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バンカラ高校の2学期始動はビクビクする上に暇さえあれば授業とは友情を育めないではないか(人のせい)

一週間後。今日から二学期が始まる、んだけど……


全校生徒が揃った体育館にて。


ざわざわしているはずが、全員が前を向いて黙っている。教員たちはイースター島の石像のような顔をしている。


静寂のひととき。


あれからというもの、知恵の実の効果は数時間しか持続しなかったらしく、私は語彙力レベルの低い生活に逆戻りしてしまった。まあでも意味の分からない幻覚のお陰で読書感想文を駆逐できたし、課題も全部終わらせることができたしで結果的にはオーライな夏休みだったと思う。それにしても夢みたいな話だ。ハッと気づいたら私はほぼ完成した読書感想文の上に突っ伏していて、危うくよだれで原稿の上にシミを作るところだったのだから。人間って奴には不可能がないとまでは言わないけど、私はとにかく自分のキャパ以上のことをやってのけたことに変わりない。まったく自分に紫綬褒章とナイトの称号を与えたいくらいだ。

そんなことをつらつらと考えていた私は、周囲の静けさに気づく。あれ?どうしたのだろう?みんなして全力で真顔を作っているではないか。そう思った矢先、


ドン!


和太鼓(伏線)が大きく鳴り、心の準備ができてない私は思わず「びくっ」とたじろいでしまう。他人に気づかれてもしょうがないくらいの動揺ぶりに恥ずかしくなる。それとはお構いなしに、和太鼓がリズムを刻む。


お分かりいただけただろうか?(恐怖映像番組のナレーション風)これは私の高校の応援団、応援団長が全校生徒の前に君臨するときの合図なのだ。

応援団といっても、爽やかに学ランを着こなしたモダンでハイカラな集団ではない。喧嘩の仲裁に入って駅のホームから転落したくらいにボロボロな学ランあるいは袴そして裸足で登場する、バンカラな応援団なのだ。(イメージできない?なら画像検索してみ、アメリカのコメディーみたいにホワット?のポーズやりたくなるから)

例えるなら。

前方十メートルに布製の、人のかたちをした何かがあるとする。それは遠目から見ても破れや損傷が著しいサムシングだ。だが近寄って見るとおお、我らが高校の応援団。そんな感じだ。

だから何だと思われるかもしれない。しかしこの集団には私のマブがいるのだ。何と阿久瀬ちゃんは応援団の旗手を務めている。

想像してみてくださいよ、だって大正とか明治から続く男だらけのグループに紅一点花も恥じらう私のマブがいるんですよすごくないですか?的な思考をよそに、勢いよく何かの扉が開く。びくっとなる私第二弾。演壇が取り除かれたステージに、体の倍以上はある巨大な青紺の校旗を持った阿久瀬ちゃんが出てきて、次に和太鼓、その他団員たちが出てくる。

第三次びくっとなる内閣成立を阻止すべく、次に鳴るであろう和太鼓の轟音に心をセットアップする。


ドオンドオンドオンドオンドオンドオンドオンドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドカッドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン……ドオン!


ずかずかと応援団長が登場する。他の団員とは違い、黒い紋付き羽織に袴を着ている。そして高下駄と来たもんだ。今日も身長を10センチばかしは稼いでいらっしゃる。


彼は全校生徒に一礼し、両手でポーズをとり一声、(彼の声は高い)

「ッサアーーーーーーー」

誤解してはならないこれは声出しなのだボイトレ的な何かなのだ、とにかく伝統であることに相違はない。

それに会わせて、全校生徒は1オクターブ低い声とテンションでサアーと声出しをする。

昔だったら「何だらおめぇらはらのそごがら声だせじゃごえ!」と言ったであろう応援団長は気にすることなく、似合わないボーイソプラノで校歌斉唱を指揮する。

「コッチャエーコッチャエーコチャコチャエー……」

これが私の高校の校歌……といっても信じてもらえないだろう。私の高校は歴史を色濃く(特濃)受け継いでいるのだ。奇妙だなあ、と思うけれど、その間ずっと旗を持ち続ける阿久瀬ちゃんを見ればそんなことなどとうてい大声では言えない。


校歌を歌いながら、ああ、二学期が始まるんだなあとぼんやりと思った。


教室に戻ると、例によって即授業が始まる。

久しぶり、といってもたかだか二週間ぶりの教師の顔だが学習意欲に欠ける私は授業開始早々考えることをやめてとりとめのない空想に走る。はたから見れば真剣な顔して授業聞いている風の私だがその脳みその意識は太陽系を抜け出してはるかオールトの雲まで飛んでいた。ハッブル宇宙望遠鏡の写真とかは好きでしょっちゅうそのことばかり考えているけど、やはり想像でしかない。

授業を抜け出して大宇宙へと意識を飛ばしていた私だが、突然大ピンチに見舞われる。

「じゃ馬場里、次の文訳して」

うわあーしまった全然聞いてなかったどうしよやばいという思考で脳内ホワイトボードが真っ赤に染まる。一気に血が上ってくる。

「……はい」

返事はしたものの、それかなという箇所にさらっと目を通す。うわあ、めっちゃ長い文じゃん。和訳きついなこりゃ。

「急速に変化する時代のなかで……人々のなかには……地方公共団体の日々の関心ごとは納税に支えられた収入よりもむしろ現状の公的サービス維持だと主張する人もいれば……他の地域から移住する人々の受け入れ体制の確立だと主張する人々もいる」

お、いけたな、と思いきや、


ざわざわ……

クラスメートのなかにはこっちを見てひそひそ話す奴もいる。


うわ、何をやらかしたんだ。文を間違えたか。にしても反応がでかい。


教師が顔を上げて、あきれた声を上げる。あっ、と私の顔から血の気が引く。


「馬場里お前……今は古典の時間だぞ」



盛大にやらかしてしまった。


放課後。ボーッと授業を受けてんじゃねーよという先生の教えを胸に、ずこずこと職員室を後にする。

大きくため息をついて、窓の外に目をやる。

「杏っ!」

何者かが、背後から突進してきた。私がその華奢な肩幅に圧倒されないのは、おそらく大は小よりも大なりという体格体重格差のためであろう。私と違い可憐な高校生阿久瀬ちゃんはやはり可憐だ。

「どーしたの今日?まさか古典の時間に英語やっていたとか」

「いや内職違うし最初からボーッとしてたんだって不可抗力なんだって」

「でもさー教科間違えるとかある?絶対ないから」

「あるから」

正論をつき続ける彼女の笑顔の猛攻はもはや四面楚歌といっても過言ではない。少しずつえぐられていく私のハート。阿久瀬が切り出す追い詰めカード。これに耐えるの相当ハードなどと犬も食わないような廃棄物レベルのラップがよぎる。

「ってかさー」

うわ、出たぞ阿久瀬ちゃんの「ってかさー」が。前回はいきなり読書感想文だった。今回は何を言い出すのだろう。

「今度の授業さあ」

「ん?」

「色んなテーマから自分の考えを選ぶやつあんじゃん」

「うん」

「どーしても思い付かなくて……ちょっと手伝ってくれない?簡単なやつでいいからさあ」

いやいや、語彙力が詰んでる私に頼むのはあたかも瓢箪で鯰の捕獲を企てるようなものですよ、と思いつつも親友の前でかっこつけたい気持ちが勝っているのもまた事実であった。

あ、知恵の実があったじゃん、あれを食べれば……と思ったがあんなのおそらく私の幻影でしかない。


おそらく?


なら今確かめればいい。本当にあるのなら、今私の手に知恵の実が現れて親友の助けになるだろう。


強く念じてみる。


「杏?どうしたの?」


何でもないよと言おうとした矢先、手のひらに一定量の質量が現れる。


知恵の実だ。


「えっ何それリンゴえっ、えっリンゴ、どっから出したのマジック?えっ?」


ひたすら面食らう親友を助けるべく、丸かじりをまた試みる。

そういえば前回食べたやつはいったいどこへ消えたのだろうかとか思いながら。


シャオッ。


また来た。細胞の一個一個がざわめくような、語彙力の波が。これで前回は失神したんだ。


よく噛んで、飲み込む。


驚く親友をよそに、私は勝手に喋りだしてしまう。

「友よ、今の私は狂人だ。」

ますますあっけにとられる阿久瀬ちゃん。見ているこっちの方がかわいそうに思うくらいに。


「美しく、呪わしい宿命と不確定性に満たされた軽々しく重々しい現在がウェルニッケ野を侵食するのだ。

海から音が消えるよりも恐ろしい。

月が大地を見放すよりも、冷酷の針で覆われた抽象だ。

惰性でさえ安らかではない!

もはや私を私たらしめる所在の一点すらもない。

巨大な重力は鉄槌となり、我が太陽系を支配し、その末端は意識の糸を縒るように繊細な指先を向けてくる。

私は自らの息吹を感じながら、息吹の所在と自らの深淵に思索の船の錨を降ろす。

外界へと目を向ける私が未知の惑星へと降り立つ最初の宇宙飛行士から純朴な農夫になる刹那の話をしよう。

私と呼ばれる存在の確証が実際のものとなるよりも前あるいは好気性細菌の望月の時代の帳がまだ閉ざされていた頃の哲学者となる時とは、理性と名付けられた冷徹な感性の見守る脳髄と未だ言語の追い付かない感動が地平線よりも先に及ぶその時であろう。

今の私は銀河を一切の感情を持ち合わせず目にする者だ。

重力を目にする私とは?私であり得るのか?

同じように重力に支配されている銀河も、月も、海も、社会の小形態に内包される人びとも、その問いに意見の石を投げつけることはできても、炎天下の氷と変えてしまう大魔術はできやしない。

奴らは自らを狂人と思うことさえもできない狂人なのだ。

自らを狂人と見なしてしまうに至った私のほうが、まだましのはずだ。

私は息が詰まりそうだ。これだけ多くの狂人諸君に囲まれて。

私は悪戯に思考を大湖水へと向かわせた」

「あ、杏……?」

「見よ!私が狂人なのだ。他人を狂人と思う狂人なのだ!大狂人ではないか!」


私も自分でよく分からないくらいの大演説のあと、もはや理解力の極限を悟ってしまったような顔をしている阿久瀬ちゃんに、知恵の実のことを洗いざらい話した。

「何というか、すごいね……」

あっやばい引いてる。ドン引いてる。

「信じて、くれないよね……」

「すご過ぎて……うわあ私も食べたいよその実……今ですら言葉が出てこないし私」

いや、正常な反応だと思う。

「か、課題、何とか自分でやるから……ありがとね」

そう言って彼女は力が抜けたみたいに、よろよろと去っていった。


廊下の奥へと遠ざかる彼女の姿を見て私はこう思った。


……この知恵の実……友達をなくす恐れがある。

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