25.観劇
本日2話目
今日は、学校は休みにして、エントールと観劇に。
エントール自身が好む劇団に誘ってくれたのだ。
うきうきワクワクしながらその日を迎え、エントールの傍に並ぶ自分を意識して一生懸命己を飾り立てる。
本日は馬車で迎えに来てくれたエントールの装いも、とても大人っぽくて格好良い。
心を奪われるのが自分で分かった。
エントールは、そんなフローフィリィアに嬉しそうだ。
「行こう」
とエスコートのために手を差し出してくれる。その動きさえ嬉しくなる。
「とても綺麗だね」
と囁いてくれるので、フローフィリィアは赤面した。言葉を無くしてしまう。
恋を覚えた、とフローフィリィアは自分で気づいた。
自分は今、恋をしている。
もっと触れたいし、触れて欲しい。
じっと見つめると、エントールが少し照れた。
エントールも、惚れ直してくれている。
いや、新しく、変ったフローフィリィアに惹かれ直してくれている。
自分たちで、積極的に。
私、良かったわ。
とフローフィリィアは思った。
とても幸せに、生きているわ。
***
『入れ替わった王子』というのが、本日の演目。
実は、エントールとフローフィリィアは、まだ幼い日にこれを一緒に見た事がある。
今回は再演で、エントールも懐かしく思い行くことにしたのだろう。
知識として、すでにフローフィリィアも知っている。
あるところに王子がいた。とても聡明で立派で好奇心旺盛な若者だ。
ある日王子は、好奇心から、自分とよく似たものを見つけて提案した。1日、入れ替わってみないかと。
平民は王子の命令を受け入れざるを得ない。王子の希望通りに入れ替わる。
そして。
1日後。平民に扮した王子は、元に戻ろうとするが戻れない。戻る手はずを考えていなかったからだし、周囲は、平民に扮した王子を、本物だと見抜けないから。
王子は苦労する。
観客はその嘆きに心を痛める。観客は貴族ばかり。皆、高貴な血筋の者が受けてしまう侮蔑や待遇に心底同情し、ハラハラと手に汗握る。
最後に、王子の素晴らしさに気付くご令嬢が現れる。そのご令嬢は、初めは王子とまでは気づかないが、あまりにも素晴らしい人物なので王子に心を寄せてしまう。
令嬢と仲良くなった王子は、そうして打ち明け、令嬢の家族にも訴えて・・・。
最後は身分を取り戻し、ハッピーエンド。そのご令嬢とも結婚式を上げるのだ。
平民に紛れても、ご令嬢が正しく高貴な血を見つけ出すくだりが、観客である貴族たちが痛快に思うところだ。
だけど。筋を知り、貴族が何を好むのかも分かっているフローフィリィアは、それでも思う。
馬鹿ね。自ら身分を手放すなんて。
苦労するのは自業自得。
ご令嬢が見つけてくれたのは、単なる奇跡でしかありえない。
入れ替わってしまったなら、普通は戻れない。
***
劇は美しく華やかだ。
平民に扮した王子が『こんな暮らし』と嘆き、もし身分を取り戻したなら良い王になろう、皆を豊かにしたい、と決意するところでは、つい鼻で笑いそうになってしまったが。劇中とはいえ、エナに比べれば何百倍も恵まれた暮らしだったからだ。
それでも隣のエントールたちは感激したようになっている。
貴族が胸を打たれるシーンの一つである事は間違いない。
きっと、観劇後、エントールに感想を求められる。
どのように答えると良いだろう。
それを、周囲の様子から探りながら、フローフィリィアは見続けた。
舞台では、煌めく冠と地位を取り戻した王子が満面の笑みでご令嬢と見つめ合っている。
***
「面白かったね。リィアはどう思う?」
「豪華でとても良かったですわ。幼い日に見た時より、輝いて見えました」
「そう。実際、衣装なども色々と新調したそうだよ。王家の貫録を出そうとしたと聞いている」
「そうでしたの」
「・・・私は昔見た時は、随分憤慨したよ。どうして誰も気づないのだ、王子だぞ、と」
「ふふ。そうでしたわね」
「リィアが見つけてくれると約束してくれた。覚えている?」
「勿論ですわ」
とフローフィリィアは笑んだ。過去の記憶はきちんと残っている。
「あの日より、トールは随分落ち着いておられますわ」
「私だってもう大人だからね。演目と現実の違いぐらい知っている」
エントールが肩をすくめながら、どこか期待したようにフローフィリィアを見つめている。
分かっている。幼い日と同じ言葉をエントールは求めている。
幼い日、本物のフローフィリィアは言ったのだ。
『私、平民のグロウを王子だなんていう人たちを馬鹿だと思いました! 舞台に乗り込んでいきたくなりました』
エントールと意気投合して、フローフィリィアはこう続ける。
『もしエントール様が変装されても、私ならエントール様だって分かりますわ!』
「私が・・・そうだな。例えば何者かに捕まり、他の国で奴隷などに落とされてしまっても、きみは見つけてくれる?」
エントールが求めてきた。
フローフィリィアは笑んだ。予想していた問いだった。
「えぇ。勿論ですわ」
あなたが王子様である限り。
フローフィリィアは続けた。
「たとえ、お話のように一日入れ替わろうとなさっても、私はトールを探し出しますわ」
あなたこそが王子様なのだから。
「他の人たちにトールが本物だと説明して、きちんと戻して差し上げます。安心してくださいな」
もし、失敗したら。
もし、入れ替わった平民の方が都合が良ければ。王子となりつづけたら。
その時は、その時だけれど。
フローフィリィアは自覚する。
自分は、エントールに焦がれているのではなく、王子の地位にあるエントールが欲しいのだ。
本物のフローフィリィアとの大きな違いはきっとそこだ。
エントールが、今のフローフィリィアに戸惑った理由も。
だってエントール様。
あなたは、フローフィリィアが入れ替わっても、気が付いていないままでしょう。
本物がどこに行ったか、戻す術なんて、誰にも分からないままですけれど。
今のフローフィリィアが求め、フローフィリィアを求めるのは、今隣にいるエントール。
だからこそ。
「私、エントール様をずっとお支えしたい。困難が立ちはだかっても、私も共に頑張ります」
あなたの御代を支えましょう。あなたが王子であり、王を継ぐ人である限り。
あなたの地位を守るため、私はあらゆる手を使うでしょう。
あなたの価値は、あなたの地位があってのものなのだから。
***
帰り道の馬車の中で、フローフィリィアはエントールの手を両手でずっと握りしめ続けた。
エントール自身に恋い焦がれる少女のように。
エントールも、とても満足そうに幸せそうにフローフィリィアに話し続ける。




