熱情に酔いしれろ
店内からは様々などよめきが沸き起こっていた。
人間のお客さんや獣人の店員、その場の全員が私達に注目している。
赤髪の女の人は私を立たせ、今度はお腹に彼女の腕が巻き付く。逃げられないようにきつく抱かれた。
そして彼女は、銃口を天井へ向けると何の躊躇いもなく一発放った。
「ほーら、巻き込まれたくねぇお客様方はお帰りの時間だぜ?」
次の瞬間、店内は混乱に包まれる。
悲鳴を上げながら出口へと逃げ惑う人々。そこかしこで椅子の倒れる音、お皿とグラスが割れる音が鳴り渡る。
そんな中、ベリエールが慌ててこちらに近付いて言った。
「マーヤ、彼女に手荒な真似は止めるニャン!」
「うるせぇよベリエール。そもそもお前が計画を無視してチンタラ飯なんか食ってんのが悪いんだ。与えられた役割をしっかり果たしやがれ!」
「だからって無茶苦茶だ、そんな光学迷彩まで着て、君は一体何と戦うつもりニャ!?」
「いいえ、僕達に戦意はありません」
アエトスの後方から男の人の声が響く。良く目を凝らすと、何も無かったはずの場所から金属のロボットが出現した。
このロボットも女の人と同じまるで透明人間のようだ。
この人達とベリエールが知り合いであることにも、動揺を隠せない。
でもそれよりも、アエトスが未だ固まったまま身じろぎすらしないことが私はとても気になった。
(どうしたの……?)
「ただこちらの鳥の御仁の力は未知数でしたし、暴れられても困るのでやむを得ずこうした方法で近付いたまで。
大人しく投降してもらえるなら、すぐに彼女を開放しますよ」
「エリックまで……君が付いていながらマーヤを止められニャかったのか」
ベリエールが少し疲れたような嘆息を漏らす。
「すみません」とロボットは苦笑した声を出して答えた。
「で、こいつが例の救世主とやらか。……まだガキじゃねぇか」
マーヤという人の切れ長の碧色が私を見下ろす。
燃えるように激しい眼差しだ。
褐色の肌に濃い目のくっきりとした顔立ちの美人である。
身体にフィットする黒い全身スーツが、大人の女性らしいスタイルの良さと色香を際立せていた。
「ウチはまどろっこしいのは嫌いだから簡潔に言うぜ。お前達にはこれからウチらの組織に下ってもらう」
「え!?」
「拒否権がねぇことは、その弱いオツムでも分かるよな?」
再びこめかみに銃口を当てられて、私は息を詰まらせる。
どうしよう、どうしたら。取り留めのない思考を頭の中で繰り返す。
何か抵抗しなくちゃと思うのに身体が小刻みに震えていた。
きっとこういう時、物語のヒロインなら勇ましく立ち向かうはずだ。
だけど私はヒロインじゃない。
ただの普通の、弱くて無力で意気地なしの女子高生だ。
現実はおとぎ話のような優しい奇跡なんて起こらないって、誰よりも私が一番良く知っているのだから。
――怖い。
「……っ」
目の端からぼろりと雫が落ちる。
その時、アエトスがエリックと呼ばれるロボットへ口を開いた。
「お前は人間だろう。これは霊力で組まれた中々に強力な鎖のようだが――生憎、人ごときに封じ込められる私ではない」
黒い炎のような煙が、アエトスを覆い始める。すると彼の身体を縛っていた銀色の鎖が炙り出され、鎖はその黒煙に焼かれて消え去った。
アエトスは具合を確かめるように肩を動かし、こきりと首を傾けてマーヤ達に向き直す。
「この程度で私は拘束出来ない。あまり見くびるなよ」
「そんな……僕の霊力が敗れるなんて」
「っくそ、こいつやっぱりただの獣人じゃねぇな」
マーヤが舌打ちする。私を捕まえたまま後退すると、アエトスの纏う黒煙が追うようにマーヤへ伸びた。
「マーヤ!それに触れてはいけない」
エリックがマーヤの身体を抱いて倒れ込む。二人は勢い良くテーブルの上に落ち、ガラガラと音を立ててそれらが崩れた。
微かにマーヤの唸り声が聞こえる。
「ア、アエトス」
「選べ、理花」
私が呼ぶと、黒煙が徐々に薄れていつものアエトスに戻っていった。
雄々しい双方の翼を広げて近付くと、私の身体を強く引き寄せる。
「奴らと行くか、ここから去るか。私は貴女の望むほうを叶える」
――また、だ。
この人はいつも、私の欲しいものを与えてくれるのだ。
聞きたい言葉を、得たい温もりを、全て知り得ているように惜し気もなく注がれて、心の芯に深く染み入る。
一体どうしてこの感情に逆らうことが出来るだろう?
例えそれが、仮りそめの――
「……私、は」
口を開きかけた直後。
「ほう……?これはこれは随分と賑やかな宴じゃねぇか」
コツリ、と小気味良い靴音を鳴らせながら店内に入って来たのは、長身の男の人。
その後方には少女の姿もある。
男の人は黒のスーツに濡れたような黒髪を肩まで垂らし、口許を意地悪く引き上げて佇んでいる。
散乱している店内をゆったりと見渡してから、マーヤ達へ向き直った。
「カルト教団〈ノア〉が幹部マーヤ・セプルベタ、エリック・ベルの二人が揃って何をしている?
ここは善良な民衆の憩いの場だ、てめぇらのようなクズが来て良い場所じゃあない」
崩れたテーブルから這い出たマーヤは、忌々しげに吐き捨てる。
「このクソ忙しい時に“死神”のご登場かよ、空気の読めねぇ男だぜ!」
(誰……?)
「彼は“死神”グリム・サブナック――国王直属の用心棒で、かなり凶悪なヤバい奴ニャン」
視線が交わったベリエールがそっと私の耳に囁いた。
「だけど、何でここに“死神”が居るニャ?マーヤ達が現れた後すぐ誰かに通報されたとしても、いくら何でも早すぎる到着ニャン」
「ああ、この店へは別件で来た。奇妙な風貌の娘と獣人が街を彷徨いている――というタレコミがあってな」
答えながら男の人の鋭い瞳が私達へと向く。刺すような冷たい視線が怖くて、私はアエトスにすり寄った。
「おいベリエール、あいつらを街に連れ回したお前のせいじゃねぇか!」
「うぅ、面目ニャイ。腹ペコな理花があんまりに不憫で、美味しいものを食わせてやりたかったニャン」
「彼女の外見は目立ちますからね。それに彼の格好も」
“死神”はつまらなそうにスラックスに手を差し入れて言い放つ。
「まぁ、そんなことはどうでも良いさ。ちょうど俺も退屈していた所だ、てめぇらテロリストの一人や二人、暇潰しに殺しても誰も文句は言わんだろう」




