第1期 第1話 学年一位の美少女は、数学ができないふりをする
はじめまして。
このたびは、
『金曜日に別れた君と、もう一度恋をする。』
を見つけてくださり、ありがとうございます。
この物語は、
「好きになること」と「誰かを信じること」
をテーマにした、少し遠回りな青春恋愛物語です。
*
高校三年生の秋。
佐藤ユウキは、ごく普通の学校生活を送っていました。
勉強はそれなりに得意。
友人もいる。
特別目立つわけではないけれど、大きな不満があるわけでもない。
そんな彼の日常が変わったのは、ある日の放課後でした。
学校でも有名な美少女――
仁科ミヤビ。
成績優秀。
容姿端麗。
誰に対しても穏やかで、隙がない。
そんな彼女から突然、
「数学を教えてほしい」
と頼まれます。
どうして俺なんだ。
もっと頭のいいやつなら他にもいるだろ。
そう思いながらも、ユウキは彼女に数学を教えることになります。
二人が会う日は――
毎週、金曜日。
最初はただの勉強。
ただのクラスメイト。
ただ、それだけだったはずなのに。
問題を解いて。
くだらない話をして。
メッセージを送り合って。
少しずつ相手のことを知っていく。
そしていつしか。
金曜日が来ることを、楽しみにするようになっていく。
*
けれど。
人は、誰かのすべてを知ることなんてできません。
好きな人にも。
笑顔の裏側があります。
言えないことがあります。
見せたくない自分があります。
そして時には、
知りたくなかったことを知ってしまう瞬間があります。
*
この作品では、恋を単純な「運命」だけでは描きません。
出会い。
片想い。
告白。
嫉妬。
すれ違い。
初めて手を繋ぐ瞬間。
抱きしめたときの温度。
キスをする直前の、言葉にできない緊張。
そして、
好きだからこそ言えないこと。
好きだからこそ怖くなること。
恋をした人間が抱える、綺麗な感情も格好悪い感情も描いていきます。
*
ユウキは、これからいくつもの選択をします。
ミヤビもまた、自分自身と向き合っていきます。
そして二人だけではなく、
桜井アヤネ。
南イノリ。
大西アグリ。
それぞれ違った考え方を持つ人たちとの出会いが、物語を少しずつ動かしていきます。
誰と出会うのか。
誰を好きになるのか。
その恋がどこへ向かうのか。
ここでは、まだ何もお話ししません。
ぜひ物語の中で見届けてください。
*
ひとつだけ。
この作品を読む前に覚えておいてほしい言葉があります。
「金曜日」
です。
物語が進むにつれて、
この何でもない曜日の意味は、少しずつ変わっていきます。
嬉しい金曜日。
待ち遠しい金曜日。
忘れたい金曜日。
そして――
まだ名前のない金曜日。
同じ曜日なのに。
隣にいる人や、自分の気持ちが変わるだけで、まったく違う一日になる。
そんな「金曜日」を、この物語では大切に描いていきます。
*
誰かを好きになったことがある人。
好きな人からの返信を待ったことがある人。
たった一言のメッセージに、一喜一憂したことがある人。
好きなのに素直になれなかったことがある人。
そして、
もう一度誰かを信じてみたいと思ったことがある人へ。
この物語が届けば嬉しいです。
それでは。
佐藤ユウキと仁科ミヤビ。
二人の最初の金曜日から始めましょう。
『金曜日に別れた君と、もう一度恋をする。』
どうぞ最後まで、お楽しみください。
「佐藤くん。数学、教えてくれない?」
九月最初の金曜日。
その一言が、佐藤ユウキの高校生活を大きく狂わせることになる。
もっとも、このときのユウキはそんな未来を知るはずもない。
知っていたのはただ一つ。
――学年で一番有名な美少女が、なぜか自分の机の前に立っている。
それだけだった。
*
高校三年生の九月ともなると、教室の空気は妙に重い。
夏休みが終わり、文化祭だ体育祭だと騒いでいられる時期も残りわずか。
推薦を狙う生徒。
共通テストに向けて焦り始める生徒。
まだ夏休み気分が抜けず、机に突っ伏している生徒。
放課後の三年二組にも、それぞれの十八歳がいた。
その中でユウキは、一人で数学の問題集を解いていた。
特別な理由はない。
受験勉強だ。
成績は学年二十位以内。
悪くはない。
ただし、天才というわけでもなかった。
努力しなければ簡単に順位を落とす程度の成績だからこそ、ユウキは人より少し長く机に向かうようにしている。
唯一、自信を持って得意と言えるのが数学だった。
「……これ、場合分け一個抜けてるな」
シャープペンシルを走らせる。
そのときだった。
「佐藤ユウキくん、いる?」
教室の入口から聞こえた声に、何人かが振り返った。
直後。
教室の空気が変わった。
「え」
「仁科……?」
「なんで二組に?」
ざわざわと声が広がっていく。
ユウキも顔を上げた。
そして、思考が三秒ほど停止した。
仁科ミヤビ。
同じ高校に通っているなら、知らない者の方が少ない。
艶のある黒髪は胸元までまっすぐ伸びていて、制服をきっちり着こなしている。派手なアクセサリーも、目立つ化粧もない。
それなのに、誰より目立つ。
大きな瞳。
すっと整った鼻筋。
柔らかそうな唇。
清楚、という言葉をそのまま人間にしたような少女だった。
学年一の美少女。
そんな呼び方をされている。
実際、廊下を歩けば男子が振り返る程度には綺麗だった。
そのミヤビが教室を見回し――。
「あ」
ユウキを見つける。
ぱっと笑った。
「いた」
その瞬間、周囲の男子から向けられる視線が痛くなった。
(……俺、何かしたっけ)
ない。
少なくとも仁科ミヤビとは一度も話したことがない。
クラスも違う。
委員会も違う。
選択授業も重なっていない。
ユウキが戸惑っている間にも、ミヤビはこちらへ歩いてくる。
そして机の前で止まった。
「佐藤くん、だよね?」
「そうだけど」
「よかった」
何がよかったのか分からない。
ミヤビは両手で持っていた数学の教科書とノートを胸元に抱えた。
それから少しだけ首を傾ける。
「お願いがあるんだけど」
「俺に?」
「うん」
一拍置いて。
「数学、教えてくれない?」
ユウキは目を瞬いた。
「……なんで俺?」
「数学得意でしょ?」
「まあ、得意だけど」
「この前の模試もよかったって聞いたから」
誰から聞いたんだ。
そんな疑問は残ったが、それより気になることがある。
「仁科って、成績悪かったっけ」
「悪いよ?」
「そうなの?」
「数学は苦手」
「へえ」
意外だった。
もっとも、美少女だから勉強までできるはずだ、というのも勝手な思い込みなのだろう。
「塾とかは?」
「行ってない」
「友達は?」
「佐藤くんに教えてほしいの」
妙に断言された。
ユウキは少しだけ困る。
断るほどの理由もない。
だから、
「……まあ、一時間くらいなら」
そう答えた。
ミヤビの表情が明るくなる。
「ほんと?」
「うん」
「ありがとう」
そして。
「じゃあ、隣いい?」
返事をするより先に、ミヤビは隣の席へ腰を下ろした。
ふわり、と甘い香りがした。
香水なのか、シャンプーなのか。
ユウキには分からない。
ただ――近い。
学校一の美少女と呼ばれる女子が、肩が触れそうな距離にいる。
(……これ、他の男子に見られたら面倒そうだな)
ちらりと周囲を見る。
既に見られていた。
ものすごく見られていた。
ユウキは見なかったことにした。
*
「それで、どこが分からない?」
「ここ」
ミヤビが教科書を開く。
白い指先が問題を示した。
ユウキは問題を見る。
見る。
もう一度見る。
「……仁科」
「なに?」
「本当にここ?」
「うん」
「これ、かなり基本だけど」
「だから困ってるの」
困った顔をしている。
ユウキはシャープペンシルを手に取った。
「じゃあ、まずこの式を――」
説明を始める。
ミヤビは真剣だった。
相槌を打ち、ユウキの説明をノートに書いていく。
字も綺麗だ。
「ここまで大丈夫?」
「うん」
「じゃあ、これは?」
ユウキが似た問題を作る。
「えっと……こう?」
「正解」
「やった」
ミヤビが嬉しそうに笑う。
その笑顔を至近距離で見て、ユウキは少しだけ視線を逸らした。
(これは人気出るわ)
顔だけではない。
話してみると愛想もいい。
けれど。
三十分ほど教えているうちに、ユウキは妙な違和感を覚え始めた。
「仁科」
「ん?」
「さっきの問題、本当に分からなかった?」
ミヤビの手が止まる。
「どうして?」
「いや」
ユウキはノートを見る。
「理解するのが早すぎる」
「佐藤くんの教え方が上手なんじゃない?」
「それでもだよ」
最初に分からないと言っていたのは、本当に基礎的な問題だった。
ところが少し発展させた問題になると、ミヤビはほとんど迷わない。
「……たまたまだよ」
「ふうん」
ユウキは深く追及しなかった。
ミヤビも何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ。
彼女が困ったように笑ったことだけは覚えていた。
*
一時間後。
「今日はここまでかな」
「もう?」
「もうって、一時間経ってるぞ」
時計は午後五時を回っている。
窓の外は夕焼けに染まり始めていた。
教室にはもう二人しか残っていない。
ミヤビは名残惜しそうに教科書を閉じた。
「佐藤くん、教えるの上手だね」
「普通だと思うけど」
「先生より分かりやすかった」
「それ先生に言うなよ」
「ふふっ」
ミヤビが笑う。
一時間前まで面識すらなかった相手なのに、不思議と話しやすかった。
「じゃ、帰るか」
ユウキが立ち上がる。
「あ、待って」
「ん?」
「連絡先」
ミヤビがスマートフォンを取り出した。
「交換しよ?」
「俺と?」
「他に誰がいるの?」
「いや、そうだけど」
「次、分からない問題があったとき困るし」
もっともらしい理由だった。
ユウキもスマートフォンを取り出す。
交換は数秒で終わった。
画面に表示される『仁科ミヤビ』という名前。
学校の男子が見れば羨ましがるのだろう。
「ありがとう」
ミヤビはスマートフォンを大切そうに握った。
「また勉強、教えてね」
「俺でよければ」
「じゃあ来週も」
「来週?」
「金曜日」
「なんで金曜限定なんだよ」
冗談半分に尋ねた。
すると。
ミヤビの笑顔が、一瞬だけ止まった。
本当に、一瞬だけだった。
「……金曜日が都合いいの」
「そうなんだ」
「うん」
そしていつもの柔らかな笑顔に戻る。
「金曜日なら、毎週会えるから」
その言葉に妙な引っかかりを覚えた。
けれど、ユウキは深く考えなかった。
「じゃあ、また来週」
「うん」
ミヤビは教室の扉まで歩く。
そこで振り返った。
夕日の中。
長い黒髪が揺れる。
「佐藤くん」
「ん?」
「今日、楽しかった」
「数学で?」
「……どうだろ」
悪戯っぽく笑う。
「またね、ユウキくん」
「え」
名字から名前へ。
突然変わった呼び方に戸惑っている間に、ミヤビは廊下へ消えてしまった。
静かな教室に一人取り残される。
「……なんだったんだ」
スマートフォンが震えた。
ミヤビからだった。
『今日はありがとう』
続けてもう一件。
『来週の金曜日、楽しみにしてるね』
最後に小さなハートが一つ。
ユウキは画面を見つめる。
それから、
「距離縮めるの早くないか……?」
誰もいない教室で呟いた。
*
同じ頃。
校門を出たミヤビは、スマートフォンを見ていた。
ユウキとのトーク画面を閉じる。
その顔には、学校で見せていた清楚な微笑みとは少し違う表情が浮かんでいた。
「……やっと話せた」
小さく呟く。
数学が分からなかった。
それは嘘だった。
最初に見せた問題など、本当は簡単に解ける。
数学を教えてほしかったわけではない。
佐藤ユウキと話す理由が欲しかった。
ただ、それだけ。
ミヤビはスケジュールアプリを開いた。
画面には、一週間の予定が並んでいる。
月曜日。
火曜日。
水曜日。
木曜日。
土曜日。
日曜日。
それぞれの日に、人の名前。
そして唯一、何も入っていなかった金曜日。
そこへ新しく文字を入力する。
――『ユウキ』。
保存。
「金曜日は、ユウキくん」
その名前を指先でそっとなぞる。
ミヤビ自身、この出会いが何になるのかはまだ知らなかった。
軽い興味で終わるのか。
いつものように、誰かに寂しさを埋めてもらうだけなのか。
それとも。
これまでとは違う何かになるのか。
ただ一つ確かなのは――。
ユウキが思っているほど、仁科ミヤビは清楚でも、無垢でもないということだった。
そしてミヤビもまた、まだ知らない。
空いていた金曜日を埋めただけのはずの少年が。
半年後、自分の嘘をすべて知ることも。
そのとき初めて、自分が本当に失いたくなかったものに気づくことも。
さらにずっと先。
一度壊れた二人の関係が、もう一度始まる日が来ることも。
九月最初の金曜日。
二人の恋は、ひとつの嘘から始まった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ユウキたちの物語を少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、評価をいただけると、とても励みになります。
また、
「このシーンが好き!」
「このキャラを応援したい!」
「ここからどうなるの!?」
「自分ならこうする!」
など、短い一言でも大歓迎です。
皆様の感想・コメント・レビュー、楽しく読ませていただきます。
特に推しキャラについて語っていただけるのも嬉しいです。
ユウキ、ミヤビ、アヤネ、イノリ、アグリ――。
物語が進むにつれて、それぞれの恋や選択も大きく動いていきます。
誰を好きになるか。
誰を応援するか。
ぜひ皆様自身の目で見届けてください。
そして、続きも読んでみたいと思っていただけましたら、作品のフォロー・ブックマークもしていただけると嬉しいです。
それでは、次のお話で。
次回もよろしくお願いします!




