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19/22

18 37歳元ラノベ作家、祭りの日に同級生から声をかけられる

 近所で祭りが始まった。


 昔は、子供みこしだの、吹奏楽団のパレードだの、カラオケ大会だの、東京音頭だのと、朝から晩まで絶え間なくうるさかったが、近頃はまったく音が聞こえてこない。

 祭りを迷惑だと思い、本気でクレームを言ってくるようなマイノリティにも配慮するというのが、今の社会のスタイルなんだろう。


 俺自身、祭りに対してネガティブなイメージはない。

 子供の頃は親から小遣いをもらい、モナカの皮でスーパーボールをすくったり、でかいガンプラを狙ってくじを引いたりと、さんざん楽しんだ。

 中学の頃は、盆踊りが終わって周辺の明かりが消えたあとも会場に残って、同級生の女の子とどうでもいい話をするのが楽しかった。

 だから、騒いでもらっても全然構わないんだが、それはそれとして、祭りの会場に近づくことは滅多にない。


 というのは、祭りの時期は“アレ”が起こる確率が高いからだ。


 アレというのは。


「よう!」


 しまった……!


 どうしても甘い物が食べたくなって、祭りの会場を通ってコンビニまでブラックサンダーを買いに来たら、帰省中の同級生に声をかけられてしまった……!


 コレだ。


 同級生との遭遇……!


 37歳ぐらいになると、地元で同級生を見かけることはなくなる。みんな結婚して別の場所に住むから。

 しかし、なぜか祭りになると実家に帰ってくるので遭遇率が高くなる。

 とは言え、久々に顔を合わせたからといって、嫌いな奴やどうでもいい奴と話すことはない。まともな会話にならないことを経験で知っているので、向こうもこっちも気づかないふりという大人の対応でやり過ごすからだ。


 だが、お互い、好意的な印象を持っている奴、そして、相手、つまり俺のことを気軽にマウンティングできると認識している奴との会話は避けられない。前者はいいが、問題は後者だ。

 そして、今、ブラックサンダー一個を手にした俺に声をかけてきたこいつは、明らかに後者の意味合いで俺を見ている。


 こいつに会うのは、多分、10年ぶりぐらいだ。少し痩せたみたいだが、ま、恰幅がいいという部類。小学生の頃から知っていて、中学で一回クラスが一緒になった。二人で遊んだことも結構ある。ただ、昔から人をからかうのが好きで、俺もどっちかというと上からかぶせるタイプなのでそこはお互い様なのだが、今は圧倒的に俺が不利だ。なぜなら、俺はラノベ作家崩れの無職、向こうはきっと働いている上に、彼女か奥さんかわからんが、小柄、細身、黒髪の、おとなしそうな年下っぽい女を連れている。


「久しぶりじゃん」


 普段は滅多に見かけない私服姿の女子中学生と女子高生であふれかえっている店内にて、俺は様子を探る意味で、パイオニア10号に乗っている宇宙人宛の金属板に刻まれたフルチンの人間のように手を挙げ、好意的な笑顔を向けた。


「へえ」


 ヤツはそう言いながら、GUコーデの俺の全身をなめるように見る。

 駄目だ、流してくれそうもない。

 そして続けざまに言う。


「おまえ、まだ夢追いかけてんの?」


 こいつ、すげえわ。

 半笑いでいきなりすげえのぶっこんできたわ。


 後ろで女も口に手を当てて笑っている。俺はあんたのこと全然知らねーけど、「この人、マウンティングしていい人なのね」って認識されたってことか。


 つーかさ、マウンティングのオープニングトークっつたら、普通、「今なにやってんの?」だよ。

 そう言って、あたふたするのを眺めたり、マウント取られてテンパって、「今? おまえと会ってる」とか、つい自意識過剰になる返事を笑うのが定石だよ。

 それが「まだ夢追いかけてんの?」ときたもんだ。


 確かにこいつには中学の頃、夢を語った。

 小説家になりたいと言った。

 書いたものを読ませた記憶もある。

 でも、俺が作家としてデビューしたことは知らねーんだな。教えてねーし、風の噂もこいつにまでは届かなかったか。


 しかし、どう返事をすればいいんだ。


 努めてさりげなくいくなら、


「いや、俺、もう本出してるんだよね」


とかか?


 でも、こいつならなおも半笑いでかぶせてきそうな気がする。


「あ、同人誌ってやつ?」


と。


 ここから、「いや違う」「ちゃんとした本」「出版社から出した」とか、ネイティブアメリカンの語り口調みたいに、情報を小出しにするスタイルを取ると、最後、ラノベ独特のテンション高めのタイトルを言わされた挙げ句、二、三回、わざと聞き返されて大爆笑、そのまま、「へえ、でも全然聞いたことない」でフルボッコの一本負けは確実だ。

 タイトルは俺がつけたんじゃないから、とか取り繕えば取り繕うほどマウントポジションをキープされるだろう。

 じゃあ、逆にこちらがマウントを取るぐらいの勢いでいくか。


「だいぶ前に賞を取って作家になって、もう十冊以上、書いてるよ」


 いい。


 いいけど、GUの生地薄めのカラーTシャツを着て乳首を立てている、ブラックサンダー一個を持った無精ひげの男の言葉をすんなり信じて感心し、おだやかに去っていってくれるだろうか。

 結局、タイトルを言わされて大爆笑の流れは変わらないんじゃねーか?


 悶々と考えているうちに、俺は突然、馬鹿らしくなった。


 つーか。


 前々から思っていたんだが、俺がやってきたことは恥ずかしいことなわけ?


 正直、賞を取ったことのすごさというのはよくわからねえ。他の応募者と殴り合ったわけじゃねーから。

 授賞式前の懇談で、編集者が「こういう経歴の応募者がいた」とか「こんなテーマの作品があった」っていうのは教えてくれたけど、全体のレベルは不明だった。


 でも、本を書くことの大変さはよくわかる。


 新人賞を飛び越えて、編集者に本を書かないかと言われる人間っていうのは結構いる。当然、編集者は書けると見込んで声をかけるわけだが、それでも対象者がデビューに至らないことは珍しくない。なんでかっていうと、書けないんだよ。出版に値する原稿、もしくは原稿そのものを。


 400枚近く書いたものを「つまらない」と一蹴される。

 50枚書いたところで送ってみたら、ダメ出しの付箋を貼られまくって心が折れる。

 30枚書いて手が止まり、三カ月、半年、一年と過ぎて催促がなく、連絡もできずに終わる。

 プロットを送った時点で見切られ、スルー。


 そういう段階を超えて俺は12冊の本を書いた。

 俺の目の前で半笑いしているこいつと、こいつの後ろでクスクス笑っている女には、一冊すら一生かかっても無理だろう。


 そりゃ、ラノベだからタイトルは直接的でアレだよ。


 だけどそれがなんだ?


 俺は普通の人には簡単にできないことを全身全霊をかけてやった。


 売れなかった。

 アニメ化されなかった。


 それがなんだ?


 有名じゃない。


 それがなんだ?


 俺は恥ずかしいことなんてやってない。



「そうだね」


 最終的に、まだ夢を追いかけているのかという問いにそう答えることにした。今の俺に夢と言えるものはないが、そう答えるのが一番いい気がした。


「ま、頑張れよ」


 満面の笑みを浮かべて俺のポンと肩を叩いて同級生は去り、女はその後ろから相変わらず手に口を当てて、笑いながらコンビニの外へと消えていった。


(夢を追う、ねえ)


 俺はなんとなく手に持っているブラックサンダーを見たあと、レジに向かった。


 一生の夢を叶えたんですけど。


 叶えたあとに追う夢ってなんだろう?

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― 新着の感想 ―
[一言] ただただ現実を書いているような作品。 それがいい。
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