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4 咒靈力との闘い

 咒嗟(じゅさ)は腰に差していた大小の刀の内、長い方の打刀(うちがたな)を抜いて高く掲げた。その刀身の刃の部分は刃こぼれしてガタガタになっており、一面に赤黒く固まった血がついていた。

咒靈力(じゅれいりょく)が宿る忌まわしき物の中には、咒魄物(じゅはくぶつ)とは違い、魂……、つまり悪霊は宿らず、大量の咒靈力(じゅれいりょく)を蓄積した物もある。操るべき魂を持たない故、下僕(しもべ)として遣うことはできぬが、咒靈力(じゅれいりょく)を込めた攻撃ができる強力な武器となる。此方(こなた)が持つ大小の刀のようにな。この二本の刀には、斬られた者の体に特定の現象を引き起こす怨念が込められているのであるぞ」


 もみじが、鏡太朗とまふゆ、ナツの心に呼びかけた。

『攻撃が来るぞ。武器を用意しろ』

 鏡太朗は小さくしていた霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)をズボンのポケットから出し、霹靂之(じょう)に変化させて構え、まふゆ氷結之薙刀、ナツは灼熱之槍を出現させて構えた。もみじは鏡太朗たちの後ろに立っていた切子の側まで行き、切子の前で咒嗟(じゅさ)たちを睨んだ。

 咒嗟(じゅさ)は右手で刀を持ったまま左手でお面を上にずらすと、左手で頭蓋骨の笛を持ち、不気味な音色を響かせた。笛の音を聞いた漆咒魄(しつしゅはく)は七つの顔で一斉に『うおおおおおおっ!』と雄叫びを上げ、右腕一本で槍を前に構えて鏡太朗に向かって駆け出し、槍に串刺しにされた三つの頭部のミイラが半狂乱の笑い声を上げると、ミイラの口から吐き出された闇が槍を覆った。

 闇に覆われた槍の突きが鏡太朗の眉間に迫り、鏡太朗が霹靂之杖(へきれきのじょう)でそれを受けると、闇は霹靂之杖(へきれきのじょう)を包み込みながら鏡太朗の全身に広がり、全身を闇で覆われた鏡太朗は仰向けに倒れ、苦しみ叫びながら地面を転がった。

「があああああっ! 激しい痛みで体がバラバラになりそうだああああああっ!」

「鏡太朗ーっ!」

 もみじは鏡太朗の名を叫んだ後、背後に何かの気配を感じて慌てて振り返ると、いつの間にかビスクドールの怨咒(えんじゅ)が一メートルの距離をとって目の前に浮かんでおり、人形の顔の口だけを動かして喋り出した。

「ねぇ、わたくしと遊んでくださらない? だって、この中であなたが一番強いんでしょ? あなたの霊力が一番大きいもの!」

 怨咒(えんじゅ)が開いた口から光線のように闇が放出され、闇がもみじに命中すると、もみじは後方に三十メートル吹き飛ばされ、身を低くして着地した時には全身が闇に包まれていた。

「もみじさん!」

 まふゆは氷結之薙刀を両手に持ったまま、闇に包まれているもみじに駆け寄った。


「鏡太朗、大丈夫か?」 

 ナツが漆咒魄(しつしゅはく)の槍の間合いのすぐ外で灼熱之槍を構え、漆咒魄(しつしゅはく)と正対しながら鏡太朗に声をかけた。切子はみゃおを抱えたまま、闇に包まれて苦しみ悶える鏡太朗を呆然として見つめていた。

 やがて体を覆う闇が消えると、鏡太朗はフラフラしながら立ち上がった。

「み、みんな、気をつけて! この闇に包まれると、全身がバラバラになったかと思うくらいの激痛に襲われる……」

 その時、漆咒魄(しつしゅはく)の持つ槍に串刺しになっている三つの頭部のミイラが、下品な声で笑いながら同時に語り出した。

「ぎゃははは! だろう? この咒靈力(じゅれいりょく)でつくりだした闇に体を包まれると、全身の神経の全ての痛覚を耐え難いほどに激しく刺激するんだ。だが、気絶しなかったのはお前が初めてだ」

 ナツがその声を聞いて驚き、漆咒魄(しつしゅはく)に訊いた。

「お前、喋れるのか? 笛で出される命令通りに行動するだけの操り人形じゃないのか?」

 漆咒魄(しつしゅはく)の左手で吊るされた二つのマネキンの頭部が女性の声で同時に答えた。

「確かにあたしら咒魄物(じゅはくぶつ)に宿った悪霊は、咒嗟(じゅさ)様が咒靈(じゅれい)(りょく)を籠めた笛の術を遣うと、咒嗟(じゅさ)様のご命令通りに行動するのさ。

 だけどね、咒嗟(じゅさ)様からの今のご命令は、好きなようにお前たちを痛めつけよってものなんだよ。今は、あたしたちの好きなように行動させてもらうのさ」

 漆咒魄(しつしゅはく)の腰に巻かれた掛け軸の水墨画の女性が、恨めしそうな顔で言った。

「さっき橋を壊した後で、お前たちの中の男一人と女一人は殺しても構わないってご命令があったのさ。さあ、どっちの男を殺そうか?」

 漆咒魄(しつしゅはく)(いき)人形の顔が、目を見開いて叫んだ表情のまま、眼球だけを動かして言った。

「どちらでも構わぬ。結果として生き残った方を生かせばよいのだ」

「切子ちゃん。後ろに下がっていて」

 鏡太朗は切子を後ろに下がらせると、ナツの隣に立って霹靂之杖(へきれきのじょう)を構えた。


「もみじさん! もみじさん! もみじさああああああああん!」

 もみじに呼びかけ続けるまふゆの目の前では、身を低くして立つもみじの全身が闇で覆い尽くされていた。まふゆはもみじの安否が不安で、胸が押しつぶされそうになるのを感じていた。

「ま、まふゆ、もっと離れていろ……。巻き添えを……食うぞ……」

「で、でも……」

 もみじは闇の中から苦しげな声でまふゆに言ったが、まふゆは躊躇して動かなかった。

「あたしの言葉を信じろおおおおおおおおっ!」

 もみじの怒鳴り声を聞いたまふゆは、不安な表情でもみじと十メートルの距離をとった。

 やがて、もみじを包んでいた闇が粉々に砕けて飛び散り、その中から不敵な笑みを浮かべたもみじが姿を現した。もみじの姿を目にしたまふゆは、安堵と歓喜の入り混じった声を上げた。

「もみじさん!」

「まふゆ、あたしは大丈夫だ。心配かけたな。呪いの力が体に入り込まないように霊力を全身に漲らせて、さらに霊力を一気に膨らませて呪いの力の闇を吹き飛ばしたんだ。飛び散った闇が当たらなかったか?」

「大丈夫だよーっ! さすがあたしのもみじさんだーっ!」

 もみじとまふゆのやり取りを聞いた怨咒(えんじゅ)は、感心した様子を見せた。

「ふ〜ん。なかなかやりますわね。面白くなってきましたわ。これならどうかしら?」

 怨咒(えんじゅ)は地上十メートルまで上昇すると、その周囲に三百個の黒いオーブのようなものを出現させた。

「この三百個の咒靈力(じゅれいりょく)の塊が物質化して尖った凶器になり、一斉に襲いかかったら、あなたは全てをかわし切れるかしら?」

「何っ?」

 驚きを見せたもみじの視界の先では、怨咒(えんじゅ)の周囲に浮かんでいた三百個の咒靈(じゅれい)(りょく)の塊が、鋭く尖った黒い矢尻のような形で物質化した。

「あなたが生き残ることができたら、またお喋りを楽しみましょうね。そうでなければ、ここでさようなら」

 怨咒(えんじゅ)が冷たい声でそう言った直後、三百個の黒く尖った矢尻のような物質が豪雨のようにもみじに向かって斜めに降り注ぎ、もみじはもの凄いスピードで自分に迫る三百個の尖った黒い物質を愕然として見つめた。

『こんな大雨みてぇな攻撃、どうやったら避けられる? どうしたらいい?』


 鏡太朗の隣に立つナツが灼熱之槍を左手で持ち、漆咒魄(しつしゅはく)に向かって叫んだ。

「お前たちの方こそ消滅させてやる! 古より時節の移ろいを司りし青朱白玄之(しょうすはくげんの)(みこと)よ! その御力(みちから)を宿し給え! 蝉時雨之破砕(せみしぐれのはさい)!」

 ナツは親指と小指を伸ばした右拳を前に突き出し、続いて右拳を人差し指の第一関節を突き出した形に変えながら、手の甲を前に向けて額の前方十センチの位置で静止させ、右手を開いて漆咒魄(しつしゅはく)に向けて突き出した。ナツの右掌から夥しい数の蝉の鳴き声が大音量で発せられ、漆咒魄(しつしゅはく)に向かって伸びて行った。

 その時、漆咒魄(しつしゅはく)の七つの顔が一斉に低い呻き声を上げ、その前方に直径一メートルの円盤状の黒い雲が出現し、蝉時雨之破砕(せみしぐれのはさい)は黒い雲の中に消えた。


「だあああああああああああああっ!」

 もみじは右のふくらはぎから血を噴き出しながら、一瞬で六メートル後方へ移動し、その直後、さっきまでもみじが立っていた辺りの地面に、三百個の尖った物質が次々と突き刺さった。

『やっぱ、いざという時は体の限界を超える量の霊力に頼るしかねぇか……。霊力をコントロールして出血を止めることに意識が分散されるから、できればこの方法は使いたくねぇんだが……』

 もみじは心の中で呟きながら、宙に浮かぶ怨咒(えんじゅ)を睨んだ。

「もみじさん……」

 もみじの無事な様子を見て胸を撫で下ろしているまふゆの背後に、直径一メートルの円盤状の黒い雲が出現し、その中からナツが放った蝉時雨之破砕(せみしぐれのはさい)が飛び出し、まふゆを直撃した。

「ぎゃああああああああああああああああっ!」

 まふゆは全身を激しく揺さぶられ、体中から血を噴き出して絶叫し、その場に崩れて意識を失った。


「まふゆ!」

 ナツともみじが同時に叫び、もみじはまふゆに駆け寄ろうとしたが、地上十メートルで滞空する怨咒(えんじゅ)の口から、闇でできた触手が十二本伸びてもみじの目の前の地面に突き刺さり、もみじの行手を塞いだ。


「やあああああああああっ!」

 鏡太朗が霹靂之杖(へきれきのじょう)を振りかぶって漆咒魄(しつしゅはく)に打ちかかった時、漆咒魄(しつしゅはく)は目の前の円盤状の黒い雲の中に飛び込み、倒れているまふゆの背後の円盤状の黒い雲から姿を現すと、二つの場所にあった円盤状の黒い雲は同時に消え去った。

 漆咒魄(しつしゅはく)は再び七つの顔で同時に低い呻き声を上げて、目の前に円盤状の黒い雲を出現させ、頭部だけのマネキンの髪を左手でつかんだまま、気絶しているまふゆを左腕で抱えると、円盤状の黒い雲の中に飛び込んで姿を消し、その直後に円盤状の黒い雲は消え去った。

「まふゆさんがさらわれた……」

 愕然とする鏡太朗の隣では、ナツが燃え上がるような怒りに満ちた目で咒嗟(じゅさ)を睨んでいた。咒嗟(じゅさ)はお面を元の位置に戻し、刃こぼれして血がこびりついた打刀(うちがたな)を右手に下げて、ナツたちの方に向かって歩いていた。ナツは次第に近づいてくる咒嗟(じゅさ)に向かって叫んだ。

「まふゆをどこに連れ去った?」

「いずれわかるぞよ。ただし、それまでお前が生きていればの話であるが」

「うわあああああああああっ!」

 ナツは叫び声を上げながら咒嗟(じゅさ)に駆け寄ると、灼熱之槍の突きと振りの連続攻撃を仕掛けたが、咒嗟(じゅさ)は素早く身軽な身のこなしで、全ての攻撃を容易く避けた。

「やああああああああああっ!」

 鏡太朗も咒嗟(じゅさ)に駆け寄り、霹靂之杖(へきれきのじょう)で連続攻撃を放ったが、咒嗟(じゅさ)は鏡太朗とナツの二人同時の連続攻撃を簡単に避け続けた。咒嗟(じゅさ)は鏡太朗とナツの攻撃を避けながら、二人に言った。

「お前たちの中には、役に立たない不要な者がいるぞよ。そのような者は、死ぬことで役に立ってもらおう」

 咒嗟(じゅさ)のお面は、離れた場所で立ち尽くしている切子の方を向いており、鏡太朗とナツはハッとして切子に目を向けた。切子はみゃおを抱いたまま、目を見開いて震えていた。

 咒嗟(じゅさ)は右手に刀を下げたまま、四十メートル先の切子に向かってもの凄い勢いで駆け出し、鏡太朗とナツは必死に咒嗟(じゅさ)を追って走った。

『ダメだ、間に合わない! 雷の神様! どうか、俺に力を!』

 鏡太朗の右手の中で霹靂之杖(へきれきのじょう)が見る見る大きくなり始め、鏡太朗は立ち止まると、裂帛の気合とともに、咒嗟(じゅさ)の背中を目がけて霹靂之杖(へきれきのじょう)を槍投げの槍のように投げた。

「やああああああああああああっ!」

 霹靂之杖(へきれきのじょう)は巨大化しながら目にも止まらぬスピードで飛んで行くと、電柱の大きさになって咒嗟(じゅさ)の背中に衝突し、咒嗟(じゅさ)を切子の後方六十メートルの原野まで吹き飛ばした。霹靂之杖(へきれきのじょう)は元の大きさに戻って切子の近くに落下し、鏡太朗がそこまで駆け寄って霹靂之杖(へきれきのじょう)を拾った時、ナツが鏡太朗の横を通り過ぎて咒嗟(じゅさ)を目がけて突進して行った。鏡太朗が慌ててナツに呼びかけた。

「ダメだーっ、ナツさん! 不用意に近づくのは危険だーっ!」

「まふゆはどこにいるーっ?」

 ナツは鏡太朗の声など耳に入らない様子で、打刀(うちがたな)を手にして立ち上がった咒嗟(じゅさ)まで駆け寄ると、灼熱之槍で連続攻撃を仕掛け、咒嗟(じゅさ)打刀(うちがたな)でナツの攻撃に応じ、二人は激しく槍と刀を交わした。

「ナツさん!」

 鏡太朗はナツに向かって走り出そうとしたが、足を止めた。

『ナツさんを加勢しないと。でも、切子ちゃんから離れると、切子ちゃんを守れない! どうしたらいいんだ?』

 鏡太朗は後方でみゃおを抱いて震えて立っている切子を振り返った後、前方で激しい攻防を繰り広げているナツと咒嗟(じゅさ)を睨んだ。


「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! その御力(みちから)を宿し給え! 稲妻之(つむじ)(かぜ)、二連!」

 もみじが両手の人差し指と中指をぐるぐる回しながら、指先に螺旋状の雷を出現させ、宙に浮かぶ怨咒(えんじゅ)を狙って雷を動かしたが、怨咒(えんじゅ)は蝶々のような不規則な動きで飛び回り、容易くそれを避けていた。

「あなた、そんなこともできるのですね。あなたのその術、相当な量の御神氣を使っていますわね。さっきの霊力の高まりといい、素晴らしいですわ。合格ですわ」

「合格だと? どういう意味だあああああっ?」

 もみじは、怨咒(えんじゅ)を狙って螺旋状の雷を動かしながら訊いた。

「その内にわかりますわよ、ふふふっ」

 怨咒(えんじゅ)は両手の人差し指と中指をもみじに向けると、ぐるぐると回し始め、その先に螺旋状に回転する闇が出現し、長く伸び始めた。

「あたしの術を真似しただと?」

 もみじは、二つの螺旋状に回転する闇を見て愕然とした。  

「ふふふっ。わたくしは咒靈力(じゅれいりょく)遣い。咒靈力(じゅれいりょく)の形も、動きも、強さも、自由に操ることができますのよ。この闇は咒靈力(じゅれいりょく)を雷に近い状態に変化させたものですわ。当たると全身に激痛が走りますわよ」

 怨咒(えんじゅ)が操る二つの螺旋状の闇がもみじに迫り、もみじがそれを二つの稲妻之(つむじ)(かぜ)で受けると、合計四つの螺旋状の雷と闇は衝突して爆発し、雷と闇の欠片が飛び散った。

『危ねぇ! 霊力で自分を守るんだ!』

 もみじは右袖で爆風から顔を守りながら、全身を霊力で覆った。雷と闇の欠片が次々にもみじに衝突したが、もみじの体を覆う霊力に当たって砕け散っていった。


 離れた場所で空中爆発が起こり、爆風とともに雷と闇の欠片が飛んで来るのを見た鏡太朗は、霹靂之杖(へきれきのじょう)を短く持ち替えながら叫んだ。

「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! この霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)に宿りし御力(みちから)を解き放ち給え! 龍雷之紙垂(りゅうらいのしで)!」

 霹靂之杖(へきれきのじょう)の柄は長さ四十五センチになり、その先の紙垂(しで)が雷になって長く伸び、縒り合わさって長さ六メートルの雷の縄『龍雷』になった。鏡太朗は意識で龍雷を操って高速で回転させ、切子とみゃお、自分を雷と闇の欠片から守り、龍雷に当たった雷と闇の欠片は砕け散っていった。

「鏡太朗ーっ! 気をつけろーっ!」

 鏡太朗は龍雷を回転させながら、ナツの声が聞こえた右側に顔を向けた瞬間に目を見張った。鏡太朗の十メートル先には、爆風で髪と服をなびかせて、体中に雷と闇の欠片を浴びながら、右手で刀を振りかぶって走って近づく咒嗟(じゅさ)の姿があり、その背後ではナツが左手に灼熱之槍を持ち、右手からの蝉時雨之破砕(せみしぐれのはさい)の連射で飛来する雷と闇の欠片を迎撃しながら、咒嗟(じゅさ)を追って走っていた。

 咒嗟(じゅさ)は、鏡太朗の背後で目を見開いて凍りついたように動けないでいる切子目がけて刀を振り下ろした。

「切子ちゃん!」

 鏡太朗は龍雷を回転させながら、右足で咒嗟(じゅさ)の右肘の少し上を蹴り、刀の斬撃は切子から逸れて地面に切先が突き刺さった。咒嗟(じゅさ)はすかさず左手で脇差を抜くと、蹴り足を地面に引き戻そうとしている鏡太朗の右脚のふくらはぎを突き刺そうとした。

 打刀(うちがたな)同様に刃こぼれして赤黒い血がこびりついた脇差の刃を見た瞬間、切子は驚いたように大きく目を見開いた。

「鏡太朗ーっ!」

 ナツが鏡太朗を狙う脇差を灼熱之槍の穂先で払い落とし、続けざまに咒嗟(じゅさ)が右手で持つ打刀(うちがたな)がナツに向かって振り下ろされ、ナツは灼熱之槍でそれを受けた。

「うっ!」

 ナツが灼熱之槍の柄で打刀(うちがたな)を受けた直後、咒嗟(じゅさ)が左手で斬り上げた脇差がナツの左前腕を掠った。


 脇差がナツの左前腕を掠ったのを目の当たりにした切子の脳裏に、九歳の時の記憶がフラッシュバックした。


 パジャマ姿の九歳の切子は、深夜の自宅の両親の部屋で、ベッドの上の両親の遺体にすがりついて泣き叫んでいた。両親の遺体は血まみれで、部屋中に血が飛び散っていた。両親の部屋の開いたドアの向こう側では、切子の姉と弟の部屋のドアも開いており、姉と弟もそれぞれの部屋のベッドの上で血まみれになって息絶えていた。両親のベッドの下には、血まみれの包丁が落ちていた。


 切子の大きく開いた目から大粒の涙が流れ出し、みゃおは切子から溢れ出した悲しみを感じ取り、つぶらな瞳で心配そうに切子の顔を見上げて『みゃお?』と鳴いた。

「パパ……。ママ……。お姉ちゃん……。玻璃(はり)……」

 切子の体が小刻みに震え出した。

「いやああああああああああああああああああああああっ!」

 切子はパニックを起こして泣き叫びながら、みゃおを抱えて暗い森の方へ駆け出した。

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