第3期 第2話 握手じゃなくて、手を繋ぎたい
二度目のデートは。
一週間後の日曜日になった。
待ち合わせは午前十一時。
場所は駅前。
佐藤ユウキが到着すると。
南イノリは。
もうそこにいた。
*
「早いな」
「佐藤くんが遅いんです」
「十分前だけど」
「私は二十五分前です」
「それはイノリが早い」
「……楽しみだったので」
さらっと。
そういうことを言う。
「今日も飛ばすな」
「何がですか?」
「なんでもない」
イノリは。
小さく笑った。
*
今日のイノリは。
薄い青のブラウスに。
白いロングスカート。
前回より。
少しだけ大人っぽい。
「……佐藤くん」
「何?」
「今日」
「うん」
「何かありませんか?」
「何が?」
イノリの眉が。
わずかに下がる。
「ありませんか」
「……髪?」
「はい」
「変えた?」
「少し巻きました」
「似合ってる」
「ありがとうございます」
嬉しそう。
でも。
「気づくまで二十二秒」
「測ってたの?」
「減点です」
「何点満点?」
「百点」
「今何点?」
「七十八点」
「結構ある」
「顔がいいので」
「そこ加点されるんだ」
「かなり」
真顔。
冗談なのか。
本気なのか。
まだ。
分からない。
*
「今日はどこ行く?」
「決めてあります」
「また?」
「デートですから」
「今度は?」
「プラネタリウム」
「また王道」
「調べました」
「検索履歴見てみたい」
「駄目です」
「なんで」
「『二回目のデート 距離の縮め方』があります」
「言ってるじゃん」
イノリが。
固まった。
「……忘れてください」
「無理」
「今すぐ」
「無理です」
イノリの頬が。
一気に赤くなった。
*
電車。
日曜日。
それなりに混んでいる。
二人。
並んで立つ。
吊革。
電車が揺れる。
「っ」
イノリの身体が。
ユウキの方へ傾く。
肩。
触れる。
「大丈夫?」
「はい」
離れる。
また揺れる。
今度は。
イノリの手が。
ユウキの腕を掴んだ。
「すみません」
「いいよ」
「……」
でも。
離さない。
「イノリ?」
「揺れるので」
「今止まってる」
駅。
停車中。
「……次、揺れます」
「そうだな」
ユウキは。
何も言わなかった。
*
目的地。
プラネタリウム。
上映まで三十分。
「飲み物買う?」
「はい」
カフェ。
「何飲む?」
「カフェラテ」
「甘いやつ?」
「甘いやつです」
「意外」
「どういうイメージなんですか」
「ブラック」
「苦いの嫌いです」
「ほんと意外」
「佐藤くん」
「何?」
「私のこと」
ストローを。
くるくる回す。
「まだ全然知らないですね」
「まあ」
「これから知ってください」
ユウキが。
一瞬。
言葉に詰まる。
「……うん」
「はい」
イノリは。
満足そうに。
カフェラテを飲んだ。
*
プラネタリウム。
暗い。
隣。
イノリ。
天井に。
星空が広がる。
「綺麗」
「うん」
小さな声。
解説。
音楽。
静かな時間。
そして。
ユウキは気づく。
肘掛け。
イノリの左手。
自分の右手。
近い。
*
指先。
あと。
数センチ。
イノリの小指が。
ほんの少し。
動く。
近づく。
止まる。
戻る。
また。
近づく。
ユウキは。
星より。
そっちが気になった。
「……イノリ」
「はい」
「手」
「何でしょう」
「さっきから」
「星を見てください」
「いや」
「星を」
声が。
少し上ずっている。
*
ユウキは。
少し考えて。
手のひらを。
上向きにした。
「……え」
イノリが。
小さく声を漏らす。
「繋ぎたいんじゃないの?」
暗闇でも。
イノリの顔が。
赤くなったのが分かった気がした。
「……」
「違った?」
数秒。
そして。
イノリの指先が。
ユウキの手へ触れた。
*
最初は。
小指。
次に。
薬指。
最後。
手のひら。
重なる。
でも。
握らない。
ただ。
乗せているだけ。
「これでいい?」
ユウキが聞く。
「……駄目です」
「え?」
「握手みたいです」
そして。
イノリが。
勇気を出すように。
指を。
一本ずつ。
絡めてきた。
*
恋人繋ぎ。
「……これがいいです」
小さな声。
ユウキの心臓が。
大きく鳴る。
「イノリ」
「星を見てください」
「顔赤くない?」
「暗いので見えません」
「声震えてる」
「解説を聞いてください」
「全然聞いてないだろ」
「佐藤くんのせいです」
「俺?」
「はい」
ぎゅ。
握る力が。
少し強くなった。
*
上映が終わる。
照明。
明るくなる。
でも。
手は。
繋いだまま。
「終わったぞ」
「知っています」
「離さないの?」
「……」
イノリは。
ユウキを見る。
「離した方がいいですか?」
その聞き方。
ずるい。
「別に」
「では」
また。
ぎゅ。
「このままで」
二人は。
手を繋いだまま。
プラネタリウムを出た。
*
昼食。
向かい合わせ。
ここでは。
さすがに手を離す。
イノリは。
自分の左手を。
じっと見ていた。
「どうした?」
「いえ」
「何かついてる?」
「違います」
「じゃあ?」
「さっきまで」
少し。
口元が緩む。
「佐藤くんの手があったな、と」
「……」
「何ですか?」
「イノリって」
「はい」
「思ったより恋愛するとポンコツになる?」
「なりません」
「今結構」
「なりません」
「二回言った」
「佐藤くん」
「はい」
「減点します」
「横暴」
「現在六十五点です」
「落ちてる」
「手を繋いだので八十五点に戻します」
「採点基準どうなってんの?」
「私にも分かりません」
「ポンコツじゃん」
「違います」
今度は。
二人で笑った。
*
午後。
本屋。
雑貨屋。
カフェ。
何でもない場所を。
二人で歩く。
そして。
店を出るたび。
イノリが。
ユウキの右手を見る。
でも。
自分からは。
なかなか触れない。
*
三回目。
ユウキが。
「繋ぐ?」
と聞いた。
「……はい」
すぐ。
手。
重なる。
四回目。
「繋ぐ?」
「聞かなくてもいいです」
五回目。
店を出た瞬間。
イノリが。
自分から。
小指を引っかけた。
そこから。
指を絡める。
*
「慣れた?」
「少し」
「朝より積極的」
「学習しました」
「優秀」
「数学以外は」
「そこ自覚あるんだ」
「数学もこれから頑張ります」
「なんで?」
「佐藤くんが教えてくれるので」
「理由それ?」
「はい」
「俺が教えなくなったら?」
「困ります」
即答。
「勉強が?」
イノリは。
ユウキを見る。
「会う理由が一つ減ります」
「……」
「なので困ります」
また。
心臓が鳴った。
*
夕方。
川沿い。
二人。
並んで歩く。
夕日。
「楽しかったです」
「まだ終わってない」
「先に言いました」
「俺も楽しかった」
「……ありがとうございます」
「今日は何点?」
「百二点」
「満点超えてる」
「手を繋いでくれたので」
「そんな加点?」
「大きいです」
「じゃあ」
ユウキは。
冗談っぽく聞いた。
「次は何したら百五十点?」
イノリが。
止まった。
*
「……聞きたいですか?」
「え?」
イノリは。
ユウキの手を。
握ったまま。
少しだけ。
近づく。
「百五十点にする方法」
「何?」
イノリが。
自分の唇へ。
ほんの一瞬。
視線を落とした。
そして。
すぐ逸らした。
「……まだ教えません」
「今絶対分かった」
「分かってません」
「いや」
「分かってません」
「二回言った」
「忘れてください」
耳まで。
真っ赤だった。
*
「イノリ」
「はい」
「俺」
「はい」
ユウキは。
少しだけ。
真面目な声になる。
「まだ、そこまでは」
イノリの表情が。
止まる。
でも。
すぐ。
微笑んだ。
「分かっています」
「ごめん」
「謝らないでください」
「でも」
「今日」
繋いだ手を。
見せる。
「これだけで十分です」
「……」
「昨日まで」
イノリは言う。
「佐藤くんと手を繋ぐことすら」
「うん」
「私にはできないことだったので」
その言葉。
軽くない。
*
「私は」
イノリが。
夕日を見る。
「桜井さんがいなくなったから」
「……」
「急に空いた場所へ入りたいわけじゃありません」
「分かってる」
「本当に?」
「うん」
「なら」
イノリが。
ユウキを見る。
「ゆっくりでいいです」
「……」
「ただ」
「何?」
「逃げないでください」
「逃げる?」
「私が好きだと分かってるからって」
「うん」
「見ないふりはしないでください」
ユウキは。
しばらく黙る。
そして。
「分かった」
と答えた。
*
「ちゃんと」
ユウキは。
イノリを見る。
「見るよ」
「……はい」
「それで」
「はい」
「俺が好きになったら」
イノリの瞳が。
少し大きくなる。
「そのときは俺から言う」
「……」
「だから待ってて」
イノリは。
俯いた。
*
「イノリ?」
「ずるいです」
「何が?」
「それ」
「え?」
「そんなこと言われたら」
顔を上げる。
目元が。
少しだけ潤んでいた。
「期待するに決まってるじゃないですか」
「ごめん」
「謝らないでください」
「今日それ何回目?」
「佐藤くんが謝るからです」
「じゃあ」
「はい」
「期待していいよ」
イノリが。
完全に固まった。
*
「……佐藤くん」
「何?」
「今の」
「うん」
「百四十点です」
「まだ百五十じゃないんだ」
「あと十点は」
一瞬。
唇を見る。
「……予約です」
「やっぱりそれキスだろ」
「言ってません」
「顔に書いてある」
「見ないでください」
「ちゃんと見ろって言ったのイノリだろ」
「今だけ禁止です」
珍しく。
イノリが。
本気で慌てていた。
*
駅。
別れ際。
手を離す。
「じゃあ」
「はい」
「また大学で」
「はい」
イノリが。
二歩。
歩く。
止まる。
戻ってくる。
「どうした?」
「……一つだけ」
「何?」
「今日」
「うん」
「佐藤くんから手を繋いでくれたの」
「うん」
「嬉しかったです」
「そっか」
「なので」
少しだけ。
背伸び。
*
ちゅ。
*
唇ではない。
ユウキの頬。
ほんの一瞬。
柔らかい感触。
「……え」
ユウキが。
固まる。
イノリも。
固まる。
*
「……」
「……」
「イノリ?」
「忘れてください」
「無理」
「今すぐ」
「いや無理だろ」
「事故です」
「自分から来たよな?」
「事故です」
「どんな事故?」
「……帰ります」
「逃げた」
「逃げてません」
「顔真っ赤」
「見ないでください!」
*
イノリは。
逃げるように。
改札へ向かった。
でも。
途中で。
振り返る。
「佐藤くん!」
「何?」
「今の!」
「うん!」
「百五十点には入りませんから!」
「採点する側そっちだろ!」
「次は!」
一瞬。
迷って。
「ちゃんとしたので!」
そう叫んで。
今度こそ。
消えた。
*
ユウキは。
一人。
頬へ触れる。
まだ。
感触が。
残っている気がした。
「……ちゃんとしたのって」
意味。
分かってしまった。
「攻めるなあ……」
でも。
嫌ではなかった。
それが。
少し怖くて。
少し嬉しかった。
*
その夜。
イノリの部屋。
「…………」
ベッド。
枕。
その上に。
顔を埋める。
「何してるんですか私は……」
頬が。
熱い。
思い出す。
ユウキの手。
指。
体温。
最後。
頬へのキス。
「……無理」
枕を。
抱きしめる。
スマートフォンが震える。
*
ユウキ。
『今日はありがとう』
『楽しかった』
続けて。
『頬のやつも』
イノリ。
停止。
三秒。
五秒。
十秒。
『忘れてください』
即返信。
『無理』
『事故です』
『自分からだったけど』
『事故です』
『はいはい』
そして。
少し間。
ユウキから。
『でも嬉しかった』
*
イノリは。
画面を見つめる。
顔。
真っ赤。
そして。
返信。
『次は百五十点を取ってください』
*
送信。
「……言ってしまった」
もう。
取り消せない。
*
一方。
ユウキの部屋。
そのメッセージを見る。
『次は百五十点を取ってください』
「……それ」
思わず。
笑う。
「俺からってこと?」
スマートフォン。
もう一件。
『佐藤くんから、です』
*
ユウキの心臓が。
また。
鳴った。
そして。
その直後。
別の通知。
海外から。
桜井アヤネ。
『ユウキ』
『今、電話できる?』
*
ユウキの指が。
止まる。
数秒前まで。
イノリとの次のデートを。
考えていた。
なのに。
その名前を見るだけで。
まだ。
胸の奥が。
揺れる。
*
通話ボタン。
「もしもし」
『ユウキ?』
久しぶりに聞く。
アヤネの声。
「どうした?」
『……声』
「ん?」
『聞きたくなっただけ』
沈黙。
*
『元気?』
「元気」
『大学楽しい?』
「まあまあ」
『イノリとは?』
その質問。
ユウキは。
嘘をつかなかった。
「今日もデートした」
電話の向こう。
沈黙。
*
『……そっか』
「うん」
『手』
「え?」
『繋いだ?』
「……繋いだ」
また。
沈黙。
*
『キスは?』
ユウキは。
答えられなかった。
頬。
たった一度。
恋人同士のキスですらない。
それでも。
なぜか。
アヤネに言うことを。
躊躇った。
*
その沈黙だけで。
アヤネには。
伝わってしまった。
『……したんだ』
「違う。頬だけ」
『そっか』
明るい声。
作った声。
ユウキには。
もう分かる。
*
「アヤネ」
『何?』
「無理してない?」
『してないよ』
「嘘」
『……』
「一年近く付き合ったんだから分かる」
電話の向こう。
静かになる。
そして。
小さな声。
『……じゃあ』
『分かってよ』
*
「何を?」
『私』
声が。
震える。
『ユウキを自由にするって決めた』
「うん」
『待たないでって言った』
「うん」
『イノリでもアグリでも』
『好きになったら付き合ってって』
「……うん」
『全部、私が言った』
「アヤネ」
『なのに』
涙声。
『本当にそうなりそうになったら』
『嫌なの』
*
ユウキは。
何も言えなかった。
『最低だよね』
「最低じゃない」
『勝手だよ』
「それくらい普通だろ」
『……ユウキ』
「うん」
『今だけ』
『元カノじゃなくて』
少しだけ。
間。
『アヤネとして話していい?』
「……うん」
*
そして。
アヤネは。
海の向こうから。
ずっと我慢していた言葉を。
初めて。
口にした。
『まだ好き』
『ユウキのこと』
『全然、忘れられてない』
*
春。
日本とカナダ。
離れた二人。
そして。
ユウキの隣へ。
少しずつ近づいているイノリ。
三人の時間が。
静かに。
もう一度。
動き始める。
第3期 第2話 了
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ユウキたちの物語を少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、評価をいただけると、とても励みになります。
また、
「このシーンが好き!」
「このキャラを応援したい!」
「ここからどうなるの!?」
「自分ならこうする!」
など、短い一言でも大歓迎です。
皆様の感想・コメント・レビュー、楽しく読ませていただきます。
特に推しキャラについて語っていただけるのも嬉しいです。
ユウキ、ミヤビ、アヤネ、イノリ、アグリ――。
物語が進むにつれて、それぞれの恋や選択も大きく動いていきます。
誰を好きになるか。
誰を応援するか。
ぜひ皆様自身の目で見届けてください。
そして、続きも読んでみたいと思っていただけましたら、作品のフォロー・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは、次のお話で。
次回もよろしくお願いします!




