飢えた獣のように
ベリエールに連れられて私とアエトスは街の中心部に来ていた。
新鮮な魚市場や、賑やかな商店街を行く人々は、港で見たような異国風の顔立ちと服装をしている。
やっぱり私みたいな和顔なんて一人も居なかった。
それが証拠に、私達はずっと物珍しそうにチラチラと振り向かれたのだ。
「ここがボクちんオススメの店なんだニャー」
案内されて入った店内には人はもちろん、獣人やロボットの姿もあった。
ファミレスとは異なる高級そうな内装に、視線をあちこち動かしながらテーブルにつく。
するとタキシードを着た馬の獣人の店員がやって来て、メニューとレモンウォーターを置いた。
ベリエールのお任せで注文を済ませると、グラスをかざしながら彼はにっこりと目を細める。
「じゃあ旅人のお二人さん、改めて――ようこそ辺境の街シャディーゴへ」
私達はいつの間にか旅人ということになっていた。そのほうが都合が良さそうだし、あえて訂正はしていない。
「私達をこんな良いお店に連れて来てくれてありがとう」
「お近づきの印に、ここはボクちんの奢りだからニャーン」
久し振りのお水が美味しくて、一気に半分以上も飲み干してしまった。
やがて先程の馬の獣人が、カトラリーとナプキンを持って来る。
華麗にカトラリーをセットしているその獣人の襟元から覗く、キラリとした銀の首輪に目が止まった。
店内を見渡すと、他の獣人の店員達も同じような首輪を身に付けている。
「彼らが気になるニャン?」
ベリエールが顔を覗き込んで尋ねる。
「いえ……はい。あの首輪みたいなもの何かなぁって」
「あれは製造元を書き示すもの、そして奴隷である証しニャー」
「製造元……奴隷……?」
「そもそも獣人は、人と動物を掛け合わせた遺伝子操作によって造られた者達なんだニャン。
最初から奴隷目的で製造された彼らには自由がない。もし主人に逆らえば、体内に埋め込まれたものが爆発するよう仕組まれているニャー」
信じ難いその言葉に息を飲んだ。
「そんな……じゃあベリエールも、奴隷なの?」
「ボクちんは――」
「お待たせしましたぁ、こちらご注文の品でございますぅ」
とその時、機械仕掛けのロボット店員がテーブルへ大皿を置く。
「うわぁ……」
お皿の中身を見た瞬間、つい眉をしかめてしまった。
だって原形を留めたままの丸々した小豚が、こんがりと焼き色を付けて横たわっていたから。
「さぁ、遠慮せずに食べると良い。この街の名物、豚の姿焼きニャン」
そう言いながら、ベリエールはナイフで器用に豚を切り分けていく。
見た目の強烈さに食指を失いかけたけど、小皿に盛って目の前に出されると“食べ物”っぽく見えて、またお腹が切なく鳴った。
きっとこの豚を見て可哀想だと思うのは傲慢なのだろう。前の世界でも、私は豚肉を食べていたのだから。
「……いただき、ます」
切れ端を含むとじゅわっと肉汁が溢れて、スパイスの効いたソースに絡む柔かな弾力に頬が緩む。
「美味しいっ」
「それは良かった。ボクちんも普段はベジタリアンだけど、たまにはこういう四つ足の生き物を食べるニャン」
ベリエールも大きな口を開けてもしゃもしゃと咀嚼する。
「ふぅん、ベジタリアンなのに肉を食べるの?」
「そう、肉――特に牛や豚などの四つ足は、波動を下げる食べ物ニャン。
波動というのは、全てのものに存在する固有のパターン信号のこと。
人が相手の雰囲気を汲み取れるのは、その相手が発する波動を無意識に感じてるからなんだ。
人間はもちろん、光や音でさえも波動を放っているんだニャン。
ボクちんの場合は、高過ぎる波動を落としてバランスを取るために肉食が必要なのさ――って、聞いてるニャ?」
「え、あ、うん。聞いてるよ」
じとりとベリエールに見つめられた私は、慌ててナプキンで口を拭う。
本当は食べるのに夢中で全然聞いてなかった……なんて言ったら気分を悪くさせてしまうかも。
「……理花、まだ付いている」
今まで沈黙していたアエトスが唐突にナプキンを奪い取った。
そして私の頬に手を添えて、ナプキンを何度か口端に押し当てる。
「……っ」
ごくん、とまだ噛み切れてもいない肉の塊を飲み込んでしまった。
(何だろこういうの、くすぐったい)
うるさく高鳴る心臓を誤魔化すように、アエトスに言う。
「そういえばアエトスは食べないの?」
彼の前にも取り分けた肉のお皿が置かれているのに、一向に手を付けられていない。
それどころかグラスの水さえ減っていないのだ。
「豚が駄目なら、この店には鳥の姿焼きもあるニャンよ」
と、ベリエールも重ねて言う。
「鳥……!」
私は、大皿の上に乗る豚とアエトスの顔を交互に見やって青ざめる。
嫌な想像をしてしまったのだ。
邪念を払うべく、ぶるぶると頭を振りかぶって消し飛ばす。
「た、食べない、私は絶対に鳥は食べないから!」
「冗談だニャン」
「貴女にこの身を食われる――それはそれで悪くない」
独り言のようにアエトスがそう呟くと、ベリエールは目を見開いてまじまじとアエトスを凝視する。
「こ、こいつ……真性ニャ!」
「ああ、全くだな。真性の変態野郎だぜ……!」
「!?」
ベリエールの言葉に同意したそれは女の人の声だった。
突然のことに驚く間もなく、誰かの腕が私の首を締め上げて固定する。
首元には何もないのに、触ると人の腕の感触がある。身動きが取れない。
苦しくて喘ぐ私のこめかみに、硬く冷たい何かが押し付けられた。
咄嗟にアエトスが椅子から立ち上がった直後、彼の身体も見えない何かに動きを阻まれているように不自然に固まる。
「……理花!」
「暴れんじゃねーよ。この子の可愛いお顔を吹っ飛ばされたくなければな」
女の人の低い声がアエトスを牽制するみたいに言い放つ。
どうやら私を拘束しているこの女の人は、透明な姿をしているらしい。
視線だけ動かして凝視すると、次第に彼女の身体が目に見える形で現れてくる。
そこでようやく自分のこめかみに銃口が向けられていることを悟り、背筋が凍った。
「っ、幽霊……?」
烈火のような赤い長髪をたなびかせるその人は、私を一瞥して呆れたみたいに鼻を鳴らした。
「――光学迷彩だ、バーァカ」