不浄な魂を差し出せ
天子が座り込んだまま袴を脱ぐ。衿の合わせを広げ、白衣までもが床に落とされた。
後に残るのは薄い襦袢だけ――つまり今は肌着姿だ。
布切れの音に顔を上げた弥七さんは固まった。明らかに困惑している。
酷く焦りながら出口へ向かって四つん這いで逃げようとすると、その足首を天子がぱしりと掴んだ。
「こらっ待たぬか、どこへ行く!」
「……っ!」
右足を捕らわれた弥七さんは抵抗してもがいている。
多分、力ずくで振りほどくのは容易いのだろうけど、それをしないのは彼の優しさなのかもしれない。
狼狽える弥七さんを、天子が睨む。
「何故拒絶するのだ、この妾が恥を忍んで秘密を明かすというのだぞ。逃げることなど許さぬ!」
強く叱責され、ぱくぱくと口を開けながら何かを訴える彼が少しだけ不憫に思える。
構わず天子は「良いな、しっかり見ておるのだぞ」と命じてから襦袢に手を掛けた。
ついに全てが取り払われると、華奢な裸身があらわになる。
淡い粉雪を思わせる肢体は透けるようで、儚げな佇まいを醸している。
二つの膨らみの先で震える小さな朱色の飾りは、なまめかしくて酷く煽情的だった。
ごくり、と弥七さんが喉を鳴らす。
「これは贄としての刻印なのだ」
見惚れるくらい綺麗なその白い肌は、黒くおぞましい模様で全身を埋め尽くされていた。
蛇のような細長い何かが這うように肢体に巻き付く形状で、どことなく嫌な感じがする。
「昔、先代巫女の元へある神託が降ろされた。
『これより十月後に現れし赤子を献上せよ、さすれば一族には永久の繁栄がもたらされるであろう』と。
その赤子が妾だ。花籠の巫女は神の妻として、依り代として生きることを代償に神託を得る。
力を使う度に精神を削られ、この身が朽ちるまで天命に尽くす――妾はそのために産まれたのだ」
天子は沈んだ面持ちで瞳を伏せる。
やっぱり裸なのが心許ないのか、胸の前で忙しなく手の指を組んで絡ませていた。
「あまり人に見られたくは無い印なのだ。だからこそ、そなたに明かした。
その、そなたに不逞を働いた妾を許してくれるだろうか……」
「…………」
そっと肩に襦袢が掛けられたことに気付いて、天子が顔を上げる。
彼女の剥き出しの肌を隠すように全体を包んでから、弥七さんはゆっくりと頷いた。
「そうか……」
ほっと頬を緩ませる天子は花がほころぶように眩しい。
弥七さんは一瞬たじろぎ、すぐに口端を強く引き締めると、早く着ろと言わんばかりに白衣と袴をぐいぐい天子に押し付けた。
「な、何だ。ちと恥ずかしいが目に耐えぬような身体では無いつもりだぞ。まぁ確かに、胸元辺りが侘しい気はするがの……」
ぶつぶつと呟きながら衣服を着直した後、天子はふと真剣な顔で弥七さんを見上げる。
「妾はな、心が読める訳では無い。ただ想いや記憶を感じることは出来る。特に人の目には多くの真髄が映し出されるのだ。
……先程、そなたのことが少し観えた。
人とは己と異なる者には嫌悪を抱くものだがな、妾はそなたを“化け物”などと忌み嫌ったりはせぬぞ」
「…………」
「恐ろしいか?只人には見えぬはずのものが観え、知るはずの無い事柄を知る妾のことが。
この透視も巫女としてはなかなか重宝されておったのだぞ、人として平穏に暮らすことは叶わずともな。
安心せよ――そなたよりも妾のほうがずっと化け物じみておる」
天子の唇は弧を描いているけれど、表情には陰が含まれている。
それを見つめる弥七さんは押し黙ったまま、でも少し悔しそうにぐっと歯噛みした。
「それでも妾は花籠の巫女。足が治ったら朝廷へ向かおうと思う。ここまで連れて来たそなたのお陰で療養も出来たぞ、礼を言う。
そなた達はうつけではあるが、言葉にも目にも偽りが無い人間なのだな。
妾は、穢れ過ぎた。目の前で使者が斬り殺されるのを見ても痛みを感じなかったのだから。……真の化け物は妾なのかもしれぬな」
そこで天子は息を吐く。遠くを眺めるようにぼんやりと瞳を馳せた。
「妾はいつも同じ夢を見る……異国の娘が砂地に立っていて、愛しい者の名を呼ぶのだ。
相手の姿は良く分からぬが、背には美しい黄金の翼があったことは覚えている。その者達はな、互いのことを大層に慈しんでおった」
どこか懐かしむ風に言うと、静かに聞き入る彼へと視線を戻す。
「あの夢の者達のように、他者を愛する気持ちが妾には理解出来なかった。
しかし今は少し分かるような気がする。真の家族のような温もりを教えてくれた、そなた達と出逢えたからだ」
天子は気恥ずかしそうに、だけど少し泣いているみたいに微笑んだ。
◆
日没後、三人は炉でささやかな夕食を囲んでいた。
「でな、初めこそ弥七の手を借りたがコツを掴んでからは一人で全ての銀杏を剥いたのだぞ。
妾の掌を見よ、すっかり荒れてしまった。これぞ名誉の負傷というものよ」
手を掲げながら満足げに胸を張る天子に、お婆さんは目を細めた。
「ご立派でしたねぇ天子様。さぁ、もっとお食べ下され」
「うぬっ!婆殿の飯はいつも旨いが、自分で処理した豆の味は格別だ」
銀杏の煮物を頬張ったその時、野太い悲鳴のようなものが外から届いて天子は首を捻る。
「何事だ?そういえば昨日も随分と村の様子が騒がしかったの」
「どこぞで小競り合いでもしておるのでしょう。村の男どもは気性が荒い故、良くあることなのですよ」
天子は箸を止めた。眉を潜めて鋭い眼差しでお婆さんを注視する。
「……そうか。それは難儀だの」
(どうしたんだろう?急に不機嫌になった気がする)
私が厳しい表情を浮かべる天子を眺めていると、切羽詰まった様子で村人が怒鳴り込んで来た。
「おいお前らも手伝えっ、奴らが村に攻めて――」
弥七さんと同世代だろうその青年は、言い掛けて息を飲む。
天子を視界に捉えた瞬間、驚愕の表情に変わって叫んだ。
「な……何だそれ、巫女じゃないか!」
指を指された天子は立ち上がる。
「それとは何だ、それとは!妾は由緒正しき花籠の巫女なのだぞ!」
「花籠……本当にこの村に潜んでたのか?何で名乗り出なかった、あんたのせいでオレらは……!」
恐ろしい剣幕で青年が近付くと、弥七さんが天子を庇うようにその間に立ち塞がった。
「弥七……化け物のくせにこの村に住まわせてやってる恩を忘れたか」
青年は弥七さんを睨み付ける。
「知ってんだろ?お前らがそこの巫女様を匿ったせいで、村の奴らがもう三人殺されてんだぞ!」
「……どういうことだ。説明せよ」
天子の凛とした声色が響いた。青年は彼女を、嫌悪に満ちた眼差しで見下ろしてから口を開く。
「……昨日、村が悪僧どもに襲われた。花籠の巫女を引き渡せば見逃してやると言ってな。そんな奴は誰も知らんと訴えても聞く耳を持たず、村の人間を無差別に殺していったんだ!
今度は村を焼き尽くすなどと脅され、今まさに奴らが暴れている所さ。全部あんたのせいだ……来いっ、オレが悪僧のもとへ連れて行ってやる!」
青年が弥七さんを突き飛ばし、天子の腕を掴み上げる。
無抵抗に茫然と立ち尽くす天子は、小さく呟いた。
「妾のせいで……人が、死んだ?」




