第七話
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………す、すいません」
「いや……………謝られても……………」
「いえ、その……………黙ってて、すいません……………」
「いや、気持ちは分かる、から、うん…………………………」
「…………………………もしかして、先輩も、ですか」
「幽霊もどきです」
「契約者だ」
「そ、そうだったんですか……………」
卓袱台を挟んで右斜め前、橘は感嘆の息を漏らした。
「私たちもびっくりよ。まさか、室田君まで死んでるなんて……………」
左斜め前、薫が溜息を吐く。
「本当に、な……………実感、ないものなんだな」
カップの中のコーヒーの、その水面に映る自分に、違和感というものはまるで感じない。
「……………死んでるのか、俺」
「…………………………はい」
「……………ちなみに、死因は」
「…………………………自殺、です」
「…………………………そうか」
橘の宣告に、俺は天井を仰いだ。
「…………………………自殺かぁ」
自分では分からない、というより覚えていないのではあるが、そこまで追い詰められていたのか、俺は。
恋し続けても手を伸ばすことはできないという制約。
愛すべき後輩へ惹かれ、薫への想いが薄れていくことへの恐怖。
……………鳥籠の中でじわじわと死んでいくような感覚だったのだろうか。
「自分で閉じこもったくせに……………馬鹿め……………」
改めて思う。
俺は馬鹿だ。
筋金入りの馬鹿だ。
「…………………………橘は、野下さんと契約したん、だよな?」
「そこも同じなのですか。びっくりです」
「そう何人も近くに神様がいてたまるか。というか一人いるだけでも十分に希少だ。…………………………迷惑かけたな、橘」
「……………いえ、先輩にはいつもお世話になっていますから」
「…………………………相変わらず、恩返しがすぎるぞ、橘」
「それだけ感謝しているんですよ。……………たまには力になりたいです」
「橘…………………………」
「…………………………」
俯き微笑を浮かべながら、橘はこちらの手を握ってきた。
その手は、震えていた。
「……………………もう、飛び降りたりしたら駄目ですよ? 危ない、ですから…………」
「…………………………ああ、悪かった。もう絶対にしない」
「約束、ですよ?」
「ああ」
頷いたこちらに、橘は膝立ちで歩み寄り正面から抱きしめてきた。
「先輩……………」
「本当に、済まなかった…………………………」
謝罪と共に頭を撫でると、涙目の彼女がこちらを見上げて、
「……………セクハラです、先輩」
「そうだな」
ぐりぐりと頭をこすりつけてくる後輩をよしよしとあやしながら、ふと顔をあげると、
「………………………………………」
むすっと表情を曇らせた薫と目が合った。
「…………………………いや、拗ねるところじゃないだろう、ここは」
「………………………………………」
「か、薫さん、そんな子供みたいな拗ね顏に……………す、すいません」
「………………………………………」
慌てて謝罪した橘にも反応を見せず、薫は静かにこちらへ寄り、肩に頭を載せてきた。
「薫…………………」
「…………………………」
気にするなと言いたげに睨みつけてきたので話を続けることにする。
「何から話したものか……………」
「……………先に、先輩と薫さんの話から聞いてもいいですか?」
「俺と薫の話か…………………………まあ、それが妥当か」
「お願いします」
「お願いされた。……………まず、三月の卒業式の話から、だな」
「…………………………そんなわけでこいつは生き返り、俺はこいつに幸せに生涯を過ごしてほしいという未練を背負ったわけだ」
「……………ずっと、薫さんのことが好きだったんですね」
「…………………………そうだな」
「それなのに、私とあんなことまでしたのですね」
「…………………………はい」
「…………………………駄目じゃないですか」
「…………………………反省しております」
「…………………………はぁ」
後輩に溜息をつかれてしまった。
薫にも睨まれっぱなしだ。
「……………まぁ、好き放題甘えたこちらも悪いんでしょうけど」
「そんなことは決してない。俺が甘えていいと言ったのだから」
「なら先輩が悪者ですね」
「その通りだ。どうとでも罰は受ける所存だ」
「でも、先輩はマゾらしいですし、何をしても罰にならない気が……………」
「風評被害もいいところだ……………」
「どうしましょうか……………」
しばらく唸っていた橘だったが、ふと顔をあげこちらを見た。
「…………………………先輩は」
「ああ」
「先輩は、どういった思いで私に甘えられていたんですか?」
「…………………………薫への想いが消えるかも、と危惧するくらいには」
「……………喜べばいいのか困ればいいのか分かりませんね」
再度溜息をつき、橘は完全にこちらへ身を預けてきた。
「…………………………薫さんのためにも怒りたいところですけど、こうもたらしこまれているといかんともしがたいです」
「……………申し訳ない」
「たらしこまれたこちらが悪いんでしょうけど……………そんなつもりはなかったんでしょう? 甘えてくるこちらを甘やかしただけで」
「そんな態度を見せていただけで駄目だと思うが」
「…………………………薫さんはどう思いますか?」
話を振られた薫はこちらの腕を抱きながら、口を尖らせ、
「別にいいわよ。どうせ私、幽霊だし…………………………死人より生きている人の方がいいのよ、どうせ」
「拗ねる方向がおかしいだろうお前…………………………」
「分かってるわよ、死人への未練なんて捨てた方がいいって……………雪を好きになった方がきっといいんだって……………でも、こうして触れてしまったら、触れてほしいと思ってしまうわ」
「………………………………………」
何も言えない俺を他所に、橘が口を開いた。
「……………薫さん」
「なに?」
「先輩も死人です」
「…………………………」
「…………………………そうだった」
「ここ、三人とも死人に未練持ってます」
「……………駄目ね、私たち」
「…………………………そうだな」
薫と二人、両手で顔を覆っていたが、ふと気になることがあった。
「……………そういえば、橘」
「なんですか?」
「お前の未練は、どういうものなんだ?」
「えっ…………………………」
「いや、妙なところで未練が解消されて成仏するのもお前や薫に申し訳ないし、気をつけるためにも一応聞いておきたいんだが……………」
「い、いや、大丈夫です先輩。ぜ、絶対解消されませんから……………」
「そ、そうか……………」
「はい、なので知らなくていいです、いいのです……………!」
そこまで言うならまあいいかと思ったのだが、
「……………一生一緒にいたい、とかかしら」
「っ…………………………」
薫によって解明された。
「…………………………すいません」
「謝られても困るが…………………………むしろ、ありがとうとしか」
「こ、これなら、何が起きても死ぬまで未練は解消されないはずなので、言わなくてもいいと思ったのですが……………………………………………」
「雪が室田君への想いを絶やさない限りね」
「…………………………」
「………………………なかなか無茶をするな、お前は。高校での淡い恋に人生をかけるな」
「それ、先輩が言いますか?」
「…………………………そうだな」
ブーメランがいい具合に刺さるのを感じながら、橘に問う。
「……………野下さん、俺が死んでからどの位時間空けてから来たんだ?」
「一分もなかったかと」
「…………………………そうか」
急いでくれたのだろう。
俺が、未練を残したまま死なないように。
「……………さて、どうしよう」
「丸投げですか先輩」
呆れたように半目になった後輩に言い訳をする。
「いや……………今回の件は俺が完全に悪いから、お前らが罰するなり怒るなりしてくれないと何もできん。その権利がないったい……………」
言葉の途中でデコピンをかまされた。
「これで満足?」
薫のしなやかな指が額をこつこつと叩く。
「…………………………いや、お前がいいならそれでいいが……………言い方は悪いが、浮気したんだぞ、俺」
「いいわよ、死人に義理立てしなくて。あなたが蘇らせた私なのだから、あなたが好きに殺してもいいのよ。……………それに、あなたが浮気してしまうくらい、雪に魅力で負けてる私が悪いのだし」
「…………………………そういうもの、なのか?」
「ええ。だからそこまでは背負わなくていいわ。……………拗ねはするけど」
「…………………………」
体を寄せてきた薫に軽く腕を回しながら、胸の前へ目を向けた。
「……………橘はどう思う?」
「浮気相手ですので、あまり口を出せないかと。ええ、浮気相手ですので」
「…………………………すまん」
「……………冗談です。少し意地悪しました。私の分は、これで」
「……………いいのか」
「ダメだったら先輩はもうこの世にはいません」
「……………そうか」
「……………今の、ちょっとなしにしてもいいですか」
「駄目」
「うぅ…………………………」
こちらに顔を見せぬようにと胸に顔をうずめる橘を見ながら、つぶやく。
「…………………………いいのか。本当に、これで」
「周りから二股かけてる最低男と思われても平気ならいいんじゃない?」
「頑張ってください」
「いや、俺はお前らがいいかどうか…………………………ああ」
ふと、思いついたことがあった。
「ああ、そうか…………………客観的に見て、今のお前は二股かけられてる不幸真っ最中な女なのか、薫」
「…………………………ああ、そういうこと」
合点がいったと頷く薫と俺に、橘が不思議そうに首をかしげる。
「何の話ですか?」
「いや……………薫が幸福になることが俺の未練だったはずなんだが、当人および契約者の主観をもって幸福だと考えられる状況でも、少しも成仏する気配を見せなくてな」
「幸福だと考えられる状況、というと?」
「……………………………………………………」
「…………………………想像に、お任せする」
「…………………お風呂から漏れ出ていると思われる若干の湿気は関係あるんですか?」
「………………………………………色々あったんだ」
「そうですか……………そうですか」
背を抓られ地味に痛い。
「それで、あと一つ残っていた選択肢が今、確かな証拠をもって採択されたところだ」
「客観的な視点、ですか」
「ああ…………………………橘」
「なんですか?」
首を傾げる後輩をこちらから離し、まっすぐに見据えて、俺は言う。
「俺は、薫に相応の幸福な人生を歩んでもらいたい」
「はい」
「そのためにも俺の未練が解消されるわけにはいかない」
「はい」
「だから付き合ってくれ」
「はい…………………………はい?」
「いや、あれだ…………………………俺が二股かけている間は、薫は幸福にならないで済むようだから」
「……………今割と最低なことを言っているという自覚、ありますか?」
「…………………………ああ」
「……………本気ですか?」
「…………………………ああ」
「………………二股というからには、ちゃんと等分で、二人とも存分に大切にしてくれるんですよね」
「…………………………善処する」
「善処じゃダメです」
「…………………………命に代えても」
「…………………………薫さんはどうですか?」
「私はあなたのこと好きだけど?」
彼女としては初めての本音で語り合える女友達なのだろう。
話すだけで手が透け始めるほどなのだから。
……………これからは二股相手という扱いになるので透けることもないだろうが。
「わ、私も好きですけど……………いいんですか? 割って入ったようなものですよ、私」
「そんなことないわよ。あなたが室田君と触れ合ったとき、そこに私はいなかったもの」
「でも…………………………」
「遠慮しなくていいの。……………こっちに戻ってきて、室田君と触れ合えたのはあなたのおかげなんだから。あなたが室田君を好きになってくれたから、私はこうしてまた室田君に甘えていられるし、室田君も荷物を下ろせたの。……………私にとっても室田君にとっても、あなたは恩人なのよ」
「薫、さん………………………………………」
薫は、穏やかな笑みを橘に向けた。
「ありがとう、雪。彼を背負ってくれて。これからは、一緒に幸せになりましょう?」
「…………………………はい!」
笑顔で、橘が頷く。
それを見た薫も微笑む。
「二人で甘え倒しましょうね」
「はい、喜んで」
「…………………………ああ、徒党を組まれたのか」
「二股男に引っかかった哀れな乙女の会、発足ね」
「賠償金をたくさんふんだくりましょう」
「………………………………………」
薫が笑っていて、橘も笑っている。
そして俺も、
「あ、何笑ってるんですか先輩」
「私たちの甘えをあまり舐めないでいることね」
「ああ、いや、すまん。……………少しは容赦してくれ」
どうやら、笑っているようだ。
幽霊もどき二人と、健常者一人。
世にも奇妙な縁でつながれた三人は、やはりどこか奇怪な、されど幸福な時間を享受している。
「……………おなかがすいたわ。室田君、用意をして」
「オムレツがいいです先輩」
「……………ああ、任せろ」
時刻は午後八時。
晩御飯にしても少し遅い時間だ。急いで作ってやることにしよう。
だが、その前に。
「…………………………」
「わっ………………………………………」
「…………………………急に何?」
二人を抱きしめながら、告げる。
「…………………………ありがとう、本当に」
感謝の言葉と、
「…………………………幸せに、なろう」
誓いの、言葉を。
彼女たちが寝静まってから、ベランダは出た。
電話口の向こう、神様はいつもの調子で、
「どうしたの室田くん」
「野下さん…………………………」
「おや、その呆れたような声色。ははぁ、さては橘くんから聞いたね?」
「気ぃ使い過ぎですよ……………普通、あんな解消できない未練で契約なんてしないんでしょう?」
「まあ禁止はされているんだけどね。せいぜい信号無視程度のものだよ」
「……………なんで、そこまで」
「……………言っただろう? 僕は君の味方だって。……………契約を、あんな方法で利用した人は君が初めてだった。悩み苦しみながら、それでも黒崎くんの幸福を望む君を見て、どうしても君に幸せになってほしいと、そう思ったんだよ」
「…………………………本当に、ありがとうございます」
「いいよ、お礼なんて。……………幸せには、なれそうかい?」
「はい。…………………………頑張ります」
「……………うん、頑張って。…………………………じゃあ、またね」
「はい」
電話を切り、ふと空を見上げる。
夏の夜空、大三角形が輝いている。
天の川を超えて、こちらの元へとやってきた織姫。
疲れ果てたこちらへ手を差し伸べたデネブ。
二人に救われ、ようやくほとりから去った彦星。
三人で、手を取り合い。
再び、三角形は完成した。
「…………………………」
……………年を取るのは嫌なことだ。
涙腺が、緩くなって困る。
「…………………………本当に、よかった」
滲む視界の中、三角形は崩れることなく輝き続けていた。
エビローグ
七月十一日
「………………………………………」
「ほら、もっと胸を張りなさい」
「全生徒に見せつけるのです」
「…………………………はい」
夜が開けて、月曜日。
生徒たちから奇異の視線を向けられながら、俺は歩みを進めていた。
両側を、女子二名に固められながら。
「……………別に、これは必要なかっただろう」
「何事も慣れよ。このくらい、素でやり遂げられないと校内で甘えたりできないわ」
「……………家ですればいいだろう」
「二股で一人当たりの時間が少ないのですから仕方ありません。ええ、二股なので」
「……………すまん」
「謝罪する気があるなら行動で表しなさい」
「先輩に口八丁は似合いません」
「…………………………」
何かしてやろうとは思ったのだが、両腕がふさがっていてはどうしようもない。
「腕、離してくれるか?」
「嫌よ」
「ダメです」
「そうか…………………………」
「なに? 手が空いてないから無理とでも言うつもり?」
「そんなことはない。……………腕が使えないなら、仕方ないな」
言って、橘の頬に唇を寄せた。
「……………セクハラです」
「まあそうだな。……………薫も、いいか?」
「嫌よ」
「…………………………そうか」
「雪と違って、私は化粧してるの。……………だから、こっちからするわ」
言葉と共に、頬に柔らかい感触。
「…………………………口紅ついてないだろうな」
「ふふ、マーキングみたい」
「おい…………………………」
「マーキング……………いいですね、それ」
「おい、お前のせいで橘が穢されてしまったぞ薫」
「いいじゃない。どうせ今まであなた色に染めていたのでしょう?」
「染めてない」
「……………染まった方がいいですか?」
「聞かなくていいぞ橘」
「室田君好みになりたいだけなのにね」
「スタイルとかは、すぐには無理ですけど……………」
「……………別にいい。今のままで十分だ」
「あら、言うようになったわね」
「うるさいな」
「照れてますね、先輩。ほっぺた熱いです」
「触るな触るな、余計照れる」
「えへへ……………」
「……………私も触るわね」
「対抗心を燃やすな。……………まったく」
昼休みが始まった頃には、俺は美人転入生と可愛い後輩を侍らず最低二股野郎という認識で扱われるようになっていた。
休み時間になるたびに遠慮なく絡んでくる被害者女性二名が主な理由である。
少なくとも一名は今夜あたり布団の中で己の行いを悔い、羞恥に飲まれながら呻き声をあげることだろう。
「やってくれたねぇ、君」
そんな俺と彼女たちの惨状を見た野下さんは呆れたように溜息を吐いた。
「本当に、申し訳ありません……………色々とお気遣いをいただきながら…………………」
「まぁ、僕としてはいつまでも死人に引きずられるのはどうかと思ったけど……………君自身もそうだし、仕方ないね」
「……………本当に、本当にお世話になりました」
「やめてよそんなこと言うの。まだお世話やめる気ないし。せめて君らが卒業するまではここで先生するから、また何か困ったら来なさい」
「いいのですか? 神様としての、業務は……………」
「いやぁ、最近神様増えてきててねぇ。ほら、なに? 最近の子はやれ神曲とか神絵師とか言って九十九神増やすものだから、中堅の僕らは立派な窓際族だよ」
「そ、そうなのですか……………」
「だからさ、まだしばらくは君の頑張りを見させてもらうよ。君の味方として、ね」
「……………はい、ぜひ」
「もー、泣かないでよ」
「最近涙腺が緩くて……………」
「……………よく頑張ったね、室田くん」
「…………………………はい」
神様は、優しく俺の背中を叩いた。
「どうか君と君を囲む世界が、幸福でありますように」
「晩御飯、何がいいかしら」
「太刀魚の塩焼きなんてどうでしょう」
「いいわね。それとお味噌汁と……………冷奴?」
「いいですね。冷奴は任せてください」
「なら私は太刀魚を焼こうかしら。室田君にはお味噌汁をお願いしようかしら」
「ああ、任せろ」
三人、家路を歩く。
先生方は気を遣ったのか雑務を頼んではこなかったのだが、橘がごねたので手分けして生徒会の雑務を下校時間まで片付けていたため、外はいくらか暗くなっている。
「お風呂上りのデザートは何にしましょうか」
「ワーゲンダッツでも買おうかしら」
「風呂入っていくのか橘」
「着替え持ってきてますけど」
「ああ、どおりで鞄大きいのね。今度からはうちにいくらか置いておくといいわ」
「ありがとうございます」
「泊まるのか…………………………」
「二日連続朝帰り……………ふふ、母の反応が怖いですね」
「……………その時は俺が代わりに怒られるから安心しろ」
「……………てっきり、帰れと言われるかと思いました」
「………………………………………」
「照れてるわね」
「照れてますね」
「…………………………うるさいな」
そっぽを向いたが、二人はむしろ嬉しそうに口元に笑みを浮かべながらこちらの腕を強く抱いてきた。
「あ、先輩見てください!」
橘が空を指差し、つられて視線を向ける。
「天の川です!」
見上げた先、白の星々の群れが見えた。
その周りには、
「……………大三角も、よく見えるわね」
デネブ、アルタイル、ベガ。
アルタイルから、天の川の向こうへ手を伸ばすようにして、三角形が組み上がる。
「…………………………」
天の川の向こうの君へ。
今、君たちは幸せだろうか。
これからも、幸せでいてくれるだろうか。
「やっぱりここではよく見えませんね………………」
「今度よく見えるところまでキャンプにでも行きましょうか」
「いいですね。先輩はどうですか?」
「………………………………」
「先輩?」
「あ、いや……………………そうだな、行こう」
「…………今変な想像した?」
「してない」
「先輩……………………人気がないからといって好き勝手はさせませんよ?」
「しない」
「海も行かないといけないわね」
「夏祭りも行きたいです」
「気が早いな、お前ら……………………」
苦笑しながら、今一度空を仰いだ。
どうか、この三角形が永遠に続くようにと願いながら。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
今回の話は一応「亡くなってしまった人を想い続けるとはどういうことか」を自分なりに考えて書こうとしたのですが、まさかの合意二股エンドという訳の分からないオチになってしまい自分でもびっくりです。もう一つのテーマである「恋心のために人はどこまでのものをないがしろにしてよいのか」というのも含めて、またいつか書き直したいものです。
しっとりとした雰囲気、特に「触れたくても触れられない」室田と「触れたいけど触れられない」薫や橘の距離感を意識してみましたが、いかがだったでしょうか。これが甘酸っぱさなのか歯痒さなのか分かりませんが、何かしらあなたの心に響いていれば幸いです。
お読みいただき、本当にありがとうございました。




