたときに心臓が跳ねるあれだ
クールなキャラがたまに浮かべる笑みというものが、どれほど心臓に悪いか、前世がオタクだったアリシアはよく分かっている
ここが自室で誰もいなければ、ベッドの上ではしゃいでいるところだろう
今は感情を必死に押し殺して、表情には全く出ていない
“前世からの特技なのよね、誰かがいるところで感情をコントロールできるの”
ただ、表情には出ないだけで溢れてくる感情というものはあるため
人から見えない場所でドレスの裾を握りしめている
内心は口角の上がりが収まらず、転がり回っている
「え~、名前呼びは公爵閣下と夫人以外では、僕だけの特権だったのに」
「誰が未来の娘だ!そして、名前呼びも許可をした覚えはない!」
「本人がいい。と言っているんだからいいだろう」
「父親の私は良いと言っていない!」
レオとアールの茶番にとうとうジョシュアまで入ったことで、もう騒がしいどころではなくなっている
料理を持ってくる使用人たちがギョッとした顔をしている
そして毎度、ベイリーかアリシアに目線を投げかけ、これはどういう状況かという顔をしている
それにベイリーとアリシアは決まって同じ行動をする
肩をすくめ首を横に振る
意味は
“いつものこと”
それを見た使用人は、ですよね。というような顔をして去っていくのだ
賑やかなやり取りが続く中、1人の使用人が礼をして部屋に入ってきた
「皇族の皆様が到着なさいました」
その言葉に、全員口を閉じ席から立ち上がった
使用人たちだけでなく、レオ、ベイリー、アリシア、ジョシュア、アールも一斉に頭を下げた
コツと靴の音を響かせ、部屋に入ってきた人物はここにいる全員がよく知った顔だった
「皇帝陛下、皇后陛下、皇子殿下にご挨拶申し上げます」
威厳ある姿で立っている皇帝夫妻と、威厳とはかけ離れた、威張るような姿で立つ皇子をアリシアは上目で見ていた




