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14 咒いの銃弾

 霊園の隣のグラウンドでは、着陸しているヘリコプターの横に立つ切子に向かって、ヘリコプターから飛び降りた悪霊に支配されたおじいさんが迫っていた。悪霊に支配されたおじいさんは右手に持ったナイフを大きく振りかぶり、喜悦に満ちた邪悪な顔で狂ったように『殺してやるぞ!』と連呼しており、死を覚悟した切子は迷いも恐れもない表情で目を閉じて立っていた。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 涙を散らしながら必死に疾走する鏡太朗の三十メートル先では、悪霊に支配されたおじいさんが、切子の額を目がけてナイフを振り下ろそうとしていた。

「龍雷よーっ! あいつを止めてくれええええええええええええっ!」

 鏡太朗は龍雷が伸びた霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)を全力で前方へ投げつけたが、龍雷の先端は悪霊に支配されたおじいさんには届かず、その一メートル手前で地面に落下した。

「切子ちゃあああああああああああああああああああん!」

 鏡太朗は切子に向かって凄まじいスピードで走ったが、悪霊に支配されたおじいさんが持つナイフの切先は切子に迫っていた。


 その時、龍雷が波打って飛び上がり、その先端が悪霊に支配されたおじいさんが手に持つナイフを弾き飛ばした。ナイフは二メートル先に落下し、おじいさんの体には龍雷から伝わった雷が駆け抜け、おじいさんは悪霊の声で絶叫した。

「ぎゃああああああああああああああっ!」

 おじいさんは倒れて動かなくなり、その体から邪悪な表情の悪霊が抜け出した。

「やめてくれーっ! 神鳴(かみなり)はもう嫌だーっ!」

 悪霊は切子には聞こえない声で叫ぶと、白い光の粒になって空高く上っていき、やがて消えていった。

 切子は悪霊に支配されたおじいさんの絶叫に驚いて目を開けると、目の前には涙を流して喜ぶ鏡太朗の姿があった。

「きょ、鏡太朗さん……?」

 切子の大きく見開いた目に涙が煌めき、零れ落ちた。切子は鏡太朗を見つめながら大粒の涙をポロポロと零し、体を小刻みに震わせて声を絞り出した。

「わ、わたし……、本当は殺されるつもりだったんです……。わたしが生きていると鏡太朗さんの重荷になるから……。わたしがいなくなることが鏡太朗さんのためになるから……」

 鏡太朗は切子の両肩に手を置き、涙を溢しながら優しい笑顔で言った。

「切子ちゃんは俺の重荷なんかじゃないよ。俺は切子ちゃんのことを大切に思ってるんだ。切子ちゃんが死んだら俺は悲しい。きっと一生悲しい気持ちを引きずって生きていくことになる。お願いだから、俺に悲しい思いをさせないで。俺のために生きて欲しいんだ」

 切子はキラキラと涙を溢しながら、頬を赤くして微かな笑みを浮かべると、鏡太朗を見つめて答えた。

「……はい……」


 ヘリコプターの横では咒恨(じゅこん)が手拭いで目頭を押さえて立っていた。

「うん、うん! 感動的だね〜。いやぁ〜、よかった! よかったよ〜! ねぇ、ところでさ〜、神伝霊術遣いの君〜!」

 鏡太朗は不意に咒恨(じゅこん)に声をかけられ、ハッとして背後を振り返った。

「そのじーさんさ〜、君の雷で死んじゃったんじゃない?」

 鏡太朗は咒恨(じゅこん)の言葉を聞いた瞬間に目を剥き、地面に倒れているおじいさんに駆け寄ると、首に指を当てた。

「生きてる……。よかった……」

 鏡太朗は緊張から解放され、ホッとした笑顔を見せた。

 切子はおじいさんの隣で膝をつく鏡太朗の背中を見つめていたが、視界の端にあった何かが気になって視線を左に向けると、そこには悪霊に支配されたおじいさんがさっきまで手にしていた果物ナイフが落ちていた。

 切子の脳裏に両親の死体のそばに落ちていた血まみれの包丁の記憶がフラッシュバックし、切子はわなわなと体を震わせながら目を見開き、その顔からはどんどん血の気が引いていった。


「きゃあああああああああああああああああああああああっ!」

 鏡太朗は背後から聞こえた切子の悲鳴に驚いて慌てて振り返ると、コウモリの羽を持つヘビの形の式神二体が、切子の左右の上腕にしっぽをそれぞれ巻きつかせて羽ばたき、切子を空高くに連れ去っていた。

 切子は鏡太朗に向かって必死に叫んだ。

「鏡太朗さあああああああああんっ!」

「切子ちゃん!」

 鏡太朗は龍雷を拾うと、空を飛んで連れ去られる切子を追って一目散に走り出した。


 切子を追って龍雷を引きずりながら走る鏡太朗の左上方に、切子と同じように両上腕に二体の式神のしっぽを巻きつかせて飛ぶ咒恨(じゅこん)が姿を現した。

「やぁ、君、頑張って走ってるね〜。若者が走る姿には青春を感じるよ〜。うん、うん! じゃあ、俺は先に行ってるから早くおいでよ〜。早くこないと、お友達が死んじゃうよ〜」

 咒恨(じゅこん)は笑顔でそう言い残して鏡太朗を追い抜くと、切子を追って飛んで行った。

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 鏡太朗は切子を追って必死に走り続けた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 鏡太朗は息を切らして足を止めた。鏡太朗の目の前には、幅が百メートルほどの緩やかな流れの川が広がっており、切子は川の中央部で胸の下まで水に浸かり、その両上腕をしっぽで捕えた二体の式神が、切子の左右の上方で羽ばたいて滞空していた。

 切子から三十メートル下流には、両上腕に式神のしっぽを巻きつかせた咒恨(じゅこん)が、式神の羽ばたきによって足の裏と水面の距離が三十センチの位置で滞空していた。

 咒恨(じゅこん)が嬉しそうな笑顔で鏡太朗に言った。

「君、もの凄く早く着いたね〜。いやぁ〜、びっくりしたよ〜。やっぱり、若いっていうのはいいな〜。ますます君の体が欲しくなったよ〜。

 これから俺はね〜、君のお友達を捕まえている二体の式神に、左右の反対方向に全力で飛ぶように命じようと思うんだよ〜。君のお友達はどうなっちゃうかな〜。まず両肩が脱臼するだろうね〜。その後はきっと両腕が引きちぎれちゃうよ。可哀想だよね〜」

 鏡太朗は激高して叫んだ。

「あんたの狙いは俺の体だろーっ! 切子ちゃんを放せーっ!」

 咒恨(じゅこん)は温和な笑顔を浮かべた。

「だってさ〜」

 咒恨(じゅこん)の目が冷たい光を放った。

「こうすることが、とっても楽しいのさ〜」

 鏡太朗は自分の中で激しい怒りが一気に爆発するのを感じた。

「おまええええええええええええええええええええっ!」

 鏡太朗は怒り心頭に発して、川に向かって走り出した。

「はっ!」

 川に足を入れる直前、鏡太朗は何かに気づいて足を止めた。

 咒恨(じゅこん)が驚いて鏡太朗に言った。

「君、頭に血が上っているのに、よく気がついたね〜。びっくりしたよ」

 鏡太朗は自分の背後の地面を振り返った。そこには鏡太朗が右手に握った霹靂之(へきれきの)大麻(おおぬさ)の先の長さ六メートルの縄状の雷である龍雷が、小石だらけの河原の上に長く伸びていた。

『このまま川に入っていたら、龍雷から川の水に電流が流れて、切子ちゃんも、俺もただでは済まなかった! 水の中では雷の術が遣えないんだ! しかも、川の中を進むと、水の抵抗と川の流れが邪魔して切子ちゃんの場所まで移動するのは相当時間がかかる。空を飛ぶあいつとあの式神は、水の抵抗と川の流れの影響を受けずに素早く移動できる。どうしたらいいんだ……?』

 鏡太朗は霹靂之大麻(へきれのおおぬさ)を握り締めて、苦渋の表情を浮かべていた。


「手拭いよ。我が咒靈力(じゅれいりょく)により、咒(のろ)いの式神として我に仕えよ」

 咒恨(じゅこん)の声を聞いた鏡太朗が顔を上げると、水面の上で滞空する咒恨(じゅこん)が両手で構えたショットガンを鏡太朗に向けており、そのショットガンの銃口はヘビの頭になっていた。

「ショットガンに見えるこれは、俺がつくった式神だよ〜。使い方を教えてあげるね〜」

 咒恨(じゅこん)がショットガンの引き金を引くと、その先端のヘビの頭の口から闇でできた弾丸が発射され、肉眼では見えないスピードで鏡太朗の胸に命中した。胸に当たった弾丸は何本もの闇の雷になって鏡太朗の全身を駆け巡り、鏡太朗は全身を激痛に襲われて絶叫した。

「があああああああああああああああああああああっ!」

「鏡太朗さあああああああああん!」

 川の中から切子が泣きながら叫び、闇の雷が消えた時には、鏡太朗は左手と右膝を地面について肩で息をしていた。

 咒恨(じゅこん)がニッコリ笑いながら楽しそうに言った。

「君〜! 咒靈力(じゅれいりょく)の塊が雷みたいに体中を走って、体がバラバラになったかと思うくらいの激しい痛みだっただろう? 可哀想にね〜。次は、君のお友達にもこれを体験してもらうよ〜。何発当たったら、ショック死しちゃうかな〜? じゃあ、五つ数えたら撃っちゃうからね〜。い〜ち」

 咒恨(じゅこん)は嬉々として切子にショットガンを向けた。

「やめろ……。やめてくれ……」

 鏡太朗は体を震わせて咒恨(じゅこん)に懇願した。

「に〜い」

 咒恨(じゅこん)は切子に向けてショットガンの狙いを定めた。

「さ〜ん」

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 蔵の中では、咒(のろ)いの淚尽(ナツ)が闇と咒(のろ)いの槍を構えて、赤く光る瞳でまふゆを睨んでいた。

「行くぞ!」

 咒(のろ)いの淚尽(ナツ)は一気にまふゆの前に飛び込んで槍の間合いに入ると、闇と咒(のろ)いの槍の連続突きを放った。まふゆは右足を後ろに引いて、氷結之薙刀で槍の連続突きを払った。

『ナツの槍の突きがいつも以上に鋭い! これが呪いの力の威力なの? いや、違う! 殺気だ! 一突き一突きに、本気であたしを殺そうとする殺意が込められているからだ! ナツは本気であたしを殺す気だ! あたしに迷いがあると、確実に殺られる!』

 まふゆの頬に冷や汗が流れた。まふゆは氷結之薙刀を立てると、少し後ろに振りかぶったような構えをとった。その表情には、兄と闘う覚悟が現れていた。

『ナツを元に戻すことは、後で考えるんだ。今は、ナツと闘って倒す以外に道はないんだ!』

 まふゆと咒(のろ)いの淚尽(ナツ)から離れた場所に立つ神子(みこ)が、ニヤリと笑った。

「妹も攻撃の構えをとった。二人とも、本気でぶつかり合うがよい。咒(のろ)いの淚尽(ナツ)が咒靈力(じゅれいりょく)を込めて闘えば闘うほど、奴は咒(のろ)いに心も体も絡め取られて咒《のろ》いの沼に沈んでいき、抜け出すことができなくなるのだ」

 神子(みこ)の右隣で宙に浮く怨咒(えんじゅ)が、神子(みこ)に言った。

「神子(みこ)様。恐れながら、進言させていただくことをお許しくださいませ。このまま神伝霊術遣いの女が二人とも死ぬことがあれば、本来の目的である神子(みこ)様の憑代(よりしろ)を失うことになりますわ」

「構わぬ。確かに、このような膨大な咒靈力(じゅれいりょく)に耐え得る体とは滅多に出会えぬ。失ってしまうのは、とても惜しい。

 しかし、余の今の体も、これまでに使ってきた多くの体も、この二人ほど膨大な咒靈力(じゅれいりょく)に耐え得るような憑代(よりしろ)ではなかったが、余の内にこの咒(のろ)いの式神の惨狂(さんきょう)を秘すことにより、惨狂(さんきょう)の力を借りて膨大な咒靈力(じゅれいりょく)を扱ってきた。この者たちの体を失ったとて、これまでと同じ状況が続くのみ。

 それよりも今は、二千余年もの間成し遂げられなかった余の新たな持ち駒を手に入れることを最優先させるのだ」

 神子(みこ)は満足げな笑顔を見せた。その左側には半透明で長身の式神、惨狂(さんきょう)が立っており、笑ったかのようにその横顔の口角を上げた。


「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! その御力(みちから)を宿し給え!」

 もみじが身構えたまま稲妻之帯を消し去り、雷の神様に呼びかけて術を発動させようとした時、咒嗟(じゅさ)が風のような速さでもみじに向かって駆け寄り、右手に持った打刀(うちがたな)で連続突きを放ってきた。

『こいつ、動きが速い!』

 もみじは足捌きで斜め後ろに後退して咒嗟(じゅさ)の攻撃をかわすと、目の前の空間にジグザグの模様を描いたが、その瞬間、咒嗟(じゅさ)の背後で武器を構えて対峙するまふゆとナツの姿が視界に入り、目を見開いた。

『まふゆ! ナツ! 蔵の中で雷を放つと、あいつらに当たるかもしれねぇ!』

 もみじは術の発動を止めると、自分が衝撃波で大破させた壁の穴から外へ駆け出て行った。咒嗟(じゅさ)は床に落ちていた脇差を左手で拾い上げて走り出すと、もみじを追って蔵の外へ出て行った。


 もみじは蔵から少し離れた暗い広場に立ち、蔵から駆け寄ってくる咒嗟(じゅさ)を待ち構えていた。

「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! その御力(みちから)を宿し給え! 一条之稲妻ああああああああっ!」

 もみじは右手の人差し指と中指でジグザグの模様を描き、右掌を突き出して雷を放射した。雷は一瞬で大小の刀を手にして迫る咒嗟(じゅさ)の全身を包んだ。

「な、何だと?」

 驚くもみじの目に映っていたのは、雷に包まれても平然として、大小の刀を持って自分目がけてもの凄いスピードで突進する咒嗟(じゅさ)の姿だった。

 咒嗟(じゅさ)は瞬く間にもみじのすぐ目の前まで到達し、大小の刀で突きと斬撃を連続して繰り出し、もみじは愕然とした表情のまま足捌きで攻撃をかわした。

 咒嗟(じゅさ)は立ち止まると、もみじに向かって甲高い声で言った。

「此方(こなた)の体は死体。どんな痛みも、苦しみも、感じることなどないのだ。そして、この死体に施された神子(みこ)様の術には、死体の腐敗を防ぐとともに、死体であるこの体が防具となり、魂を雷から護る力もあるぞよ。

 さらに、この体を動かしているのは神経と筋肉ではなく、此方(こなた)の霊体であるぞよ。よって、この体をどれだけ損傷させようと、此方(こなた)の動きを止めることなど叶わぬのだ」

 もみじは咒嗟(じゅさ)の言葉に愕然とし、その表情には強い緊張が現れていた。

『不死身、いや、すでに死んでいる奴なんて、どうやったら倒せるんだよ? しかも、こいつの刀は掠っただけで相手の命を奪うことができる』

「さぁ、行くぞよ!」

 咒嗟(じゅさ)は凄まじい勢いでもみじに向かって突進すると、再び大小の刀の攻撃を連続して繰り出し、もみじは必死に足捌きでそれをかわした。もみじは隙を突いて咒嗟(じゅさ)の右膝を正面から右足で踏みつけ、咒嗟(じゅさ)の右膝は伸び切った後に関節が砕け、反対側に折れ曲がった。

 もみじは罪悪感で胸の痛みを感じながら、咒嗟(じゅさ)に言った。

「悪(わり)いが、膝を砕かせてもらった。こんな技を使うなんて胸がいてぇが……」

 もみじは言葉の途中で驚愕し、目を見張った。

 咒嗟(じゅさ)は無表情の死体の顔のまま、膝が折れた右脚で何事もなかったかのように平然と歩いていた。唐突に、咒嗟(じゅさ)はさっきと変わらないスピードでもみじに向かって突進し、再び大小の刀で連続攻撃を放った。

『こ、こいつ、膝関節が砕けているのに、さっきと同じスピードで動いてやがる。霊体が体を動かしているとは言え、人体の構造的に、物理的に、こんなの不可能じゃねーのかよ? こいつの体は狂ってやがる! こんな奴を倒す方法なんてあるのか? こいつは生き物じゃねぇ……。生と死の境目を体験しないまま悪霊に堕ちたんだ……』

 もみじは自分が追い詰められていることを悟りながら、咒嗟(じゅさ)の大小の刀の攻撃を避け続けた。


「やあああああああああああああああああああああああっ!」

「死ねええええええええええええええええええええええっ!」

 まふゆと咒(のろ)いの淚尽(ナツ)は、高速で氷結之薙刀と闇と咒(のろ)いの槍を振るい、激しい攻防を続けた。

 まふゆは一瞬の隙を突いて、氷結之薙刀で咒(のろ)いの淚尽(ナツ)の脛を狙った。

「やああああああああああああああ……、え?」

 目を見張ったまふゆの視線の先では、咒(のろ)いの淚尽(ナツ)が右膝をついて身を低くし、赤く光る縞がある黒い左手首で氷結之薙刀の穂先を受けており、穂先は粉々に砕け散っていた。穂先を包んでいた青白い炎が咒(のろ)いの淚尽(ナツ)の左前腕に燃え移ったが、青白い炎は左腕に広がることも、凍らせることもなく、すぐに消え去った。

「ナ、ナツ……。そ、その左腕は一体何なの?」

 まふゆは信じられないものを見ているように、愕然とした表情を浮かべていたが、すぐに気持ちを切り替えると、穂先が破壊された氷結之薙刀を消し去って叫んだ。

「古より時節の移ろいを司る青朱白玄之尊《しょうすはくげんのみこと》よ! その御力(みちから)を宿し給え! 氷柱之槍!」

 まふゆの左右の掌から玄色の光が放射され、咒(のろ)いの淚尽(ナツ)の前後の床に命中して二メートル四方の氷塊になり、氷塊から咒(のろ)いの淚尽(ナツ)に向かって合計十本のつららが伸びたが、咒(のろ)いの淚尽(ナツ)が左の前腕でつららを次々に受け止め、全てのつららを粉砕した。

 まふゆは続けて六華《りっか》之嵐を遣い、当たったものを切り裂く雪の結晶を十枚同時に飛ばしたが、全ての雪の結晶は咒《のろ》いの淚尽(ナツ)の左の掌で防がれて砕け散り、次にまふゆが右手の人差し指と中指から発射した凍結之玄光の玄色の光線も、咒(のろ)いの淚尽(ナツ)が左掌で防ぎ、何一つ凍らせることなく消え去った。

「古より時節の移ろいを司る青朱白玄之尊《しょうすはくげんのみこと》よ! その御力(みちから)を宿し給え! 氷結之大地!」

 まふゆの指先から放射された玄色の光で、咒(のろ)いの淚尽(ナツ)から半径十五メートルの床が滑らかな氷で覆われ、蔵の中央で燃えていた炎が氷によって瞬く間に小さくなった。しかし、咒(のろ)いの淚尽(ナツ)が左の拳を足元に叩き込んで氷ごと床をぶち抜くと、その拳から赤い光がまだらに入り混じった闇が広がって氷を覆い、氷を消滅させて消え去った。


「そ、そんな……。あたしとナツは、術も武器の扱いも互角だったのに……、あたしの術が全く通用しない……。お、お前……、本当にナツなのか?」

「そうだ。俺はもうナツじゃない。俺は咒(のろ)いの淚尽(ナツ)に生まれ変わったんだ。これでわかっただろう? お前は今ここで俺に殺されるんだ」

 咒(のろ)いの淚尽(ナツ)は、見た者を凍りつかせるような冷たい笑みを浮かべた。

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