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20/22

19 37歳元ラノベ作家、そして、ラノベ作家だった元カノ

 エアコンが壊れた状況下での夏がようやく終わろうとしている。


 アースノーマット30日ボトルに回す金がなく、蚊をシャットアウトするため、一切、窓を開けない部屋には、熱く湿った空気が常に淀んでいた。


 少しでも涼むため、風が吹き抜ける夜の街を気持ちよく徘徊したあと、帰宅して玄関の扉を開けると、俺の部屋で誰かが巨大ちゃんこ鍋を小一時間ほど強火で煮詰めているんじゃないかと錯覚するほどの、湿気を帯びたものすごい熱気が吹き出して体をねっとりと包んだ。


 涼しいところへ行って、帰宅時に気温差を感じると、余計、地獄にはまり込むことに気づき、一日中、蒸し風呂のような部屋で裸になって過ごすことにした。


 働き盛りといわれる年代の男が、壊れたエアコンを買い換えることができず、およそ三カ月間、スーパーの見切り品を買いに行くのと、オープンキャンパスのようなたまのレクリエーション以外は、直射日光を入れないようにカーテンを閉め切った部屋の中で、裸になって一日中、モニターの前でただじっとしていた。


 汗をにじませ。

 誰も訪れず。

 誰とも話さず。

 なにも生み出さず。


 たまにマウスやキーボードをいじって。

 ただ、じっと。


 もし、このことを知り合いに話したら、「そんな生活していておかしくならない?」と心配そうに聞かれるだろう。

 ま、さすがに精神的な波は多少できるけど、明らかにおかしくなるとまでは意外とならないんだよ。

 なぜかというと、日常になるから。


 ――てかさ。


 常々、疑問に思うことがある。

 三十、四十、五十で本を出せなくなって、社会的に詰んだ作家っているじゃん。

 俺みたいな。


 こういう人らって、俺以外、どういう生活してんのかね?


 本を出せなくなった中高年エロ漫画家にも同じ疑問を抱くんだよなー。


 まあ、なにかしらつてを頼って就職する人、家業を継ぐ人もいるんだろう。

 でも、なにもしない人もいるはずなんだよ、俺みたいに。


 なんでそう言い切れるのかっつーと、どんな人間でも基本的に平凡だから。


 俺は自分のことを「特別な人間だ」と思っていたけど、そういう奴は「自分のことを特別だと思っている人間の中では典型例」ってのが大抵のパターンだ。


 "生活"もそうなんじゃね?


 俺の生活をざっくり書くと、


・月の半分は所持金が100円未満

・他人との会話は年間5分未満


 ってことになる。


 こんな37歳はまずいない。

 しかも、元ラノベ作家という経歴の持ち主。

 だから俺の生活は特別だ。

 日テレは今すぐ、NNNドキュメント取材班を俺の家に来させるべきである!


 ……とはまったく思えねーんだな。


 俺と似たような性格、似たような条件で作家になって、そのあと、作家じゃなくなった人間は、そういう奴らの中じゃ上記の生活は典型例――つまり、今の俺みたいな生活をしていくケースが結構多いんじゃねーかと。


 5個入り100円のロールパンでしのぎながら、一問2円のアンケートに答えてポイントを貯めつつ、たまにFXの口座を開設して数千円から一万円程度のお金をもらって、エアコンがぶっ壊れると部屋の中で裸でじっとしてる、みたいな。


 それとも、食と住は保証されて、それらとは別に月五万円ぐらいもらえるみたいな、俺が知らない悠々自適システムがあるのか。生活保護とか? 『重版出来』って漫画で、そういう漫画家出てくるけど、どうなんかね。


 ……。


 湿気をたっぷり含んだ万年床で寝転がり、漫然とYahoo!ニュースを見ながらそんなことを考えていた俺は、あることを思い立ち、マウスをつかんで起き上がると、カーソルをブラウザのアドレスバーに移し、あるサイト名を入力してエンターキーを叩いた。


「ない」


 つい、口に出してしまう。

 グーグルの表示結果に、俺が入力したサイト名と同一のものはなかった。


 いや、多分ないだろうなと思っていたが、本当にないのを確認するといろいろ思うことがある。

 ないかー。

 やっぱねーよな。


 入力した名前は、まあ、俺の"元カノ"が運営していたサイトのものだ。

 なんか、すげー今更な話になるが、俺は昔、女性ラノベ作家(つまり元カノだが)と付き合っていた。ただ、ペンネームを変えていないかぎり、もうプロではないと思うけど。

 同い年だから37歳。そりゃサイト閉じててもおかしくねーわ。


 今の状況だと、作家と付き合っていたなんつーのはとてつもない大偉業のように思えるが、当時は俺も一応、作家だったわけで、その辺の特別感はまったくなかった。


 仲良くなったのは、ラノベ作家一年目に行われた出版社主催の新年会でだったな。


 どの出版社もそうなのかわかんねーけど、とりあえず、俺が呼ばれていた出版社の新年会は、毎年、同じ会場、同じ演出でやるわけじゃなくて、ある年はでかい会場でステージにだけライトを当てて、いろんな有名人に喋らせて、こっちは暗い中、飯を食うっていうイベント見学スタイルだったり、別の年はこぢんまりとした明るい会場で、いろんな人の顔を見ながら飯食って話せる正統派の立食パーティスタイルだったりとバラバラだった。

 元カノと知り合った新年会は正統派立食パーティスタイルのときで、雰囲気的に知らない人と話しやすかったんだよな。


 さらに付け加えると、参加している女性は大抵、結構披露宴での新婦ご友人みたいな格好してて、そこから一段、ギアを上げている人も結構いた。で、俺はこういうキラキラ系の人には話しかけにくくて、そこにちょうど、ごく普通のおしゃれをしてきた元カノがいて、ほっとしたってのもあった。


 付き合うまでの過程については、特筆するところはねーな。ごく普通。

 元カノが書いたラノベを読んで、「すげえ、めちゃくちゃ面白い!」って尊敬して好きになったとかじゃない。

 それどころか、一行も読んだことない。つーのは、彼女が書いてたのはBLだったから。

 ちなみに、元カノの方は俺が書いたものを読んでいたと思うが、感想の類いを聞いたことは一度もない。まあ、そんなもん。


 もう、結婚したんかね。

 よくわからん理由で、「わたし、結婚できない人だから!」とか言ってたけど。

 サイトを閉じたんなら、同人活動もやめた可能性がたけーな。


 人に甘えたくないし、甘え方もわからないって感じで、なんか、俺とは違うベクトルで生きづらそうな性格だった。


 彼女は作家活動とは別に普通に働いていたし、まさか、俺みたいに高温多湿の部屋でじっとしている生活を送っているとは思えねえ。

 が、俺と同じく作家では有り続けられなかった人として、今、どんな暮らしをしているのか、ちょっと興味がある。


 まあ、この興味もきっと明日には消えていて、いつもの日常を過ごすことになるんだけどね。


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