孤高な獣人族
あの日から、エーヌは頻繁に店を尋ねて来るようになった。
――で、今日はダンジョンへ? マスター。彼は相変わらずの不躾な態度で、腰に手をあてがいながら言葉を投げてくる。
プィーラーには行ったり行かなかったりしていたが、それでも構わずエーヌはこちらへ足を運んでくれていた。
島国の季節はすっかり冬の模様である。
故郷のホワイティアほどではないが、風はどんどんと冷たくなっており、そろそろコートが必要だろうと思えるほどだ。
私は近所でウールのコートを購入したが、アズラはあまり寒さが応えないようで半袖、半ズボンという「どこの小学生よ」って姿の時が間々ある。
早朝に白い息を吐きながら庭に落ちた枯れ葉をほうきで掃いていると、いつものように怪しい雰囲気の運び屋。獣人族のエーヌがやって来た。
「おはよう、エーヌ。最近、めっきり寒いわね」
そんな風に声をかけたが、彼は立ち止まると、仁王立ちして偉そうな様子を見せる。
「で、今日はダンジョンか?」
普段通りに言い放たれたその台詞に、私は不満な気持ちを覚えてしまう。
「ちょっと。あなたはもう少し、わたくしと日常会話を楽しもうって気にはならないのかしら?」
そう尋ねると、エーヌは「ない」ときっぱり言い切った。彼は乱暴に言葉を吐き続ける。
「で、行くのか、行かないのか」
「まぁ、いやだ。雇い主に少しは気を使いなさいよね。その内、バックパッカー界隈で干されちゃうわよ?」
私の心配を余所に、彼はくだらないとでも言いたげな態度で「へいへい」と声を上げた。
「余計なお世話だ。でも、まぁ。これはあんただけだぜ。俺は人を見るからな」
フンと鼻を鳴らすエーヌ。こちらも腰に両手をあてがって、同じような姿を見せてやる。
「あのねぇ。余りわたくしを軽んじないでちょうだい。どうなっても知らないわよ」
だが、そんなことは効果がないらしい。彼は「ああ、それは悪ぅございましたよ。ご主人様っ」と、漂々とした様子で肩を竦める。
私はその態度に苛立って「ぐぬぬ」と歯ぎしりした。
こうなったら、もふってやろうかしら?
しかし、その気配をいち早く察知したらしいエーヌは腰を落として臨戦態勢に入った。
二人して、しばらくディフェンス状態で睨み合う。
そんなことをしていたら、なんだかバカらしくなってしまった。
今日はもふもふを諦めることにしよう。
「はぁ、もうやめよ。わたくしはお掃除中で忙しいの」
相手から顔を逸らしてひたすらほうきを動かす。
そんな風に素っ気ない態度を見せれば去って行くかと思ったけれど、向こうは腕を組みながら話かけてきた。
「なぁ、あんたの店だけど……」
「何よ?」
「前から思ってたけどよ。一体、なんの店なんだ?」
それを聞いて一瞬、考え込んでしまった。
何屋なのかというコンセプトはいまだに決まっていない。だけど、すぐに『雑貨屋』という上手い言葉が見つかった。
「ここは雑貨店よ。色々な商品を扱っているわ」
「ああ、なんだ。やっぱりガラクタ屋か」
「はぁ、あなたってば本当に失礼ね。まぁ、正解だけれど。実は店の方針が決まらないのよ。エーヌ、何か助言してくれない?」
雑談のつもりで聞いてみたけれど、彼は不機嫌そうな様子である。
「い、や、だ」わざわざ濁点までつけてくるのだから世話がない。
「いいじゃない、ケチんぼね」
「面倒臭い。相棒さんと一緒に考えればいいだろ。まぁ、あの兄ちゃんは感情無しみてぇだから、良い案はでないだろうがな」
……ハァ?
今、この不躾野郎は何を宣いましたの?
わたくしは良いけれど、アズラの悪口は許さないわよ。
無言で睨みを効かせるとエーヌは殺気を感じたらしく数歩、後ずさった。
「ほ、本気にすんなよ」
「わたくしのことはどうとでも仰い。でもね、アズラのことを悪く言うならば容赦しないから……」
聖霊を呼び出して脅しをかけると、エーヌはアハハと乾いた笑い声を上げる。
「冗談きついぜ、マスター」
陽気な様子で誤魔化したが、奴は確実にビビっている。なぜなら、誤魔化し切れていない、その声が震えてしまっていた。
もしかしたら尻尾もお腹の方へ巻いているかしら?
それを想像したら生意気な彼が可愛いらしい生物のように思えてきた。
「それじゃあ、子犬ちゃんはハウスよ。今日はお家へお帰りなさい」
しっしと手を払う。エーヌは珍しく退散せずに、つっかかってきた。
「いっ、イヌって言うな。俺はオオカミだ!」
「はいはい、分かったから巣へお帰りなさい。それとも、群の仲間がいなくて寂しいの?」
「……っ」
それはどうやら図星だったらしい。エーヌは悔しそうに革手袋をはめた手を握りしめている。
フードに隠れて表情は窺えないが、寂しいそうな顔をしているのだろうか。ちょっと言い過ぎたかも知れない。
わたくしってば、十八歳そこらの若者に対して大人げなかったわね。
「エーヌ、ごめんなさ……」
謝ろうと口を開いたが、それに重なるような「うるさい!」の声にかき消される。
「俺は、俺はどうせひとりだよ。フンッ、孤高の一匹オオカミなんだよ。格好いいだろうっ」
エーヌは親指を顔の方へ向けてそう言い放ったが、完全に負け惜しみのように思える。
私が戸惑いつつも返す言葉を探している内に、彼の背はブルブルと震え出す。
そして、「マスターのバカ野郎おおお!」と捨て台詞のような雄叫びを残して走り去ってしまった。
――なんてこったい。
彼が本当に『寂しん坊』だったとは……。
ほうきを地面へ落としてしまった私は、罪悪感に苛まれていた。
掃除を終えた後、私はエーヌに酷いことを言ったと詫びたい気持ちだった。
それを素直にアズラへ話すと「俺も同行しよう」と言ってくれた。
彼には直接関係がないことなのに謝罪に付き合ってくれるとは。アズラは本当に優しい人だと感動した。
私たちは、すぐに支度をしてから彼を捜すためにダンジョン区域へと足を向けたのである。




