姫の憂鬱
露店商であるエルフの青年は、ようやく王都から帰ってきた。
しかし今まで利用していたグループの家は手放す事が決まっている。
今は、他のグループの家に夫婦で居候している。
「タミちゃん、あの女性騎士と知り合いでしょ?」
「えへへ」
ばれたー?って顔してるな。同じ実力者だから、どこかで繋がりがあったのだろう。
(仲良さげだったからなあ、まあいいけど)
そのグループは、ある高貴な方がリーダーをしている。
ギード達を勧誘してきたあの女性騎士もこのグループ所属だった。
つまり事前にタミリアには話があったという事だ。
ため息をつきながら、今までと違いかなり広い厨房で朝食を作っている青年エルフの名はギード。
厨房内に備えられた食卓に早くも皿を並べて待っているのは、女性魔術師で名はタミリア。
王都に出かけたこの夫婦を町の皆は心配していた。
あの小心者のエルフは大丈夫か、あの脳筋娘は問題を起こしていないか。
無事に帰って来たのを見た者たちはホッと安心した。
そしてこの「始まりの町」で新たなるふたりの生活が始まる。
彼の望んだ平凡な日常になる、といいね?。
ギードは反対しているわけではない。こうなったらいつもの丸投げだ。
「タミちゃんがいいなら、いいよ」
たぶん彼女もこうなることは分かっていたのだろう。
この脳筋娘はただの脳筋ではないのだ。努力するにも計画的で、ちゃんと自分の限界も知っている。
学生時代に師匠に唆されたとしても、魔法剣士がただの脳筋になれるモノではない事くらい分かる。
ただまあ、杖というか剣というか、それを振り回して前衛で戦う事が大好き。
それを追求しているだけで、他の事は二の次になってしまうから脳筋扱いなのだ。
決して頭が悪いわけではない。むしろ戦略はかなり的確だ。
うん、怖い、とギードは思う。
久しぶりの料理なので、奮発してかなりの量のパンケーキを焼いている。
新しい調理器具に慣れるためでもある。
今はまだこのグループの居候なので、家事はやるつもりだったが「自由に使って良い」と言われた。
タミリアが大量の朝食を非常に良い笑顔で食べていると、女性騎士が入ってきた。
「帰って来たのか。で、答えは?」
せっかちな人だなぁ、と彼女の前にも皿を置く。
タミリアと顔を見合わせ、一緒に食べ始める。
口に合ったのか、だんだん食べる速度が速くなる。
そして、またしてもギードの分が無くなったのであった。
食後の果物と薬草茶を出して、後はタミリアに相手をしてもらう事にした。
ギードは商人としていろいろやることがある。
まずはお土産を配りに行く。ファルや雑貨屋の老婦人、そしてお世話になっている商店組合にも顔を出した。
皆に驚かれ、いたく感激された。でもまだ箱いっぱいに土産物が残っていた。
ギードはそれを持って教会へ足を向けた。
そして図書室の受付で
「これを孤児院の皆さんに適当に配ってください」
と押し付けた。
もちろん恥ずかしいのですぐに立ち去った。
一応中身は精査してある。料理の材料や便利な小物など、自分用に欲しい物はちゃんと別にした。
やばい物は無いはずだ。菓子やおもちゃ、女性や子供が喜びそうな物が多かった。
(あれはたぶんリデリアのお薦めだろうな)
何故か例の物語の本も入っていたが、すぐ出して隠しておいた。
(ふぅ、危なかった)
エルフの多いこの町で広めていい物語ではない。
町を一回りして帰ってくると、勇者の子孫であるリーダーから手紙が来ていた。
「自分の勝手で申し訳ないが一度グループは解散する。新しい町でもう一度グループを作る」
良かったら参加してくれ、という内容だった。
ふたりはこの町を拠点とする予定だと返事を出した。
そして、契約が切れたあの家は、間もなく取り壊され、もっと大きくなるそうだ。
(最後の掃除に行こうかな)
翌日、ファルを連れて掃除に向かうと、タミリアが付いてきた。
どうせ壊すのにーと言いながら、懐かしそうに家に触れていた。
「この傷は誰かさんを殴ったときのー、この焦げ跡は誰かさんとケンカしてー」
説明されたが聞かなかったことにした。
新しいグループのリーダーであるシャルネは十五歳。この国では成人とみなされる年齢である。
「やっと過保護から抜けられたー」
と話しているのを聞いてしまった。
その成人を機に王都を脱出したかったらしい。
この辺境の町の強化を考えていた国王に進言して、この辺一帯の領主に任命されたそうだ。
利発そうだとは思ったが、本当に有能なんだそうだ。
エルフにうつつを抜かしている誰かさんと大違いである。
その有能さも王子たちには目障りなのだろう。王都には居ずらいはずだ。
高級住宅地に新しい領主館が出来たので、そちらに住むことになる。
「よー」
と、その日イヴォンがやって来て、同じグループだと初めて知った。
(あー、そういえばグループに誰がいるのか全く聞いてないな)
イヴォンの雇い主はお姫様だったらしい。
ギードは何だか納得した。
あの国王はともかく、王子達には扱い切れない人だろう。姫ならまだイヴォンの忠告とかちゃんと聞きそうだ。
(ということは、イヴォンさん並の人達がいっぱいいるのかな)
ギードはいまさら(このグループ怖い)とガクブルしている。
他の者たちの事は聞かない方が良さそうだ。そうしようと思う。
相変わらず小心者から脱しそうで脱し切れないギードであった。
居間にある長椅子に、姫様と護衛の女性騎士が座り、イヴォン師匠はその後ろに立っている。
テーブルを挟み向かいの椅子にタミリアと共に座るギードは、さっきからずっと胃の痛みを感じている。
「おふたりにお話しておかなければいけない事があります」
シャルネは神妙な顔で話し始めた。
この国は長く平和なため、少々問題のある官僚や上級貴族が増えてきている。
金や地位で実力者を囲おうとする者たちだ。それが自分の実力を示すと思っている。
実力者が王都に少ないせいもあり、年々過剰になって来ているそうだ。
王都にいる実力者達たちの多くは、隔離された城内に国で保護している。
しかし無理な勧誘をする彼らのせいで他の実力者たちは王都を離れ、遠い土地で暮らす者が増えたという。
悪循環というやつだ。
それぞれに理由はあるにせよ、ある程度、実力者達は管理されているのは確かだ。
でも彼らに囲われないようにと強制することは出来ない。
金で囲われた彼らを排除しようとすれば甚大な被害を覚悟しなければならない。
それを逆手に取った形で、国も口を出せないようになっているらしい。
しかし現状は、囲われるということは飼い殺しに近い。
「おそらく実力ある者達にも国に対して不満はあると思います」
力だけでのし上った者たち。しかし今はその力を発揮する場所がない。
だから国も魔物やドラゴンの討伐を推奨し、実力者達の不満を逸らしているのだ。
「おふたりなら大丈夫だとは思いますが」
ギードはずっと黙って聞いていた。
皆のお茶を入れ替えた後、ギードは座りなおした。
「内戦……もしくは対エルフ戦ですか?」
ぼそりと呟いたギードの声に全員が息を呑む。
あの、王都の異常なまでのエルフ賛美は絶対に反発を生むだろう。
もしかしたらそれを狙っているんじゃないだろうか。ギードはそう考えていた。
「内戦だと国を割ってしまいます。それだと自分達も被害を被るでしょうし」
やはりエルフの土地や身柄の確保を狙っているのか。
ギードにはそれしか考えられなかった。
「今ならエルフは弱いですからね」
引きこもり、小心者、そんな森のエルフ達を見たばかりだ。
王都の物語は過剰にエルフが強いと宣伝している。しかし現状は違うのだ。
上位精霊とて見かけはアレだが、その強さは人族の実力者には遠く及ばない。
それに、物語の中の『魔物の子』が『魔王』になる、うんぬん。
森の現状を知らない者たちが煽れば、森のエルフの中に魔王がいるとして攻め込むことも可能になる。
それこそ過剰戦力を金で囲った腐った一部の人族が暴走するかもしれない。
現に彼自身が殺されかけたのは、「障害になるかもしれない」という憶測からだった。
「ふふっ、ギード、お前の真っ黒い精霊もたいがいだしな」
イヴォンさんに笑われた。むぅーと渋い顔を返しておく。
古の精霊が知られることは覚悟の上だったが、今にして思えばまずかったかも知れない。
(あれは『魔王』ぽかったからなぁ)
ギードは内心青くなっていた。
とりあえず今は様子見なのだという。
「おふたりは私が囲ったということにしてしまいましょう」
そうすれば誰も手は出せない。
にっこりと微笑む姫様。若いのに大変だなーと、この時はまだ他人事のように思っていた。
自分の妻が実力者のひとりなのだから、巻き込まれる事は明らかだったのに。
白い壁の二階建ての建物。
一階の一部に店舗、厨房兼食堂、大きな居間、風呂他。
寝室は一階に二つ、二階に六つの合計八部屋。地下にはかなり広い倉庫。
正面は教会前通りに面していて、裏口は教会横の公園に近い。
教会は観光に訪れる人も多いので、通りは結構賑やかだ。
商売するにはかなり好条件である。
「えっと、シャー様にはうるさすぎませんか?」
姫様と呼ぶと怒られる。お嬢様と呼ぶと家来のようだからと言われ、シャー様となった。
ギードには違いは良く分からない。
一応リーダーはこの町には不在とし、滅多に顔は出さないという事になっている。
「大丈夫です。王都に比べれば気になりません。それに平素は領主館の方におりますので」
ギードは一階の厨房に一番近い部屋を、タミリアはその隣を希望した。
だが、何故か却下された。
「同じ部屋にしろ」
師匠がタミリアを一喝した。
それはまずくないのかと聞くと、この家に住むのは基本二人だけで、あとの者は護衛として領主館に住むそうだ。
何故か赤面している変な夫婦は、一階の二部屋を改装して広い一部屋にすることで妥協した。
他の部屋は客間としておき、誰でも泊まってよいとの事である。
そこまでされると断ることも出来ず、グループに所属が決まった。
タミリアがいろいろ条件を出したそうだが、それはすべて了承された。
後日、新しいグループの歓迎会とやらが行われた。
町の名物夫婦が居を移した事のお披露目でもあるので、多くの客を招待したそうだ。
建物の外にもテーブルを出して、明るいうちから始め、店舗部分の宣伝もする。
いずれここにギードに店を出させるという事になっているからだ。
招待された商店組合のお偉いさんや、教会の関係者、町の役人まで顔を出して、熱心に相談している。
あれを売って欲しい、いや、あんな店にしろ、とうるさく注文をつけてくる。
どうして本人抜きで店の話をしているのか分からない。
しかし殺気溢れる女性騎士が出て来ると、皆ピタッと静かになるのが面白かった。
「皆さん、これからもお世話になります。よろしくお願いします」
ギードとタミリアが挨拶をする。
拍手が起こり、それぞれに飲み物を手に乾杯をする。
振るまわれた菓子類はすぐに無くなり、ギードはその後、長時間厨房に閉じ込められるハメになった。
「ギドちゃん、やっぱり食堂か菓子店にしない?」
それはタミちゃんが食べたいからでしょうに、とギードはため息を吐く。
「太るよ」
その一言でタミリアだけでなく、女性騎士も姫様もギクッと菓子に伸ばした手を止めたのであった。




