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ポットに注いだお湯を片手にクルフェは研究室の扉をノックした。しかし、何の返答も無い。首を傾げつつ、部屋の扉を開けたクルフェはぴきんと固まった。
カティンが机の上に投げ出された手紙に目を通している。何処か悩みがあるように顰められた眉を見、クルフェは後悔した。
「(あのようなものを置いておくべきではなかった・・・)あの・・・シーア?」
気まずそうに声を掛けると、カティンは形容しがたい表情で振り向いた。
「えっと・・・勝手に見ちゃって、ごめん。」
カティンは目を合わせようとせず、そう言って机から離れる。クルフェは無言で椅子を勧めると、お茶の用意を始めた。
「(そっか・・・クーももう二十八だもんね。こういう話が来ても、おかしくないんだ・・・。)」
初めて気付いたという様子でカティンはクルフェを見上げた。
「(大きくなったなぁ・・・。)」
カティンが孤児だったクルフェを見つけ、実の子供のように育てながら自らの医学の知識を教え込んだのは今から二十年ほど前のこと。魔族として生まれた彼女は二十歳を越えたときから身体の成長が止まっているので、あの頃と何も変わらない姿を保っているが、その頃は背も彼女の腰の辺りまでしか無く、痩せて細かったクルフェは今はしっかりと均整のとれた体つきをしている。背などカティンが見上げなければならないほどだ。
「(クーなら何処にやってもうまくやっていけるよね。)」
先程の手紙には、ヴェニスに最も古くからある病院のフォクテム院長から、クルフェを娘の婿に取りたいという申し出と、時間があれば会いに来て欲しいという旨が書かれていた。ヴェニスが実力主義の医療都市とはいえ、地位や家柄を重んじる者は多い。そのため大体の場合、跡取りのない由緒正しい医師の家柄の家に実力のある医師が婿としてとられることが多いのだ。クルフェの元に来た手紙もそのような意図があってのことだろうと容易に想像がついた。
「熱いので、お気をつけ下さい。」
「有り難う。」
手渡されたカップを両手で持ち、少し口に含むとカティンはカップをひざの上に乗せた。
「クーは・・・さっきの話、受けるの?」
あまり聞かないほうが良いとは思いつつも、どうしても好奇心を捨てきれずカティンは遠慮がちに声を掛ける。クルフェは思わず噴き出しそうになる己を何とか押さえ込むと、お茶を一息に飲んだ。
「・・・申し訳ないこととは思いますが、お断りしようと思っています。私のような者には勿体ない話ですので。」
「そう?僕は別に悪くないと思うけどな。」
先程とは打って変わって穏やかな表情に、クルフェは驚きを隠せない。
「だって、クーは僕の弟子だもの。そんじょそこらのお医者さんよりはずっと腕も良いし、クーがいい人なのは僕が一番よく知ってるよ。相手の子にとりあえず会ってみたらどうかな?決めるのはそれからでも良いと思うよ。」
「えっと、あの・・・シーア?」
思いがけない言葉に、クルフェの目が点になる。
「もし家族の無いことを気にしてるなら、僕が後見人に立ってあげるから。会っておいでよ。ちょうど招待状も来てるし。」
何も言い返せないクルフェにさらに言葉が叩き込まれる。
「もうクルフェも三十近いんだし、身を固めることも考えないと。結婚したいって前言ってたじゃない。このままだと独身になっちゃうかもだし、ね?」
ここまで言われていいえというだけの気力はクルフェには残っていなかった。




