第1話 日常の三人と、星の灯り
春の終わり、教室の窓から差し込む陽射しが少しだけ眩しすぎる。
佐藤悠真は机に頰杖をつきながら、ぼんやりと黒板を見つめていた。成績は中の下、運動も人並み、容姿も「まあまあ可愛い」と言われる程度。特別なところなど何もない、普通の高校二年生だ。ただ一つ、胸の奥にずっと引っかかっているものがあれば、それはクラスメイトの鈴木葵への淡い想いだった。
「悠真、聞いてる?」
後ろから軽く肩を叩かれた。振り返ると、高橋蓮がにこにこしながらこちらを見下ろしている。身長は悠真より五センチほど高く、スポーツ推薦でバスケ部エース、顔も整っていて女子からの人気は抜群だ。誰とでも分け隔てなく話せる明るさが武器で、悠真とは小学生の頃からの付き合いだった。
「ああ、悪い。聞いてなかった」
「マジかよ。お前、最近ぼーっとしてるよな。……まあ、わかるけどさ」
蓮は意味ありげに目を細めて、悠真の視線の先——教室の真ん中あたりに座る少女をチラリと見た。
鈴木葵。
柔らかな栗色の髪を肩のあたりで揃え、大きな瞳が印象的な子だ。笑うと頰に小さなえくぼができて、誰でも自然と笑顔になってしまうような、明るくて優しい空気を持っている。成績は上位、部活は文芸部で、休み時間にはよく本を読んでいる。悠真が密かに想いを寄せている相手であり、蓮もまた、表向きは冗談めかして「俺も好きなんだよねー」と言う相手だった。
葵がこちらに気づき、にこっと笑って手を振ってきた。
「蓮くん、悠真くん。放課後、時間ある?」
その瞬間、悠真の胸が小さく跳ねた。隣の蓮も同じように笑顔を返すが、悠真は気づかないふりをしながらも、蓮の指先がわずかに机の縁を強く握っていることに気づいていた。
放課後、三人はいつものファミレスに寄った。
葵はストロベリーミルクシェイクを飲みながら、目を輝かせて話し始めた。
「ねえ、知ってる? この間オープンした『スターライト・パーク』。夜になると園内が全部星のライトで光るらしいよ。ぬいぐるみのパレードとか、観覧車から見える夜景がすごいんだって! 今週末、行かない?」
葵の声は弾んでいた。文芸部で読んだ幻想小説の影響か、彼女は「星」や「魔法」といった言葉に特別に弱い。悠真はそんな彼女の横顔を見ながら、胸が温かくなるのを感じた。
「いいね。俺、行きたい。悠真もどう?」
蓮がすぐに同意した。笑顔は完璧だったが、悠真は一瞬、蓮の目が自分に向いたときに浮かんだ影のようなものを感じた。まるで——「お前がいるから面白くない」みたいな。
いや、気のせいだ。悠真は自分に言い聞かせた。蓮は昔からこうだ。明るくて、誰よりも目立つ。自分はただの付き人みたいなもの。葵が二人と仲良くしているのも、きっと「幼馴染みの三人組」として見られているだけだろう。
「うん、俺も行きたい。葵がそんなに楽しそうなら」
悠真がそう言うと、葵はぱあっと顔を輝かせた。
「やった! 三人で行くの、久しぶりだね。去年の文化祭以来かな?」
彼女はフォークでパフェを小さく崩しながら、懐かしそうに笑う。その仕草の一つひとつが、悠真には愛おしく見えた。細い指、柔らかい髪の毛の匂い、笑うときに少しだけ上を向く睫毛。全部、記憶に焼き付けたいと思う。
一方で蓮は、笑いながらも時折、悠真と葵の間に視線を滑らせていた。
(悠真の奴……いつも自然に葵の隣に座ってるよな)
小学校の頃から、悠真は自分より先に葵と仲良くなった。自分は後から加わった「明るいムードメーカー」。表面上は三人でバランスが取れているように見えるが、蓮はわかっていた。葵が本当に心を許しているのは、悠真の方だと。
でも、認めたくない。
だから蓮はいつもより明るく振る舞う。
「よし、決まり! 土曜の朝、行こうぜ。絶叫マシンも乗りまくろうな、悠真」
「俺、絶叫系苦手なんだけど……」
「大丈夫、葵が隣にいれば頑張れるだろ?」
蓮の冗談に、葵がくすくす笑う。悠真も笑ったが、どこか胸の奥がちくちくと痛んだ。蓮の言葉はいつも優しい。でも時々、その奥に棘のようなものが隠れている気がする。
ファミレスを出た後、三人は駅まで一緒に歩いた。
夕陽が三人をオレンジ色に染める。葵は真ん中を歩き、左右を悠真と蓮が挟む形になった。彼女はスキップするように軽やかに歩きながら、遊園地の話を続けた。
「なんかね、夢みたいな遊園地なんだって。星の泉っていうアトラクションがあって、願い事を叶えてくれるらしいよ。……もちろん、作り話だけど、雰囲気だけでも楽しめそうじゃない?」
「願い事か……」
悠真は小さく呟いた。もし本当なら、僕は何を願うだろう。葵とずっと一緒にいられる未来? それとも、蓮みたいに自信を持って生きられる自分自身?
蓮は後ろから二人の背中を見ながら、静かに拳を握っていた。
(俺だって、葵の隣にいたい。悠真の隣なんかじゃなく)
そんな思いを、笑顔の裏に押し隠して。
駅の改札前で葵が手を振った。
「じゃあ土曜日、楽しみにしてるね! 二人とも、遅刻禁止だよ?」
「了解」
「任せとけ」
葵の後ろ姿が見えなくなった後、悠真と蓮は少しの間、無言で並んでいた。
「なあ、悠真」
蓮がぽつりと言った。
「お前、葵のこと……本気?」
悠真は一瞬、言葉に詰まった。蓮の表情はいつもの笑顔だったが、目が少しだけ冷たかった。
「……どうかな。ただ、好きだよ。まあ、お前も好きなんだろ?」
「当たり前じゃん。あんな可愛い子、放っておけないよ」
蓮は肩をすくめて笑った。でもその笑顔は、どこか作り物めいていた。
「まあ、いいよ。三人で行こうぜ。土曜日、楽しみだな」
そう言って蓮は悠真の背中を軽く叩き、反対方向のホームへ去っていった。
一人になった悠真は、ため息をついた。
何もかもが、いつも通りだ。三人で遊園地に行くのも、きっと楽しいはずだ。でも、胸の奥の小さなざわめきは、消えなかった。
——その時、悠真はまだ知らなかった。
スターライト・パークが、ただの遊園地などではないことを。 星の泉が、本当に願いを叶える代わりに、すべてを壊すことを。 そして、自分と蓮と葵の三人で過ごすこの土曜日が、最後の穏やかな時間になることを。
朝8時に投稿していきます。
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