5 狂った森
「いやああああああああああああああああああああああっ!」
咒嗟の脇差を見た切子はパニックを起こし、悲鳴を上げながら真っ暗な森の奥へ走って行った。雷と闇の欠片の飛来と爆風は、既に止んでいた。
「切子ちゃん!」
鏡太朗は森の奥に消えていく切子に呼びかけたが、咒嗟が打刀でナツの灼熱之槍を上から押さえて脇差の突きでナツの喉を狙っており、鏡太朗は龍雷を使ってナツの喉の三センチ手前で脇差を弾いた。咒嗟は標的を変更して打刀と脇差の連続攻撃で鏡太朗を攻め立てた。
『龍雷は至近距離では使いづらい! この距離では杖を使いたいけど、杖に変化させる隙がない!』
鏡太朗は、どんどん間合いを詰めながら襲ってくる咒嗟の大小の刀による連続攻撃を後退しながら必死に避け続けた。ナツは咒嗟の背後から灼熱之槍を突き出したが、咒嗟はそれをかわし、鏡太朗とナツの両方から距離を取った。咒嗟が女性の声で言った。
「槍遣いの少年よ。お前の命はあと三日であるぞよ。お前は、さっきこの脇差で傷を受けたのであるからな」
ナツは冷静に答えた。
「合理的に考えて、こんな浅い切り傷など数日で治るさ」
「此方が持つこの大小の刀は、夥しい量の咒靈力と、この刀で命を奪った者と奪われた者たちの怨念を蓄えておる。刀に籠められた怨念が咒靈力を使って特定の現象を引き起こすのである。この刀で傷を負わされた者は、生きながらにして全身が腐っていき、次には精神が狂っていくぞよ」
「何だと? こ、これは!」
左前腕の切り傷に目をやったナツは、愕然とした。長さ三センチほどの浅い切り傷の周囲が紫と黒のまだらになっていた。
「その色に変色した組織は少しずつ広がり、丸一日で全身がその状態に変わるぞよ。それから丸一日かけて体が段々腐っていき、最後は、お前は正気を失って腐った体で丸一日泣き叫び続け、体が朽ち果てて死に至るのだ。そして、肉体が死んだ後も、正気を失ったお前の魂は悪霊として存在し続け、人間たちを咒い続けていくぞよ」
ナツと鏡太朗は、咒嗟の想像を絶する話を聞いて唖然とした。
「みなさん、また後で会いましょうね。それまでごきげんよう!」
唐突に怨咒の声が頭上から聞こえ、鏡太朗がその声が聞こえた方を見上げると、怨咒が地上二十メートルに滞空しており、その周囲には咒靈力が物質化した三百個の黒い矢尻が宙に浮いていた。
黒い矢尻は、鏡太朗とナツ、もみじを狙って一斉に発射され、三人が走り回ってそれを避けると、怨咒の周囲には再び三百個の矢尻が出現して鏡太朗たちに向かって放たれ、三人は駆け回ってそれをかわした。
その間に咒嗟が頭蓋骨の笛を吹くと、咒嗟の目の前に直径一メートルの黒い雲が出現した。咒嗟はその中に飛び込んで姿を消し、怨咒も咒嗟に続いて黒い雲の中に飛び込んで消えた。
「待てええええええええっ!」
ナツが怒りの形相で黒い雲まで駆け寄ったが、その目の前で雲は消え去った。
「ちくょおおおおおおおおおおっ! まふゆを返せえええええええええええっ!」
ナツの怒りと絶望の叫びが夜空に響き渡った。
さくらと來華は、雷鳴轟之神社と繋がっている住居部分のダイニングで並んで椅子に腰かけ、夕食を食べていた。食卓には、イカ、エビ、ムール貝が入ったペンネのペスカトーレ、タコのマリネ、モッツアレラチーズとトマトのカプレーゼ、イカのフリット、様々な野菜を盛り合わせたサラダが置かれていたが、來華の前にあるペスカトーレには十数本の唐辛子が丸ごと入っており、ほかの全ての料理には唐辛子のペーストが大量にかけられていた。
「おねーちゃん、遅いね」
「電話しても圏外じゃったし、きっと今頃は電波の届かない場所で運転中なんじゃろう」
さくらと來華は、その後、話題が見つからずに黙り込んだ。
『ライちゃんにあんなこと訊かなきゃよかった……。気まずくて、話がしづらいよ……』
『何だか、さくらと話がしづらいんじゃ……。こんな時、どんな話題だったら、いつもみたいに楽しく話ができるんじゃ?』
さくらの頭にアイディアが閃いた。
『そうだ! 一緒に映画を観るんだったら、話をしなくてもいいじゃない? 面白い映画だったら、その後、映画の話で盛り上がれるかも! 恋愛要素が一切なくて、めちゃめちゃ面白い映画はないかなぁ? あ! 美来と来美がめっちゃ面白かったって言ってたアクション映画があったーっ!』
さくらの表情は嬉しそうに輝き、來華に笑顔を向けた。
「ライちゃん、映画を観てみない? ライちゃんは人間を見るのが嫌で、テレビも映画も観なかったけど、一度一緒に観てみない? 美来と来美がお勧めだって言ってたアクション映画があるんだけど……」
『映画か……。今は人間を見ることに、そんなに抵抗はないんじゃ。それに、今はさくらと話をしなくても、一緒に楽しめることがしたいんじゃ!』
「観たいんじゃ! わしも本当は映画とはどんなものか、興味があったんじゃ! 食べ終わって片付けをしたら、一緒に映画を観るんじゃ!」
來華とさくらは緊張感から解放され、ほっとした笑顔でお互いを見た。
「な、何だと?」
ナツが受けた傷のことを鏡太朗から聞いたもみじは愕然とし、三人の間に沈黙が流れた。重苦しい雰囲気の中、鏡太朗が口を開いた。
「ねぇ、もみじさん。ナツさんを助ける方法はないの?」
鏡太朗は目に涙を溜めて、すがるような目でもみじに訊いた。
「残念だが、あたしにはどうしたらいいかわからねぇ……。そうだ! グリーンマンの命花なら治せるかもしれねぇ! さくらに電話して、コアちゃんに迎えに来てもらうんだ!」
「そうか! すぐに電話するよ!」
希望に輝く笑顔を見せた鏡太朗は、ズボンのポケットから取り出したスマートフォンの画面を確認した瞬間、深刻な表情に変わった。
「ダメだ……。圏外だ……」
もみじとナツも、それぞれが手にしたスマートフォンの画面を見つめながら、沈痛な面持ちをしていた。
「そうだ! さくらとライちゃんの心に呼びかけてみる!」
もみじは目を瞑り、さくらと來華の姿をイメージしながら、心の中で二人に呼びかけた。
『さくら! ライちゃん! 聞こえるか? さくら! ライちゃん!』
もみじは意識を集中しながら、しばらくの間、心の中でさくらと來華に呼びかけ続けた。やがて、もみじは肩を落として目を開いた。
「ちくしょう! 反応がねぇ! この力はまだ使い始めたばかりだから、あたしの能力が不完全なのか、二人と物理的な距離が遠いからなのか、あたしが二人との位置関係をイメージできねぇからなのか……、何が原因かわからねぇが、うまくいかねぇ! ちくしょう!」
ナツはもみじに顔を向けた。一見して冷静なその顔の目の奥では、強い決意が静かに燃え上がっており、すでに覚悟を決めたことが読み取れる表情だった。
「俺がまともな精神状態でいられて動くことができるのは、あと一日しかない。すぐにまふゆを助け出したい。力を貸してくれ。たとえ俺がどうなったとしても、まふゆだけは絶対に助けたい」
『ナツさん……』
鏡太朗は胸が張り裂けそうな悲しみと悔しさで涙を溢れさせ、唇を噛み締めながら力強い目をもみじに向けた。
「すぐにまふゆさんを助け出そう。それに、切子ちゃんもパニックを起こして、みゃおを抱いたまま森の中へ走っていった。まふゆさんと切子ちゃんとみゃおを助けて、ナツさんのことも絶対に助けよう。絶対に、絶対にみんなを助けるんだ!」
ナツは鏡太朗の言葉を聞いて、鏡太朗を見つめながら穏やかな笑顔を見せた。
「ああ、あたりめぇだ! さっき咒嗟が笛を吹いたら、あのワープの出入口みてぇな黒い雲が出現した。ってことは、まふゆを連れ去った漆咒魄は笛が聞こえる場所にいて、咒嗟の命令通りにあの雲を出現させたってことだ。
原野と森しかないこの場所で、あいつらの居場所として考えられるのは、この森の奥しかないな」
「もみじさん、ナツさん、行こう! 行って、まふゆさんと切子ちゃんとみゃおを絶対に見つけて連れ帰ろう!」
三人は目の前に広がる暗い森を見つめた。
さくらと來華は居間のソファに並んで座り、テレビの画面で展開する映画のシーンを観ていた。
映画の中では、白い戦闘服を着た主人公の青年が、黒いドレス姿の美女と崖の上で激しい格闘をしており、劣勢になった美女はドレスの中に隠していた二本の短刀で主人公に切りつけ、主人公の戦闘服の右胸が切り裂かれ、その周囲が血で染まっていった。
さくらが横目で來華の様子をちらりと見ると、來華は拳を握りしめて、主人公の窮地を食い入るように観ていた。さくらは笑顔で視線を映画に戻すと、喜びを噛み締めた。
『美来と来美、ありがとおおおおおおっ! これなら、気まずい思いをせずにライちゃんと映画を楽しめるよおおおおおっ! 恋愛シーンがある映画をライちゃんと一緒に観たていたら、めっちゃ気まずい思いをするところだったっ! この映画、ナイスチョイスだああああああっ!』
映画の中では、二本の短剣を振りかざしてドレスの美女が大きく跳び、主人公も美女に向かって大きく跳んで飛び蹴りを放った。
主人公の飛び蹴りが胸の中央に当たったドレスの美女は、血を吐きながら後ろに吹き飛んだ。その時、谷底を挟んで向かいにある崖の上に、二十人の筋骨隆々とした荒くれ者が巨大な弓を持って姿を現し、主人公を狙って鋼の矢を一斉に放った。
「ううっ!」
主人公の目の前にドレス姿の美女が両腕を開いて立ち、その体に二十本の矢が突き刺さった。ドレス姿の美女はその場に崩れ、主人公は美女の上半身を抱えた。
「なぜ、俺を助けた?」
「あたしは組織の命令であなたの命を狙っていたけど……、あなたと闘いを重ねる中で、あなたのことを……愛してしまったの」
ドレス姿の美女は涙を流して息絶えた。
さくらは興ざめした顔でテレビの画面を見つめた。
『何なの……、この展開は……?』
主人公を目がけて、崖の向こう側から鋼の矢が雨のように次々と飛んで来た。
「ううっ!」
「お前たち!」
驚く主人公の目の前では、主人公の背後から姿を現した四人の女性戦闘員が、主人公をかばって矢を体で受けて呻き声を上げ、主人公に向かって「愛してるわ」と言い残して倒れていった。
「あたしたちも愛しているわあああああああっ!」
主人公が振り返ると、ピンク色の戦闘服を着た女性戦闘員が、総勢四百人で四列の行列をつくって主人公の前まで走っており、順番に主人公の前に立つと、胸や腹に矢を受け、主人公に向かって「愛してるわ」と言い残して息絶えていった。
主人公は涙を流しながら、崖の向こう側に向かって叫んだ。
「俺は愛のために、愛の力でお前たちを絶対に倒す! それが彼女たちの愛に報いる俺の愛だああああああああっ!」
『な、何なの、これは?』
さくらは白けた顔で映画の場面を見ていたが、恐る恐る來華の様子を横目で見た。來華は大粒の涙を流しながら、テレビの画面を食い入るように見つめていた。
『ラ、ライちゃん……。まさか、こんな場面で感動してるの……?』
映画では、崖の上で主人公が両手を高く上げて構えており、その背後には二十人の弓を持った荒くれ者が地面に倒れていた。主人公の目の前には、筋肉の塊のような大男が凶悪な表情で仁王立ちをしており、主人公はその男に向かって言った。
「今日こそ、お前の野望を終わらせてみせる!」
「はははっ! お前程度の腕前で俺を倒せると思うのか?」
「お前を倒すために、俺は愛の力を高め、愛の必殺技を身につけたんだ! 食らえ、迸愛之煌!」
主人公が右手の親指と人差し指でハートの形をつくると、指の先にハート型のピンク色の光の塊が出現した。
「ならば、俺も最高の愛の必殺技でお前を葬ろう! 激愛之子守唄!」
凶悪な表情の男は不敵な笑みを浮かべると、心臓の前で両手の指でハートの形をつくり、その指の中にハート型の赤い光の塊が出現した。
「だあああああああああああああああっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
主人公と凶悪な表情の男は叫び声を上げながら、ハート型の光をそれぞれ相手に放った。
「何っ?」
主人公は驚きの表情を見せた。主人公が放った光は、凶悪な表情の男の腹を貫いたが、凶悪な表情の男が放った光は、主人公の顔の左横を通過し、その遥か先にある崖に命中して爆発していた。主人公は信じられないという表情で、凶悪な表情の男に訊いた。
「なぜだ? なぜ、わざと俺に負けるようなことを?」
「俺は自分の野望のために、多くの命を奪ってきた。ある時、お前が現れて俺に立ち向かうようになり、俺は手下どもにお前の抹殺を命令したが、お前は手下どもを倒し、何度も俺の前に現れ、俺と直接闘ってきた……」
凶悪な表情の男が、口から血を吐いた。
「お前と何度も闘っているうちに……、俺は……お前を愛してしまったのだ!」
『は?』
さくらは露骨に不快な表情を浮かべた。
凶悪な表情の男はその場に崩れ、間もなく息絶えた。その時、主人公の背後で倒れていた二十人の荒くれ者たちが、巨大な弓にしがみつきながらよろよろと立ち上がった。
「俺もお前を愛してるぜーっ!」
「俺も愛してるぞーっ!」
「俺もーっ!」
「俺だってーっ!」
二十人の荒くれ者たちは、涙を流しながら主人公に駆け寄って抱きつき、幸せそうな笑顔で息絶えていった。主人公は号泣して立ち上がり、天に向かって叫んだ。
「俺は愛のために愛の力でお前たちの愛と戦い、愛の戦士である俺の愛の力が、お前たちの愛を打ち砕いたのだ! 俺はお前たちの愛と仲間の愛を背負い、愛とともに生きていくぞおおおおおおおおっ! 愛こそ俺の全てだああああああああああああああっ!」
映画のエンドロールが流れ始めた時、さくらはぎこちない笑顔を來華に向けた。
「ラ、ライちゃん……。ご、ごめんね……。こんなつまんない映画だとは思っていなくて……」
さくらの笑顔が凍りついた。來華は号泣しながらエンドロールを真剣に見ていた。來華は涙が止まらぬまま、さくらに顔を向けた。
「さくら……。こんなに凄い感動は初めてじゃ! この素晴らしい映画を観せてくれて、心から感謝するんじゃ!」
「そ、そう? それはよかった……」
さくらはぎこちない笑顔のまま、淡々と答えた。
「な、何だ、これは?」
森に近づいた鏡太朗ともみじは驚愕し、ナツは驚きの声を上げた。
三人の目の前に広がる夜の闇に包まれた森は、外側にある木々の幹に黒いしめ縄が張られ、森全体に結界が張られているようだった。三人が近づいてよく見ると、地上二メートルの高さに張られた黒いしめ縄は人間の毛髪を縒り合わせてつくられており、そのしめ縄からは血で染められたようなまだらになった赤黒い紙垂が無数にぶら下がっていた。
鏡太朗は緊張した表情でもみじに言った。
「もみじさん、森からとんでもなく強烈な呪いの力を感じるよ。この黒いしめ縄の結界の力で、結界の内側で渦巻いている強烈な呪いの力がほとんど外に漏れていない。この呪いの森の存在は、近づかない限り気がつかないんだ……。それに、このしめ縄は人の髪の毛でできている。紙垂は人の血で染めたみたい……」
ナツも緊張した表情をしていたが、冷静に言った。
「確かに、こんなに禍々しい場所が存在するなんて、合理的ではない。だが、どんな場所であっても、俺はまふゆを助けに行く!」
ナツが黒いしめ縄の下をくぐって森に足を踏み入れ、鏡太朗ともみじもそれに続いた。
「な、何だ、こりゃあああああああああっ?」
森に入ったもみじが絶叫し、鏡太朗とナツも驚愕して立ち止まっていた。
三人には、森の中が地面も空間も大きく歪んで揺らめき続けているように感じられていた。三人の足元にびっしりと生えている紫と黒のまだらになった紫蘇からは、陽炎のように呪いの力が立ち上っており、森の内側にある木々は幹も枝も紫と黒のまだらで、その形状は奇妙に歪み、曲がっていた。木々の葉は黒く、黒い桜の花が満開に咲き乱れ、黒い花弁が雪のように舞い落ちており、もみじが目を丸くして叫んだ。
「黒い桜だと? 今は九月だぞ! 狂い咲きだ! 桜だけじゃねぇ! この森、何もかもが狂ってやがる!」
森中にたくさんの叫び声が響いていた。
「殺してやる! みんな殺してやるぞーっ!」
「許さない! 絶対にあいつらを呪ってやる! 呪ってやるんだーっ!」
黒い桜の枝からは夥しい数の壊れた古い日本人形が紐で吊るされ、人形たちは口々に呪いの言葉を叫びながら揺れ動いていた。
「も、もみじさん……、地面も空間も揺らめいて……、ま、真っ直ぐに歩けないよ……。それに……、強烈な目眩と頭痛と吐き気が……」
鏡太朗ともみじとナツは、平衡感覚を失ってよろめきながら歩き、やがて紫蘇だらけの地面に倒れ、そのまま意識を失った。
來華はさくらと並んでソファに座り、さっきの映画をもう一度観ていた。來華がタオルを両手で握りしめ、涙を流しながら真剣な表情で映画を観ている様子を見たさくらは、ほっとした顔でテレビの画面に視線を戻した。
『映画はあり得ないくらいつまんないけど、ライちゃんがこんなに夢中になってくれてよかった。このままライちゃんとは元通りの関係に戻りたいな。
……そういえば、さっき映画を観ている時、何となくおねーちゃんに呼ばれたような気がしたけど……。きっと、気のせいだよね』
「……ょう太朗! 鏡太朗! 起きろ!」
「ん……」
鏡太朗が目を覚ますと、目の前でもみじが鏡太朗に呼びかけていた。
「ここは……? うっ!」
鏡太朗は起き上がろうとすると、強烈な吐き気を感じて右手で口を押さえ、もみじが鏡太朗に小声で言った。
「待て。まず、横たわって、目を瞑って深呼吸をするんだ。息を吸う時に、空気と一緒に白い光が自分の中に入って体に満ち溢れ、溢れた白い光が全身を包んで守ってくれるのをイメージしろ。霊力は感情だけでなく、呼吸やイメージでもコントロールできる。この土地全体に満ちている強力な呪いの力が体や心に入り込まないように、霊力でバリアを張って自分を守るんだ」
鏡太朗は横たわったまま、目を瞑って深呼吸を繰り返し、やがて穏やかな表情で目を開いた。
「もみじさん、ありがとう。強烈な頭痛と吐き気が収まったよ」
「いいか、この場所から出るまで、どんな時でも、自分が白い光に包まれていることをイメージし続けるんだ。いいな?」
鏡太朗は上半身を起こして周囲を見渡した。鏡太朗の隣には、もみじが胡座をかいて座っており、二人は薄暗い十八畳の古い和室の中にいた。三方向の壁は土壁で、所々が剥がれており、残る一面には障子戸が嵌められていた。天井は竿縁と呼ばれる細長い木材と木製の板で仕上げられており、その板のあちこちにはシミが見られ、床に敷かれた畳も、擦り切れやシミが目立つ古いものだった。鏡太朗がそれまで頭を置いていた場所には、枕の代用として使われた古い座布団が二つ折りになって置かれており、その隣には、もみじが使っていたらしき二つ折りの座布団があった。部屋の両端には座敷行灯が置かれ、その中のゆらめく炎の灯りが和紙を通して柔らかく部屋全体に広がっていた。
「もみじさん、ここは?」
「わからねぇ……。あたしもさっき目が覚めたところだ」
「ナツさんは?」
もみじの顔が険しくなった。
「あたしが目覚めた時、ここにはいなかった。さっきから、まふゆとナツの心に呼びかけているんだが、応答がねぇ。あたしの心の声が届かねぇのか、まだ気絶しているのか……」
「二人とも気がついたようじゃな」
障子戸が開き、和室の中に入ってきた人物の顔を見た瞬間、鏡太朗は驚いて大声を出した。
「え? あなたは!」




