おまけ ダンヌと魔女
魔女様とダンヌの話を考えていたのですが、本文にいれることもできず。書いてみてからも、この作品のおまけにいれても良いものか悩みましたが、載せてしまいました。
読んでもらえたら嬉しいです。
リリベル達の挙式を見届けた後、魔女様は眠い、とベッドに潜った。
長く生きている魔女様は、毎日ずっと起きているか何十年も眠るかを交互に過ごしているのだ。
うつらうつらしながら、魔女様が指示を出す。
「ダーク、わかってるね。あたしは人間の子供の泣き声が大っ嫌い。耳について心配で眠りから呼び覚まされてしまうからね。なんで人間の子供はこの世の終わりのように、あんなに悲しげに泣くんだろうね。切なくなっていけないよ」
「大丈夫です。魔女様の眠りを妨げないように、俺が魔女様印の幸福の粉を振りかけてやりますから。金貨も壺の中にたっぷりありますもんね」
「あぁ、それなら安心して眠れそうだね」
「でも幸福の粉が底をついて、金貨も空になったら起こしますからね」
「ふぁぁー。おやすみ」
そういうと健やかな寝息をたてて眠り始める。
それを見届けてから、ダークは夜の見回りをする為に空を駆ける。
こんな夜更けに泣いている子はいないか。空腹に体を丸めている子はいないか。
時には幸福の粉をかけ、時には隣に寄り添い、時には金貨をそっと枕元に置く。
そうして魔女様の元に帰りつき再び粉や金貨を持ち出して夜の空を回るのだ。
たまに魔女様の枕元で体を丸めて休む時もある。
そんな時は遠い昔を思い出してしまう。
魔女様があの頃ばかりを夢見るから。
魔女様の愛し子、ダンヌの夢。
星の瞬く真冬の夜に魔女様の森に捨てられたダンヌ。
月明かりに魔法の香りがしたという。黒々とした髪に真っ白い肌。金の瞳の赤子。ダンヌと刺繍のついたおくるみと金の指環だけを身につけていた。
魔女様は魔女族の子供だと勘違いした。
「赤子っていうのは。なんでこうも泣くんだい」
魔女様に仕えるカラスの一族の長に子育ての相談をし「寝る暇もないよ!」と文句を口にしながらも楽しそうにダンヌを育てた。
ダンヌが歩くようになると、ホウキに乗せて空のお散歩が日課だった。話すようになると、呪文を覚えさせ魔法を教え込もうと必死だった。
「あぁ、早く自分で空を飛べるようにおなりよ。あたしのことは魔女ねえ様とお呼び。可愛いダンヌ」
魔女様の愛情に包まれながら、ダンヌは大きくなっていった。
魔女様と共に空を巡るのは楽しかった。
泣いている子がいれば、気まぐれに隣に降り立ち、理由を聞いた。
「あぁ、そんなことで泣いていたのかい。これで解決さ」といろんな子どもたちを助けた。
魔女様はそれなのに「あたしは人間の子供は嫌いだよ。あの泣き声が大嫌いだよ。切なくなっていけない」と言う。それって子供が好きだからじゃないの?とダンヌは思うのだが。
「戦はホントに大っ嫌いさ。子供の泣き声を増やすからね」
そう言って平和を愛し、どんなにお金を積まれてもどこかの国の戦に力を貸すことは決してなかった。
気まぐれに日々を過ごし、飢饉で苦しむ村には友達の精霊神様から果樹を分けてもらい、一年間は毎日実がなる魔法をかけてあげ、仲良く分け合わなかったら、この魔法は解けて枯れてしまうからね、と空に飛び立つ。
水がなくて苦しむ村には、杖をとんっと叩いて、ここに井戸を掘るといいさと告げ水源を教えて空に飛び立つ。
人々は魔女様を尊敬し敬わっていた。
そんな魔女様がダンヌの誇りで憧れだった。
魔女様の様になりたくて一生懸命魔法を練習した。
いつまでも上達しない呪文を口ずさみ、いつかは飛べるだろうとホウキを手にし。
けれどもダンヌは何の魔法も出来なかったし空を飛べるようにもならなかった。
魔女様を手伝って誰かを笑顔にさせたいのに。
魔女様の期待どおりに育たない自分に苛立ち涙する夜は何晩あっただろうか。
「魔女ねえ様、またあたしの髪の色が薄いピンクに変わってる」
「大丈夫さ、魔女特製染め粉ですぐに真っ黒だよ」
赤子の頃は真っ黒だった筈なのに、油断するとすぐに薄桃色になってしまうのだ。
誇り高い魔女族の筈なのに。
魔女様のようになりたいのに。
真っ黒な長い髪。
ホウキを飛ばして自由に駆け回る魔法。
魔女様のように出来ない自分がもどかしくて辛かった。
そんな時カラスの長が魔女様に話す言葉を聞いてしまう。
「残念だけど、ダンヌは人間の子。魔女族の魔女ではありませんよ」
ショックだった。
それよりもショックだったのは、魔女様の返事。
「知ってるさ。あの子の髪が黒かったのは、誰かがあたしの魔法の染め粉をどこかで手に入れて使ったからだ。だから魔法の香りがしたんだね。」
魔女だと信じていたのは自分だけだった。
泣きながら森を飛び出して、そこで出会ったのがアーリーだった。
薄桃色のコンプレックスだった髪を綺麗だと褒めてくれた。
簡単に恋に落ちた。
アーリーとの恋に夢中になった。
髪色はもう染めないことにした。
人とは感覚のずれている魔女様といるよりも、アーリーといることは楽だった。
もう魔法が使えないことを思い悩まなくていいのだ。
失敗する自分を魔女様に見せて、がっかりさせることも無いのだ。
だって魔女ではなく、ただの人間なのだから。
アーリーとは人間同士なのだもの。
一緒に時を過ごして一緒に成長していくのだ。
何年たっても姿の変わらない魔女様といるよりもアーリーを選んだのだ。
初めての恋の熱に浮かされるように。魔女様の言葉は耳に入らなくなった。
「あの男は戦を好む嫌な臭いがするよ。付き合ってはいけない」
あんなに止められたのに、アーリーの妻となった。
そうして、ダンヌの薄桃色の髪が金の瞳が。赤子の時にしていた指環が。亡国の姫の証だと奉り上げられる。
アーリーは亡国の敵を打つのだと、戦をおこし国を建てた。
ダンヌは恋のために彼に選ばれたのか、戦の旗印として選ばれたのかわからなかった。
それでも良かった。
もう魔女様のところには帰れないから。
アーリーとの間に男の子ばかり五人も子供をもうけた。
子供が産まれる度に、魔女様は祝福をかけに来てくれた。
「また王家の色合いか。全く憎々しいアーリーめ。呪ってやろうか」
怯えるアーリーがおかしかった。
魔女様は、不幸を願った呪いなんてしないのに。
「私の血を引く子供たちに祝福を」
そう言えば魔女様は笑って祝福をかけてくれるのだ。
「次はお前に良く似た黒髪金瞳の姫が産まれるといいね」と、言葉を残して。
それは無理だと知っているでしょう?
本来の色合いは薄桃色の髪に金の瞳なのだもの。
アーリーの金髪青瞳とでは、どう逆立ちしても黒髪の子供は生まれないのに。
魔女族の魔女ではないのだから。
ダンヌはそこそこ幸せな人生を歩んだと思う。
政略だったにしろ、アーリーは大切にしてくれたし、他の妃も持たなかった。
五人の子供達は祝福のおかげか、全員無事に成長しそれぞれの伴侶も見つけた。
どんどん年老いていく自分に対し、魔女様の容姿は何一つ変わらなかった。
気高く美しく、妖艶でもあり、ダンヌの憧れの魔女ねえ様のまま。
どんな年月からも置き去りにされていく。
子供や孫に囲まれて幸せに時を過ごす。
それなのに魔女様はいつも一人きり。
カラスの長は、もう十匹近く代替わりしているのに。
カラスの長でさえ一族を抱え、家族を作り、年老いて引退して子供に代わっていくのに。
カラスの長になんで使い魔は代替わりをするの?と訪ねた時、「わしらは古の恩返しに代々魔女様のお役に立ちたくて押しかけてきているだけのただのカラスです。使い魔となれば、魔女様の命と繋がりずーっと仕えていられるのですがね。魔女様は、不老不死の薬を舐めてしまってから、使い魔を作らないんですよ。永遠に自分に縛り付けるのは可哀想だとおっしゃって。わしらが代々やってくるのが可愛いのだと。命の繋がりが楽しいのだと」と語った。
魔女様は、寂しがり屋なのに。
だから、あんなに黒い髪に金の瞳に執着してしまうのだ。
もしかしたら遠い昔の魔女族の妹の血筋かもしれないと、想いを馳せて。
それをわかっていたのに、魔女様のようになれない自分が嫌で逃げ出した。
あんなに魔女様が大好きだったのに。
それなのに恋に走って逃げた。
魔女様はいくら私が魔法を使えなくても、私を見捨てたりしなかったのに。
魔女様は、ずっと見放さず祝福をかけ続けてくれていた。
私の子供だけではなく、孫にも玄孫にも文句を言いながら祝福をかけ続けてくれている。
「あぁ、可愛いダンヌよ。しっかりおし」
こうして最期の場面にもちゃんと駆けつけてくれた。
「もうすぐ不老不死の薬が再現できそうなんだ。もう少し頑張るんだよ」
「魔女ねえ様、私はもう、しわしわのよぼよぼよ。こんなので不老不死になったって、大変よ」
「軽口が言えるならまだ大丈夫だね。すぐに薬を完成させてくるから」
「魔女ねえ様、私はもう寿命なの。老衰で息を引き取るの」
「やめておくれ。お前がいなくなったら、あたしは永遠に起きないつもりで寝るしかなくなってしまう」
「悲しいことを言わないで。私の血を引く子孫達にずっとずっと祝福をかけて下さいな」
「あぁ、ああ。お前の望みはなんでも叶えてあげるよ。ダンヌ愛しい子。だから死んではだめ」
魔女様の悲痛な声が胸に痛む。
「私の人生をずっと見守っていてくれてありがとう」
赤子の頃からこんなに年老いるまで。
こんな姿になっても魔女様の愛しい子でいられたのは、なんて幸せなことだったんだろう。
それなのに魔女様ではなくアーリーの隣を歩くことを選んでしまった。
「私の子供たちに祝福を祈る呪いをかけてくれてありがとう。魔女ねえ様の呪いはとっても独特だけれども。楽しかったわね。どうしてこんな呪いをかけたのかしらって思うのもあったけれど。ほら、末っ子のヒューイにかけられた鼻歌を歌うと周りに花が咲く呪い。最初は他の子のように馬よりも早く走れる呪いや水の中で五分息を止めていられる呪いの方が良かったって、文句を言っていたけれども。あの子は不毛の砂地を緑地に変えたわ。とっても素敵な呪いだった。魔女ねえ様の呪いはいつも最期には幸せになれるの。今になって気づくの。私にもきっと、呪いをかけてくれていたのね。幸せになれる呪いを。だからこんなに幸せだったのね」
「そうだよ。ダンヌ。だからもっと長生きして、もっと幸せにならなきゃダメ」
「ねぇ、魔女ねえ様。魔女ねえ様が私の子孫を守ってくれるなら、私次の生は魔女ねえ様の為に生きるわ」
「そんなことは考えなくていい」
「いいえ。私、幸せだった。だから次に生まれ変わったら魔女ねえ様のそばでずっと一緒に生きるからね」
「いやだよ。ダンヌそんなお別れみたいな言葉を吐かないでおくれ」
「次こそは魔女ねえ様と同じ色味で生まれてくるから。黒い髪に金の瞳で。私、魔女ねえ様の使い魔になりたいな。私が死んでから魔女ねえ様の元にやってくる黒くて金の瞳の生き物がいたら、使い魔にしてね。蝶でもコウモリでもなんでもいいの。次に生まれ変わったら、ずっとずっと一緒にいるから」
最期の言葉は、魔女様に届いただろうか。
きっと、きっとそばにいるからね。
待っていてね。
・・・そうして、黒猫に生まれ変わった。
魔女様の足元にすり寄ると「お前、まさかダンヌかい?!」と抱き上げられた。
まだ小さすぎて赤子の声は動物も人間もわからないよと呟く。
魔女様の使い魔になる為に水晶玉に入れられた百日間、魔女様は、せっせと月明かりを浴びせて黒猫を育てた。
言葉を話せるようになったら、本当にダンヌだよ!と驚かせよう。魔女ねえ様と呼び掛けたらどんなに喜ぶだろうか。
そう思って使い魔になるのを楽しみに水晶玉の中で微睡んでいたのに。
その水晶玉を上から見つめ「本当にダンヌなのだろか」と呟く魔女様の心細げな言葉が落ちてきた。
「もしも本当にダンヌだったなら使い魔にしたら可哀想すぎる。その時は野に放してやろう」
衝撃だった。
目を閉じながら心に決める。
もう、魔女ねえ様とは呼ばないのだと。ダンヌだったことは封印しよう、と。
だって、ずっと一緒にいたいから。
その為に生まれ変わってきたのだから。
私だとバレないようにしよう。
男の子のふりをしたらどうだろうか。
しゃべり方をアーリーの様にすればいいのだ。
名前をダンヌじゃなくダーリーにしようか?それはちょっと嫌だな。ダーク、ダークにしよう。
「初めまして、俺は黒猫のダーク」
あの頃切実に望んだように、魔女ねえ様のことを助ける使い魔として夜の空を駆け回り、誰かの幸せを望む日々のなんと幸せなことだろうか。
もう魔女ねえ様とは呼べないけれども。
呼びたくて呼びたくて、堪らなくなる時もあるけれども。
ダンヌと、その声で呼んでほしい時もあるけれども。
一緒に居続けるために我慢するのだ。
涙を一つ零すと、ダークは金色の瞳を開けた。
ダークはグーっと体を伸ばして、起き上がる。
愛しげに魔女様を見つめて。
「魔女様、ちょっとまた夜回りしてきますね」
毛皮に幸福の粉と金貨を数枚忍ばせて。
今日も月夜を駆けるのだった。
「あーぁ。あたしは子供の泣き声が大嫌いだと言うのに」
ダークの飛び去った夜空をベッドの中から見上げる。
「ダンヌの泣き声が一番切なくて嫌いだよ。全然寝たりないのに、あんな耳元で泣かれちゃ起きちまうだろ」
目を擦って見たが、月夜を駆けるダークはもう見えなくなっている。
「あの子はいつ、このダークごっこをやめるつもりだろう。ダンヌは昔から変なお遊びが大好きなんだから。それでも、あの子が飽きるまでは付き合ってあげよう。大好きで可愛いダンヌ。お前といるのは本当に楽しくて飽きることがないね。困った。あたしは、お前を手放してやれそうもないねぇ」
魔女は幸せそうに微笑んで、目を閉じた。
ずっと、ずっと一緒にいるからね。
きっと、きっと一緒にいるからね。
「そうだね。おやすみ。ダンヌ」
夜が深く、月の輝く空。
黒猫も魔女も幸せだった。
長文、読んでくださりありがとうございました。




