♰♰♰ 救世主は女神さまっ ♰♰♰
高畑は出来すぎた人生だった。
マンション暮らしの中流で平凡な夫婦から生まれたのは将来が約束されているかのような恵まれた容姿の赤ん坊だった。
だが、けして自分の容姿で自惚れずに成長していき、恋を知ると近所の幼馴染と付き合うようになり、性格もかなり良かった。良識のあると言われてた子でも集団で生活していくうちに集団の波に流されて集団から外れた丸之内のような存在を影で笑い、距離を取るようになるが、高畑にある良識は集団にも流されず、頑固として丸之内に対しても自分を敵視している人間に対しても友人並みに接した。
感謝の言葉も出ない人間や恩を仇で返すような人間もいるが、高畑は自分の良識を捻じ曲げるような事はけしてしなかった。時には普通に人に優しく接しただけで自分に気があるのではないかととんでもない誤解をされた事がいくつもあるが、高畑は人として充実した18年間を過ごしてきた。
黒川は自分がよく知っている友人が嘘のように変わり果てた姿に驚いてすっかり腰が抜けてしまった。
「そりゃないだろ神様・・・・・・」
黒川の後ろから来た上社も変わり果てた友達の姿に驚いた。黒川と上社が戸惑っている間にも高畑の後ろから二匹の女子生徒と一匹の男子生徒のゾンビが現れてきた。皆を救いに行こうとして逆に自分達がピンチになってしまった。しかも相手はゾンビになったとしてもかつての友人なのだ。
友人に手をあげるなんて黒川にはとてもできやしない。すっかり腰が引けてしまった黒川は上社に自分はどうすればいいのかを求めた。
「上社、助け・・・・って逃げているじゃないかっっっ!!!!!」
上社は黒川を置いて一目散に反対方向へと逃げて行った。
「さっきは俺の事を友達だと言ってただろぉぉぉー!!!!」
「もう君の友達はやめたっ~!!!!」
上社は振り返えらずに黒川を一人置いて一目散に逃げて行った。
「友情が5分も持たなかったな・・・ま、上社と友情が5分も持てばマシな方か。」
そうこうしている間にゾンビとなった高畑が両腕を伸ばしてきて今にも黒川に手が触れそうな所までやって来ていた。
「うわああああああああ!!!まだ死にたくなぁーい!!彼女もいた事がないし!まだ童貞を捨ててもいないのにっーーー!!!!!」
黒川には抵抗する力もなく、なす術もなく、ゾンビ達に囲まれ、逃げ道を失い、唯一出来る事と言えば自分の惨めな人生を泣き叫び神の力に頼る以外に道はなかった。
「神様!どうかこの年でいまだに童貞で彼女もいない俺をあわれんでお慈悲をっ!助けてくれないのならせめて死ぬ時くらいは楽に死なせてください!」
なんておこがましい奴。
日頃から神様も仏様もご先祖様も拝んだ事がない罰当たりな奴がいざと言う時に限って神様に頼るなんて。今の文明時代で目に見えない神様を信じている人がいるのはきっと文明社会でさえも救われない事があるからからなのだろう。
俺もこうなる前は誰も見たことがない神様のために1000年以上も血を流す戦いをしている連中の事を馬鹿にし続けていた。それなのにいざ自分の力ではどうにもならない時が起きた途端、神様にすがってしまうものだ。なんておこがましい奴。残念ながら我々が思い描いている都合のいい風に動いてくれる神様は存在しない。きっと我々が抱いている神様の正体は自分達に残されていた唯一の希望の事だ。だから俺はここで高畑にやられて死ぬ。神様なんてこの世に存在しない。
だが、どうやら女神なら存在したようだ。
「あんた達が食べるモノは黒川じゃなくてコイツよ!」
女神の声が耳に届くと高畑がいきなり前に倒れてきて黒川の胸にもたれてきた。
「ひいっっっ!!!」
黒川は驚き慌てて高畑をどかした。最初は自分の身にいったい何が起きたのか理解できなかった。自分はもう死んだと確信したから。だが、顔をあげて目を開けてみると自分は生きている。目の前に自分を助けてくれた女神の正体がぼんやりと浮かんで見えてきた。左手に消火器、右手には消化器のホースを持った髪が長い女の子の姿が見える。
「じ、神宮西?」
神宮西明美はどうやら高畑の背後から消火器で高畑の頭を殴りつけて、黒川のピンチを救ってくれたようだ。
「黒川・・・さっきはさらりととんでもない事を暴露したわね。全部、聴いちゃったけど聴いてなかった事にしといてあげる。ま、今はそんな事はどうでもいっか。えいっ!えいっえいっえいっ!」
神宮西は倒れた高畑に対して容赦なく消火器で何度も殴りつけていた。
「神宮西っ!もういいから!俺に彼女がいなくて童貞な事を聴かれてもいいっ!だがらもう高畑を許してやってくれ!俺らの友達だったわけだし。女の子が好きなイケメン顔を叩いちゃいかんだろ?」
「だってもうイケメンじゃない。」
黒川は高畑の顔を見た。たしかに高畑の顔はかつてのイケメンの面影は残してあるものの腐った顔になってしまった。神宮西は尚も攻撃を続けた。それを見た黒川は女の子の心の変化に違う意味で全身がぞっと震えた。
「いま女の子の闇を知った。ゾンビよりも深い闇だ・・・・・・」
友人がいきなりゾンビに変わって自分を襲ってくるのも恐ろしいが、イケメンじゃなくなった途端に女の子の見る目の変わり用も恐ろしかった。まるでアイドルが結婚した後でアイドルを逆恨みするアイドルファンの女の子の反動のようだ。
「ゾンビより人間の方が恐ろしいってロメロが言いたかった事はこの事だったのか。」
「ところで神宮西君。どうして君がここにいるのだ?」
突如、自分の背後から声が聴こえて驚いた黒川は後ろを振り向いた。するとそこには黒川を置いて自分だけ逃げ出した上社がちゃっかり黒川の所まで戻ってきていたのだ。
「上社こそ今まで友達を見捨てて何処に逃げていた!」
「黒川を助ける為に助走をつけてゾンビに飛び蹴りを喰らわそうと廊下の突き当たりまで走っていただけだ。」
「遠すぎるだろっ!」
「まぁまぁ、今は神宮西くんの心配でもしたらどうだ?」
上社に言われて神宮西がいる方を向いた。すると高畑を攻撃中の神宮西の背後から両腕を垂直に伸ばし神宮西を狙って襲おうとしている女子生徒のゾンビがいた。
「神宮西ッッッ!!!危ない!!」
黒川が警告を言い終えるよりも早く神宮西は自分を襲おうとしている女子高生ゾンビの顔に向けて後ろ向きにエルボーを喰らわした。黒川と上社は驚きのあまり声さえ出なかった。
だが、その隙を狙ってもう一匹の女子生徒のゾンビが横から神宮西を襲いにかかった。神宮西は消火器のレバーを握って白い煙を女子高生ゾンビに浴びせさせた。ゾンビが煙で前が見えていない間に神宮西は素早い動作で自分を襲いに来た女子高生ゾンビの頭に消火器で殴りつけ、ゾンビは目が飛び出すくらいひどく頭が潰れてその場に倒れた。
煙が晴れた頃、神宮西の足元には3匹のゾンビが倒れているのが見えた。これで残るゾンビは男子生徒ゾンビの1匹だけとなった。
最後の一匹は距離を置いて神宮西を襲おうか、逃げようかその場に躊躇していたが、意を決して神宮西に立ち向かっていった。神宮西は消火器のレバーを煙が途切れないように何度も押した。ゾンビが煙に押されて後ろに追い込まれて壁に激突した。気がつけば周りが白い煙に包まれ、いきなり自分の腹に硬いものが当たった。ゾンビは目を下ろすと消火器が腹に当たっている。そして顔をあげようとしたらいきなり顎を掴まれて口の前には消火器の噴出口があった。白い煙が晴れると目の前に鬼の顔が浮かびあがった。
「そんなにコイツが欲しいの?ならあげる。」
神宮西がゾンビにそう言うとレバーを握り、噴出口から霧が大量にゾンビの口の中へと噴出した。ゾンビの口の中は白い泡で埋め尽くされて苦しそうにもがいているのにもかかわらず神宮西は止める気配がない。
「おかわりは沢山ある。」
そしてついにゾンビが口からではなく、鼻も両耳も毛穴も穴という穴から白い泡が出てくるとついにゾンビはくたばった。
神宮西は消火器のレバーを離した。上社はすっかり恐縮していた。ゾンビではなく神宮西に。人数が多かったゾンビ達はあっけなく倒され、少し余裕が出来ると黒川はまだ化物の姿から解放されていない高畑の前に近寄った。
「もう、友達だった頃のようには戻れないのだな・・・」
神宮西が消火器を高く持ち上げて高畑に最後のトドメをさそうとした。だが、横から黒川の手が神宮西の前に出て阻止した。
「待ってくれ、神宮西。」
「私達にはもう待つ時間も残されてない。」
「わかっている。俺が言いたいのはつまり・・・・俺に殺らせてくれ。」
黒川の言葉を理解した神宮西は手に持っている消火器を黒川に手渡した。黒川は神宮西から消火器を受け取るとそれを高く持ち上げて友人を化物の姿から解放してあげた。顔に飛び散った高畑の血をふいているのか黒川は片腕で何度も自分の顔を拭いていた。
「・・・・行こう。奴らが追っかけに来ている。」
神宮西は黒川達が来た道を指した。神宮西が指した先には5匹のゾンビ達がとろとろと遅い足取りではあるが餌がいるこっちへと向かっていた。
「そうだな。神宮西くん。俺達は今、放送室に向かっている。」
神宮西が不思議そうな顔をして上社を見た。
「なんで放送室なんかに行くの?」
「ゾンビに負けない勇敢な仲間を探しに行くのさ。」




