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第2話 発端

 ──ー 二年前。兵庫県神戸市某所。


「おにいちゃ~ん! 早く早く!」


 白いセーラー服を着た栗毛の美少女が、俺に向かって大きく手を振る。


「そんな急がなくても、チケットはあるんだから並ばず見れるって」


「ダメだよ! 限定のラッコちゃんグッズは先着販売なんだから!」


 クルマのロックを確認した俺は、小走りで少女に追いつく。


「ふっふっふ、実は兄が物販の整理券を持っているとしたら……どうする?」


 俺はカバンから二枚の整理券を取り出す。

 先週100枚限定で配布されたもので、仕事終わりに徹夜で並んで手に入れた。


「!?!?!? うっそぉ! おにいちゃん大好き!!」


 俺の胸に飛び込んで、全力で抱き付いてくる少女を優しく抱きあげる。

 可愛すぎる少女の名前は三俣みまた 真彩まあや

 早くに両親を亡くした俺にとって、ちっちゃなころから面倒を見て来た最愛の妹だ。


「やっぱりおにいちゃんは頼りになるなぁ♪」


「だろ?」


 ほわほわの栗毛が覆う真彩の頭を優しく撫でる。

 背丈は小さいが、くりくりと大きな目に桜色の頬。

 純粋無垢が具現化したような超絶美少女である。改めて、真彩の兄であることに幸せを感じる。


「物販は9時半からだから、それまで近くの店で……」


 休憩しよう。

 そう口に出しかけた俺の視界を、真っ白な閃光が覆いつくす。


「……え?」


 落雷? こんないい天気なのに?

 一瞬そう思った俺の目の前で、一条の閃光が目の前にそびえる明石海峡大橋に直撃した。


 カッ!!


 無音。ただ光だけが炸裂したと感じた直後、轟音と衝撃が俺の全身を打つ。


「きゃあああああああっ!? おにいちゃんっ!」


 微かに聞こえた真彩の悲鳴と、こちらに迫ってくる橋の巨大構造物。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 俺の意識は、そこで途切れた。



 ***  ***


「………………ふむ、被検体X20280023の意識レベルが向上している。神経回路の誘電刺激を与えてみようか。最初は弱く。徐々に強くだ」


 深海に揺蕩っていた意識が、徐々に浮かび上がるのを感じる。誰かの声が聞こえる。知らない女性の声だ。


 バチンッ


『っつ!?』


 久しぶりに感じる、強烈な刺激。

 そのお陰か、俺の意識は水面に浮上した。


「おはよう三俣優史君。気分はどうかね?」


 最初に目に入ったのは、こちらを覗き込む癖っ毛の少女。

 スーツの上から白衣という変わった格好をしているが、その赤銅色の瞳は好奇心に輝いている。


 ここは一体……ていうか何が起こった?


 そう問いかけたはずが、強烈な違和感。

 声は出ているはずなのに、口が動いた感覚がない。


「ああ、君の思考を読み取って音声信号に変換している。聞こえているよ」


 少女はぱたぱたと手を振ると、テーブルの上に置かれたカップを手に取る。

 中に入っているのはコーヒー……いやココアのようだ。

 ココアと言えば真彩の好物だよなぁ。どこか他人事のように思考がまとまらない。


「何が起こった、か……そうだね。被験者の中で唯一意識を取り戻した君にはちゃんと説明しよう」


 そいう言うと少女はカップを持ったまま椅子に腰を下ろす。

 彼女の全身が視界に入る……小さい。中学生くらいかもしれない。


「今から547日前。我々の地球は謎の機械生命体から攻撃を受けた」


 ……は?

 その言葉を聞いた瞬間、俺の思考は停止する。


「生命体、と呼称したが我々炭素生命体とはまるで異なる生命だと推測されているがね。つまり何もわかっていないというワケさ」


 どこか楽しそうに少女は言葉を続ける。俺の理解は全く追いつかない。


「高高度地球軌道(HEO)から放たれた初日の攻撃で、各国の首都は壊滅。我が国も関東全域と西日本の一部に甚大な被害を受けた」


 いやいや、なんだよソレ。軌道上からの攻撃? SFアニメの見過ぎでは。


(いや、でも)


 明石海峡大橋を粉砕した、光の柱。あれが機械生命体とやらの攻撃だったのだろうか。今考えるとまるで現実感は無いが。


「高高度地球軌道を攻撃できる人類の武器はあまりに少なく。しかも奴らの装甲に熱核攻撃は効かず、ミサイルも対空砲火に撃墜されてしまう」

「そのままでは人類滅亡待ったなしだったのだがね。なぜか奴らは2日目の攻撃を行わず、月の裏側に基地を建設した」


 テーブル上に置かれていたモニターをこちらに向ける少女。

 モニターには月面が写っており、ミミズ腫れのように何かの構造物が広がっているのが見て取れた。


「それ以来、奴らは数十隻の艦艇を軌道上に配置し、思い出したようにこちらを攻撃してくるだけになったのだが……」


 モニターの画像が、地上に大穴が開いた淡路島とおぼしき空撮画像に切り替わる。


「手の届かない軌道上からなぶり殺しにされるなんて、全くゴメンなわけさ」


 そう言うと少女は勢いよく椅子から立ち上がる。


「そう、天才なワタシはヒトの防衛本能を物理的防壁に変える、【オムニゲート機関】を開発した。数千万のヒトの意思により、我らは正にイージスの盾を手に入れたのだ」


 またモニターの映像が切り替わる。

 軌道上から撃ち降ろされる光の柱を、八角形の光の盾が弾く様子が映し出された。


「オムニゲート機関は完璧だが、一つ弱点がある。ヒトの防衛本能を利用しているせいで、攻撃には不向きなのだ」


 癖っ毛の少女はこちらに歩み寄ると、グイっと顔を近づける。彼女の吐息すら感じられそうな距離。


「だが天才なワタシはあきらめない。ヒトには防衛本能だけではなく、他者を妬み、攻撃するどす黒い感情もある。それを利用できれば……君にはそのカギとなる可能性があるとワタシはにらんでいる」


 そこまで一気に説明すると、にやりと笑みを浮かべる少女。

 どこなあどけなさを残す笑顔が、なぜか真彩と重なった。


(……そうだ、真彩!!)


 そこで一気に意識が覚醒する。

 日本が謎の機械生命体から攻撃を受けたなら、あの時俺と一緒にいた真彩はどうなった?

 真彩は俺と共にいた。俺が助かったなら、真彩も……。

 俺はそのことを少女に問いかけようとしたのだが。


「おしゃべりはここまでだよ三俣君。続きは試作機が完成してからだ」


 ちょ、まってくれ!


 ぱちん


 そう叫びかけるも、俺の意識はスイッチを切られたかのように闇に沈んだ。



 ヴンッ


「さぁて、三俣君。改めて自己紹介としようか」


 あれからどのくらいの時が経ったのか知らないが、唐突に俺の意識は覚醒した。


「…………」


 前回とは異なり、俺の意識はハッキリしている。

 そして、俺の前に立っているのは前回と同じ白衣を羽織った背の低い少女。


「ふふ、そう怖い顔をしないでくれたまえ。ここは制御コア内に構築した仮想空間さ。前回のように、身体的違和感はないだろう?」


 少女の言う通り、俺には身体と手足が存在する。

 動き回ることも出来そうだが、少女はここを仮想空間だと言った。

 仮に俺が彼女に飛び掛かったとしても、即座に止められるだろう。


「……それで、ここは結局どこなんだ?」


 まずは現状把握である。

 俺は恐らく機械生命体? の攻撃で負傷し、この少女にここに連れてこられた。


「ふぅん、取り乱したり暴れることもなく、冷静に質問をしてくるとは……さすがワタシが見込んだ被験者だけはある」


 少女は組んでいた腕を解くと、さっと右手を振る。

 その途端、空中にいくつかのウィンドウが表示された。ここが仮想空間であることは間違いなさそうだ。


「ワタシの名前は摩弩まど 満里奈まりな。戦略自衛隊航宙軍研究センター首席研究員を務めている」


 戦略自衛隊?

 航宙軍?

 少なくとも二年前は小説やアニメの中にしか存在しなかった単語だ。


「そして、対機械生命体(プローバー)決戦兵器、カグツチ弐型の設計主任でもある」


 ヴンッ


 ひときわ大きなウィンドウが開き、カグツチ弐型とやらの機影が大写しになる。

 ブロックを組み合わせたようなゴツイ胴体部分に、左右に広がるウィング。

 脚部は円筒形のスラスターになっていて……なんというか某アルパなんちゃらに雰囲気が似ている。


「そうそう、ワタシも新金型が出たあの機体が好きでね。参考にさせてもらったというワケさ」


 愉快そうに笑う満里奈と名乗った女性。

 その反応に、この女は俺より年上であることを確信する。

 見た目は中学生なのに……ロリババァというヤツだろうか。


「失礼だねぇ、君。ワタシはまだ二十代だと言うのに」


 ヤバい、俺の思考はこの女に筒抜けらしい。

 思わず仮想体(?)に冷や汗をかく。


「まあいい、三俣優史君。君は地球に侵攻して来た機械生命体、プローバーの攻撃に遭い、瀕死の重傷を負った」


 やっぱアレは実際に起こった事だったのか……なら、一緒にいた真彩は。

 ぎりっ。思わず唇をかみしめるが、痛覚は感じない。


「正直、君が搬送された時には手の施しようがなくてね。めでたくワタシが開発を進めていた、新型オムニゲート機関を搭載したカグツチ弐型の生体制御コアの被検体に選ばれたというワケだ」


 え、本人の同意無しで酷くない?

 そんな横暴が許されるのだろうか。


「君を診た医師は、一度死亡宣告を出していたからね。有効に使わせてもらったよ」


「えぇ……」


 あまりの言い草に、思わず声が漏れた。

 つまり俺は死亡扱いとされ、この女に勝手に実験体にされたという事だ。

 ショ○カーもびっくりである。


「あの時ワタシが君の脳を制御コアの試作機に移さなければ、君はあそこで死んでいたんだぞ。まあ、被検体の中で意識が回復したのは君だけだったが」


「!! な、なら真彩は……俺の妹は?」


 目覚めたのは俺だけ、他にも被験者がいる。

 その言葉に、俺の背筋は凍り付く。まさかあの場にいた真彩は……。


「ん? 君の妹かい? ワタシの持っているデータには存在しないねぇ」


 両手を上げ、おどけたポーズを取る満里奈。

 本当だろうか?

 その赤銅色の瞳の奥の思考を読むことはできない。


「という事で、カグツチ弐型の生体制御コアを務めてくれると助かるんだが、どうだろう?」


「ど、どうって」


 命を助けて? もらったことは感謝するが、あまりに横暴すぎないか。

 目を覚ましたら自分の脳を改造され、兵器の制御コアにされていた。


「そんなの……」


「ああ、言い忘れていた」


 挙げかけた抗議は、満里奈が右手を上げると封殺された。

 やはりこの空間の中では、この女が絶対的な権限を持っているようだ。


「オムニゲート機関研究の副産物として、高性能な義体の開発も進んでいる。君がこの仕事を務めあげてくれたなら、その初号体を戸籍と共に贈呈しても良いのだが」


「!!」


 満里奈の言葉に、目を見開く。

 生体制御コアの状態から、人間に戻れるという事か?


「……それに」


 再度腕を組んだ満里奈は、にやりと笑う。

 ゲームやアニメでよく見る、マッドサイエンティストの笑み。


「たった今調べたのだが、三俣真彩という14歳の少女は、死亡・行方不明者リストに存在しない」


「!?!?」


「これは噂なのだけどねぇ。連中(プローバー)は、初回攻撃の際に人間をいくらか連れ去ったらしい。もしかしたら、君の妹も……」


「…………やりますよ。やればいいんですよね」


 自分の身体を取り戻し、妹を探し出せるかもしれない。

 そうであれば、俺の選択肢は一つしかなかった。


「ふふっ、よろしくサンマタ君。ワタシのことは博士と呼んでくれたまえ」


「……ミマタです」


 仮想空間内で、満里奈……博士と握手を交わす。


「さぁて! まずは君のパイロット候補を探そうか! オムニゲート機関の制御は繊細でねぇ、いくらワタシの開発した制御コアとはいえ生体ベースである以上マルチプロセス数には限界がある……むしろマスコミ受けを狙って、くふふふ」


 ぎらり、と赤銅色の瞳を光らせ何やらぶつぶつ呟き始める博士。


(やべぇ)


 さっそく承諾したことを後悔するが、もう遅い。

 こうして、俺の奇妙な生体制御コア生活が始まってしまったのだ。



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