中途半端に学力を誇る奴はだいたい天才の狂気には勝てないのだ(狂気は天才の必要条件であって十分条件ではない)
「だってさ盗撮でしょ?許されないよねぇー権利の侵害だよね心の傷痕になる犯罪行為だよこれ」
いっちょまえのカリスマコメンテーターみたいな顔して喋る梅尾。でもその言葉を吟味してみるといかに論証と説得力に欠けるのかは明白だ。そっか、何で私がこいつの名前覚えていたかわかった。こいつはいつも人に難癖をつけてどうにもならないような状況作って一人立ち去る奴だからだ。要するに、けっこう煙たがられるタイプの人間だから、私の海馬に強烈な印象を与えた、たぶんそういうことだろう。無害な男子の名前は覚えていなくて、こんな奴の名前を覚えているとは嫌な記憶が一生かかっても忘れられないのと一緒だ。
「どう思う阿久瀬さん?」
同意を求める梅尾。
黙る阿久瀬ちゃん。
空気の読める一同。
再び気まずくなる空気。
堪えかねた誰かが静かに席をたち、トイレかどこかへ避難した。
それにあわせてどこかへ避難する人、しない人。
調子にのって昭和の三流知識人並みに饒舌になる梅尾。
あぁーと思う。この際梅尾を言い負かすかして独断と悪意で一杯の超自称カリスマコメンテーターを再起不能にして差し上げなければならない。
どうする?怒鳴るか。何を怒鳴ろうか。声には自信がある。私の一声で梅尾ごときをびびらせるのは朝飯前だ。でも後が厄介だ。
ふと、マブを危うく失いかけた秘術が浮かぶ。
ダメだ、それは禁断の実だ。
他の方法を考える。だが一度浮かんだこの作戦は私の脳内に座り込んで、他の解決策法案の通過に歯止めをかけている。
そもそも言論に打ち勝つのは怒鳴り声などではなく、それを上回る言論しかない。
だとすると、だとすると、だ。
どうすればいい。まさに青春の難問とやらだ。
そうか、知恵の実なんかな頼ろうとすること自体安直な発想なのだ。知恵の実なしに、何か超長長しいことを言えばいい。
えーと……全くダメだ。相手を威圧して理解しようとする意思を失わせることなど無理だ。
やんぬるかな、ここは大きく譲歩、破滅を気にしないことにして禁断の知恵の実を食すことにしよう。
例のごとくどこかからか現れる知恵の実。
見せてやるぜ、私の戦いを、的なまでに前向きになる思考。
こんな一箇の果実が、私の心をポジティブにするなんて、というのはご存知、檸檬と同様のお話だ。
クラスメートの反応など、無視してしまおう……というのも不可能で、さすがにこんな状況で禁断の実の丸かじりをするやつがいたら、考えるまでもなく注目されるはずだ。あぁ……梅尾も喋るのをやめて私の方を見ている。
……見てろよ梅尾ォォォ!!
ガタガタッ(さっきと同じく椅子)
私は立ち上がって、恥ずかしいのも我慢して教壇の上に立つ。
ちょっと咳払いをして、まずは一言。
「級友たちよ」
……この世の恥ずかしさをかき集めたような恥ずかしさで失神しそうになる。
でも退いたら敗けだ。然れども、死スル覚悟デ進ムベシだ私。
「君たち、敢えて私は君たちと呼ばせてもらおう。これは私の木鐸の鳴るところ、旧世界の幻影の奴隷と化しつつある君たちに向けての方舟、然るべくして現出する不安という猛獣あるいは理性に向けての、私を含む最大限の思考総体、「私」という意味の区別上再現なく沈思黙考の螺旋階段を構築せしむる論理を基盤とし、言語の大地、理性の母と崇める神殿の、柱ともいえる思惟のなせる業火に包まれた、この世界に対する愛の鎮座する神殿の民であると自覚する私からの、最後の預言である。」
静かに、厳かに。そして、取り憑かれたように。
紛れもなく理解しようとする意思を失わせる文言だと、自分でも思う。
「君たちに、私が言わんとしていることを、観念の組み紐を編む美しき乙女は光のある天の最も尊いところから、君たちの最も高きところ、つまりは脳髄へと、私からの贈り物である抽象的事実、抽象の総体の眠る聖櫃をもはや届けてしまっただろうか。指の一本、指の一本だけでいいのだ、その意思とも呼ばれる言葉の親、意識の表面をどんなかたちでもいい、どんな姿でもいいから私の眼前領域に貌を顕してくれればよい。
智識を愛せ!藝術を愛せ!我々の世界は茫漠と横たわる三次元的猶予に守られているのだから!」
関係ない言葉含めべらべら喋るのは梅尾と同じだ。だが両者を分かつのはおそらく言葉のチョイスだろう。重々しい単語が並んでいるのがこの場合の私のアドバンテージになる……かもしれない。
後は口に任せて、文字通り口に任せて喋る私。
そうやって時間が過ぎていった。
私が一区切り入れたところで、
「す、すみませんでした……僕が、僕が悪かったです!」
泣きそうな顔をした梅尾が半ば精神崩壊しかけた感じで謝る。
やった、色んな犠牲を払って勝った、と思うも梅尾を無視して喋る私。
みんな「……!?」
うわあ知恵の実の罪悪が私の言論を暴走させている。こうして止まらなくなった私は、焼き付くような視線を浴びていつまでも、教壇の上にいるのだった……




