♰♰♰ ~新世界より~ ♰♰♰
あれから一ヶ月がたった。
この一ヶ月でいろんな出来事が現代では手の平の小さな画面に全て収まってしまう。アナウンサーがこの一ヶ月の出来事を言葉でまとめようとしているのだが、黒川達にとってこの一ヶ月で起こった出来事は今のテクノロジーでさえも収めきれない。心ほどの広いスペースではないと収めきれない。
揺れ動く電車の中で黒川は片手をあげて吊革を掴みながらもう片方の手に持っているスマホの画面を覗いていた。
学校に通っていた時と比べて髪が少し伸び、色も少し明るく染め、ワックスで軽く髪を立たせていた。オタクだった少年がいきなりおしゃれに目覚めたばかりのように自分に似合うかっこよさを極めるよりも自分がかっこいいと思うモデルを真似をしてすべっているかのようだ。
黒川の腕にしがみつきながら黒川のスマホの画面を覗いて笑っている神宮西の髪型は高校の時と依然と変わらないが、茶色のグラデーションに髪を染めて、耳にイヤリングをつけた。2人の服装はもう学校の制服ではなく私服を来ていた。
小さな画面の中にバレンタインデー撲滅委員会の総裁らしき人物が映っていた。
前回にいた総裁の後ろにいた2人の部下は他の事に手が回っていて忙しいのか今回はいなかった。何かが壊れる激しい音と銃弾らしき音が激しく飛び散っている中で総裁はマイクの前で演説を初めた。
『かつて、我々の敵対者は我らに迫害を加え、結果として我々の望まない要素を我が委員会から取り除いた。そして現在、我々は自身をさらに詳しく調べ上げ、望まない悪しきものを取り除かなければならないのであり、悪しきものの居場所は我々の中には無いのだ!こらっ!何をするッー!!吾輩は総裁だぞっ!!!総裁に対して無礼だっ!!』
いきなり画面に4人ほどの自衛隊が出てくると2人の自衛隊員が総裁の両腕を掴んで無理やり総裁を画面から引きずり離した。自分が画面から消えた後でも総裁の演説はまだ続いていた。
『この国家とこのバレンタインデー撲滅委員会が、今後何千年にもわたって存続し続ける事は願いであり意思であるッッ!意思の勝利ダッッ!!!!』
総裁はまるで画面の向こう側にいる次世代のバレンタインデー撲滅委員会の意思を次ぐ者達に迎えて最後の演説を告げた。
「最後までヒトラーのぱくりだったな。」
一ヶ月前まではなんでこんな奴らのせいで自分達がひどい目にあわなきゃならないのだと思っていたが、今までにない時の速さが今じゃあ笑い話になっていた。
画面は変わり見た目は可愛いだけの女子アナウンサーが手元にあるカンペを何度も何度も除きながら近況を報告していた。
『え、ええっーと、次のニュースは今日の未明、幼稚園でまたもや謎の<ゾンビハンター>と名乗る男女二人組の自警団が現れた模様です!』
画面がスタジオから事件が起きた現場の幼稚園に切り替わると幼稚園のグランドが映し出されてインタビューを受けた男の子の幼稚園児とマイクの先の部分が映し出された。
男児の背後では回転ジャングルジムの中に複数のゾンビが入っており、十数人の幼稚園児たちの遊びの延長で回転ジャングルジムを回されている。黄色い帽子に水色の制服を着た可愛らしいインタビューを受けた男の子は下手な女子アナよりも立派な答えが返ってきた。
『ぼくも大人になったらりっぱな<ゾンビーハンター>になるぅ!』
黒川と神宮西は大笑いした。
映像はCMに変わると化粧品や食品などのスポンサーの宣伝が終わると通販番組の宣伝が始まり、スーツ姿の甲高い声の男が大声で宣伝を始めた。
『ゾンビ、幽霊、宇宙人に常日頃から悩まされているそんな貴方ッッ!!とぉぉぉっておきの商品を教えちゃおう!今、話題のヘルメットを被るともぉーう貴方はゾンビに悩まされる心配はなくなっちゃう!』
そして映像はヘルメットの使用者のインタビューに変わり、いかにも中学生くらいの思春期の女の子がヘルメットを被って歩きながら現れてきて言った。
『このヘルメットをかぶったおかげでニキビが治りました!』
画面が変わると大学生くらいの女性が隣の同じくヘルメットを被ったかっこいい男性の腕に頭を持たれながら言った。
『このヘルメットを被った一週間後に今まで妄想の中でしか彼氏ができなかった私にも3次元のイケメン彼氏が出来ました!』
次にヘルメットをかぶった70代くらいの老女が元気そうに言った。
『このヘルメットをかぶってから30年も悩まされた腰痛が治りおった!』
様々な使用者のインタビューの後に開発者が現れてきた。黒川と神宮西はその姿に見覚えがあった。
『こんにちはヘルメット開発者の上社です。このヘルメットさえかぶっていれば女性でも暗い夜道でも安心して一人で歩く事ができます。それにニキビが治った。恋人ができたなど様々な効果などが・・・』
二人は一ヶ月前の笑顔も忘れた惨劇が嘘のように充実した笑みを浮かべていた。
だが、そろそろ二人の笑顔を終わらせる客人達が前と後ろの車両からぞろぞろと集まって二人に近づいて来た。
自分の身に危機が迫っている事に気がついた神宮西は黒川の腕を叩くと指を指してゾンビが前と後ろの車両にいる事を教えた。
黒川と神宮西はお互いに顔を見合わせると依然のように表情に怯えている様子はなく、黒川はまるで慣れてきた動作のようにリュックからはみ出している金属バットを取り出した。
神宮西はズボンのポケットから小型のナイフを取り出した。先生や周りの大人達の支持をきかないと何もできなかった一ヶ月前の子供だった自分達と比べて今の黒川と神宮西にはもう迷わない。
高校を出て以来、皆はそれぞれの道を歩み始めていた。二度と顔を見合わせない友もいるし、大人になって変わってしまった友がいる。もう、毎日顔を見合わせていたあの頃には戻れないだろう。だが、大人なると子供の時よりも遥かに多い困難に直面した拍子にふと過去で困難を乗り越えられた時があったのだと思い出す。
電車のアナウンスが鳴った。
『もうすぐ終点~~~~駅~~~~』
電車の中はこれから暖かくなる陽気な日差しが指していた。春は近い。




