内部情勢の転換期(1)
「おかえりセピア。ずっと君に会いたかった」
「シアン……あなた正真正銘のバカよ。私はあなた達を殺そうとしたのに……」
「ガッハッハッ! 確かにワシはお前さんに殺されかけたわい。だが積もった恨みも悲しみも、ショーマが全部引き受けると言い張っとるんだ。ワシらが引きずるわけにもいかんわい!」
「アンバーの言う通りだよ。ショーマくんのおかげで、これから僕達は本当の意味で分かり合えるはずだ。もう君一人を苦しませないよ」
「うっ、うぅ……ごめんなさい、みんな……」
北の山脈まで出向いた俺達は、無事にシアンのパーティが四人に戻る瞬間を拝む事ができた。
ボルドーは穏やかに見守っているけど、クラレットは若干落ち着きがない。
そしてこちらにも口を尖らせたうさ耳が一人。
この二人は素直に祝福する気持ちがないのだろうか。
「エクル、お前の先輩達のめでたい日なんだぞ? いつまでそんな顔をしている?」
「だってぇ……昨夜のあれは酷くない!?」
「ジャンケンで決めたし、お前とスマルトは一つずつベッドを使えたじゃないか。なにが不満なんだよ?」
「なんでシャルさんと二人で一緒のベッドに眠ってたのさー!」
機嫌が悪い理由を聞いても、まるで納得がいかない。
昨日の晩は協議の結果、俺とシャルが一人部屋を共有する事になったのだが、どちらもベッドを譲り合って収拾がつかなかった。
だから最終的に妥協案を汲んで、添い寝という形に収まったのだ。
緊張はしたけどシャルを床で寝かせたくなかったし、部屋割りもジャンケンで負けた同士だったから、後から交換もできない。
苦肉の策で我慢したのは俺達のはずなのに、スマルトと同室だったエクルが文句を垂れるのは、どう考えても筋違いだろう。
こいつの理不尽な不服を一蹴するには、極論で対抗するしかない。
「エクル、お前は『シャルなんか床に蹴落してしまえ』とでも言いたいのか?」
「そんなこと言わないよ! でもさ、朝起きた時二人ともめっちゃくっついてたじゃん! ギューって密着してたよね!?」
「それはただの寝相だ。お前に指摘され――」
「ショーマ様、この続きは後にしましょう。ボルドーさん達がなにかご用みたいです」
シャルに肩をつつかれ、エクルから視線を外すと、魔人二人がすぐ側まで来ていた。
「少年、セピアのことお願いね。あなたとの約束、あたしもちゃんと守るから」
「あぁ、バーガンディのことも含めて頼む」
「ったく、変態人間は朝っぱらから発情したうさぎとイチャつきやがって、お盛んだな」
「クラレット、お前にはこれがそんな愉快なイベントに見えるのか?」
「実際、そんな感じにしか見えないけどな。とりあえず、その……さ、姐さんとセピアを助けてくれてありがとな。一応アタシからも礼は言っとく」
「妙に素直じゃないか。槍でも降る前兆か?」
「この子はこう見えて真っ直ぐないい子なのよ。魔王軍に入ったのだって、拒み続けるあたしを庇った結果なんだから」
ボルドーに頭をぽんぽんと撫でられ、褐色から赤鬼みたいに変化していくクラレット。
魔人同士の仲間意識というのも、やはり他の人類種となんら変わりないのだろう。
彼女らの居場所を保護する為にも、俺の責任は軽くないな。
そこへ今度はシアンがやってくる。
「ショーマくん、君達はそろそろギルドに向かう時間だろう? 僕達はもう少しここで打ち合わせしてから戻るよ」
「あぁ、この一帯はしばらくお前らに任せる。クラレットにも期待してるぞ」
「はぁ? なんだよ急に」
「別に。お前みたいな性格は、味方になると心強いと思ってな」
「だってさクラレット。良かったね、理解者が増えて」
「……ちっ。姐さんまで変態に絆されやがって……」
こうして山脈を後にすると、キッサ村からスマルトの引く馬車に乗り、キサラディまで直行した。
だが道中のエクルがジトーっとシャルを睨む為、こちらがいたたまれない。
苦笑するシャルからエクルに声を掛ける。
「あのー、エクルさん? エクルさんはスマルトさんに想いを寄せられているのでは?」
小声で尋ねられたうさぎは、ムッとした表情を崩そうとしない。
彼女の心境が分からず困り果てる俺とシャルに、うさ耳だけそっぽ向けつつ、ようやく胸の内を語り始めた。
「エクルだってわかんないもん。なんでショーマちん見てるとこんなにドキドキするのか、なんでシャルさんにモヤモヤしちゃうのか。スマルトとロズの近くにいて、いいなぁって思ってた時とはなんか違うんだもん……」
「そう言えばエクルは、スマルトに抱く気持ちも曖昧だったよな。そんな状態で勝手にイラつかれても、相手にはなにも伝わらんぞ」
「じゃあ……たぶんショーマちんのことが好き。誰も見捨てない優しいところとか、一緒にいると楽しいところとか、全部好きなの」
唐突に人生初の告白を受け、思考回路が完全に凍結してしまう。
もっと喜ぶか拒むかすべき状況なのに、そういう感情すら浮かんでこない。
眼球だけをシャルの方に動かすと、元から白い肌が、一段と蒼白したように思えた。




