第36話 それぞれの再出発
冥桜学園との練習試合から数日が経った。 スコア以上の衝撃を与えられた黄金台サッカー部の部員たちは、それぞれの胸に“課題”を刻みつけられていた。 グラウンドでは、朝陽が射し込む中、ひとりゴール前に立つ田浦昴の姿があった。 「止められなかった……何一つ……」 唇を噛みしめながらも、彼の瞳には悔しさを超えた静かな闘志があった。 もっとキーパーとしてのスキルを、反射神経を、判断力を磨かねばならない。 サッカーの教本やプロサッカーの映像などを見返し、紫乃に頼み込み、個別でのセービングドリルを申し出ていた。
校舎裏の坂道を、サッカーボールを小刻みにドリブルしながら駆け上がるのは――神田照真。 「っ……っく……はあ……っ、まだいける……!」 ドリブルしながらの持久走。 それは彼が自ら思いつき、紫乃監督に相談して始めたトレーニングだった。 「足元の技術も、体力も、両方高めなきゃ、あの舞台には立てない」 汗まみれの額に光が差し、彼の横顔を照らす。 すでに彼の中には、明確な“目標”があった。
グラウンドの一角では、魚住大輔がパワーリストとパワーアンクルを装着し、葵玲央を相手に様々な体勢からパスやトラップを繰り返していた。 「“止める”“蹴る”を、どんなときでも正確に……!」 体幹トレーニングも自主的に取り入れ、鏡の前でフォームの確認も欠かさない。 冥桜との一戦を経て、アタッカーとしての自覚が芽生え始めていた。 「私だって……ゴールを奪う側で、勝負できるようになりたい。」
サッカー部正規の練習後、体育館の片隅では、氷見翔弥と早乙女咲哉が、無言でスクワットやステップトレーニングを続けていた。 「……最後、完全に足が止まった。情けねぇ話だ」 「……心もね。耐えるって、そう簡単じゃない」 一言、二言しか交わさずとも、二人の間には確かな連帯が生まれていた。 冥桜の怒涛の攻撃に晒された最終ラインのふたり。 その“経験”が、すでに次への糧になろうとしている。 「次は……もっと冷静に、もっと強く、耐えてみせる」すると、しばらくして、監督とのミーティングを終えた有屋夢生も加わる。夢生自身も感じていた。「戦術だけでは勝てない。戦術を実践するための体力、体幹、フィジカル、そしてディフェンス陣の意志疎通が大事だと分かったからね。」こうしてディフェンス陣の3人の追加練習が続いていく。
一方、グラウンドの壁際では、柳沼主良がひとりで走り出し、何度も壁に向けてボールを蹴り込んでいた。 「もっと早く、もっと鋭く……!」 裏への飛び出しと、瞬時の判断、そして一瞬の決定力。 1トップを託された重みが、彼を突き動かしていた。 「パスが来る前に、仕掛けてるくらいじゃなきゃ、通用しない……!」 “点を取る”責任。そのプレッシャーと、確かな覚悟が、今の彼を形作っている。
そして―― 職員室の扉をノックし、現れたのは赤江光陽だった。 「……紫乃監督、お願いがあります」 紫乃が目線を向けると、彼はほんの少し迷ったあと、はっきりと口にした。 「玲央の家で、修行させてください」 「――は?」 その場が一瞬、静まり返る。 「……俺、分かったんです。あの試合で。 自分が口だけだったって。…“諦めるな”なんて言っておきながら、誰よりも心が折れかけてたのは、俺でした」 そう語る光陽の声は震えていた。 「中学2年の時、あの準決勝でボコボコにされたときと同じです。今回も……相羽猛に、心を折られた」 そして俯きながらも、真っ直ぐな目で言った。 「だから、あいつ――玲央の強さの秘密を、知りたい。心が折れない理由を、知りたい。じゃなきゃ、また同じことになる……!」 紫乃は少し黙ってから、ふっと笑った。 「……あの玲央くんに修行って言っても、何が得られるか分からないわよ?」 「それでもいいです。何か、ヒントが欲しいんです」 「……分かったわ。玲央くんの家に話を通しておく。くれぐれも……迷子にならないでね?」 光陽は深く頭を下げて、部室を後にした。




