第1話 前奏
雨粒が顔を叩きつけ、風が木々を揺らす。嵐の中、男はひとり外にいた。
身体を動かすたびに水滴が飛び、衣の裾が重く濡れる。呼吸は乱れず、心拍も落ち着いている——だが、感覚は研ぎ澄まされていた。
目にはただの闇と雨しか映っていない。だが、身体の奥、皮膚の下の神経のひとつひとつが、微かな振動を拾う。遠くの気配——血流でも筋肉の緊張でもなく、「生命の芯に眠る異質な力」。
心の中で閃く。
(……来ている)
その気配は微弱で、不安定で、まるでかすかな波紋が水面を揺らすようだった。それでも、目には見えずとも、全身の内力の流れが一瞬にして反応する。まるで全神経がひとつの点に吸い寄せられるように、身体がその存在を指し示す。
——子どもだ。踏み出す足に力を込める。雨で滑る地面も、吹き荒れる風も、まるで背景に過ぎない。身体が風景の中で自律的に動き、目と耳と呼吸と血流——すべてが、潜在能力者の位置と状態を読もうとする計算機械のように連動する。
そして確信する。
(この力……俺と同じだ)
心臓が微かに跳ね、身体の奥で小さな電流のような高鳴りが走る。危険性を警告する信号でもあり、可能性を予感する衝動でもある。
ここで動くべきか——いや、動かなければ。
一歩を踏み出すと、足下の泥が跳ね、雨音に混ざるが、頭の中では静寂が支配する。呼吸を整える必要も、目で確認する必要もない。
身体が、感覚が、対象を認識し、反応を決定する。
(この子を——放置できない)
嵐の夜、男は自分の鍛錬の途中であっても、瞬時に行動を決める。どんな危険が潜んでいようとも、どんな結果になろうとも、この気配を無視することはあり得なかった。その足は、嵐の中、自然と少女の方へ向かっていた——避けられぬ必然のように。




