第92話 豊作丼大食い奉納
カエデの姉・ボタンから艶紅を託されたレヴィード達は東へ向けて3日程進んでいると、稲穂が実る田園の向こう側からブオオオォォという法螺貝を吹く音が耳に入った。
「あの村からですね」
「あそこの村って何があるんです?」
「あそこは鬼人種の村、キガンですぜ」
「鬼人種…」
鬼人種とは大柄の肉体を有する種族で、レヴィード達が道中で出会ったのは勇者武芸大会で会ったドンボーゼだけである。それもその筈、鬼人種は生まれた土地に骨を埋めて死ぬと言われるほど郷土愛が強く、一度住み着いた地を離れようとはしない種族なのだ。ドンボーゼのように故郷を離れて旅をするのはかなりの変わり者と言える。
「この時期だときっと豊作祭に違いありやせん。行ってみやしょう」
キチマルを先頭にレヴィード達は田園の畦道を通ってキガンに向かった。
1時間もしない内にレヴィード達はキガンに到着した。キチマルの言う通り村はお祭ムード一色で家々の間に提灯が連なってぶら下がり、村の広場から楽しそうな笑い声が響く。
「おや、冒険者さんかい?」
レヴィード達に声を掛けたのは鬼人種のおばさんであった。しかし鬼人種だけあって女性とはいえどティップと同等くらいのガッシリした体格である。
「はい。そうです」
「そりゃあ良い日に来たね。今は豊作祭の真っ最中であとちょっとでメインイベントだよ」
「メインイベント?」
「そこの熊の兄ちゃんならイイ線いくんじゃないかい?飛び入り参加も良いから寄ってきなよ」
「んん?」
おばさんに肩を叩かれたティップは何で?という疑問の顔を浮かべる。
「何があるか分からないけど、祭だしそんなに危険ではないだろうから良いんじゃないかい?」
「そっかなぁ…」
ティップは不安に思いながらもレヴィードに促されて、とりあえずはメインイベントがあるらしい広場に向かった。
「いけ!そこだ!押し出せ!」
「踏ん張れ!」
広場には鬼人種の群衆が集まって歓声を挙げていた。
「何をやってるんだろ?」
レヴィード達が見ると、褌しか着けていないほぼ全裸の屈強な鬼人種の男性二人が土を盛った舞台の上で体をぶつけ合っていた。
「…これは一体」
レヴィード達、特に女性達は変な趣味の集団なのではと軽蔑する眼差しで見る。その視線を感じてか、キチマルは説明を始めた。
「いやいや。あれはヤトマ伝統の競技、スモーになりやす」
「競技?じゃあ、あれってスポーツ何ですか?」
「へい。起源は神様への祈りの儀式の一環でしてね、今ではヤトマの漢同士の勝負と言えばスモーという程普及しまして、景気付けにやる事が多いんですよ」
「へぇ~」
「まぁ、他の大陸では見られない光景でしょうから珍妙に見えるかもしれやせんが、ヤトマに生きる者にとっては心に根付いたものなんでさぁ」
「はい…」
少し引いた目で見たレヴィード達は無知を恥じて俯いた。
「それにしても、そろそろ始まるイベントってこれじゃないですよね。もうやってますし」
「そうだな…。ん、あれは看板か?」
ラティスが目にした看板には豊作祭で行われる企画が時間毎に記されていた。
「スモーの後だと…豊作丼大食い奉納?」
不思議な文言にレヴィード達が首を傾げていると鬼人種の男性が話しかけてきた。
「おや、旅人さん。もしかして大食い奉納やるのかい?」
「大食い奉納?」
「ああ。こーんなでっかい器に盛られた丼飯を食い尽くすんだ。その食いっぷりで土地を豊作にしてくれた神様に感謝の意を示して、来年の豊作も祈願するんだよ」
「へぇ」
「その熊の兄ちゃんなら良い食いっぷりになりそうだ。出るならあっちの受付だぜ」
鬼人種の男性は言うだけ言って立ち去った。
「で、どうするティップ?」
「…せっかくだし、お金が掛からねぇならやってみようかなぁ」
「おし!それなら善は急げだ。参りやしょう」
レヴィード達は豊作丼大食い奉納に出るべくイベントの受付であるテントに行って受付の鬼人種の女性に早速参加を申し込んだ。
「旅人さんが参加するのは久々だねぇ。でも困ったねぇ」
「困ったとは?」
「ここ数年旅人さんの参加が無くてねぇ。あと1人欲しいところだけど…」
受付の女性がレヴィード達を見渡すが、ティップ以外は細身のメンバーばかりでとても大食いは出来そうにないなと少々ガッカリした様子だった。
「進言。ワタシが出場します」
その中でなんとソシアスが名乗り出た。
「ダークエルフの嬢ちゃんがかい?ん~まぁ、挑戦するのは悪くないさね。頑張りなよ。…あらやだペンのインク切れてるじゃない。ちょっと待っててね」
受付の女性はソシアスを励ましながら一旦受付から離れた。
「ソシアス、急にどうしたの?」
「解答。ティップと共に出場すれば優勝する可能性が高まると判断しました」
「一人で挑むよりかはそうだとは思うけど…。言っとくけど魔法でズルしちゃダメだよ?話によれば一種の神事みたいなイベントだし」
「了承。ルール違反をする気はありません」
ソシアスは無表情だがその態度は明らかにやる気に満ちたものだった。
「おいおい大丈夫かよ」
後ろから嘲笑うようにレヴィード達に声を掛けてきたのは村の若者と思われる鬼人種2人組であった。よく見れば先程スモーで戦っていた2人で、近くで見るとティップよりも一回りも大きい体格である。
「豊作丼はなまっちょろい量じゃないぜ?」
「御忠告どうも。まぁ、祭ですし気楽に参りましょうよ」
「ふんっ。楽しみにしてるぜ」
鬼人種2人組はレヴィード達を睨みながら立ち去っていった。
「あんな嫌味っぽい人もいるんですね」
「まぁ、人だろうが何だろうが全員善人ってことはないだろうさ」
「あー、あの兄弟ねぇ」
先程のやり取りを見てたのか、戻ってきた受付の女性が2人組についてレヴィード達に教えてくれた。
「あれはライモン兄弟って言ってね、この村一番のスモーの選手さ。ここ数年の間の大食い奉納もあの兄弟が優勝を独占していてねぇ。できれば旅人さん達に勝ってもらってマンネリを解消して欲しいねぇ」
(オラ、大丈夫かな…)
「…」
受付の女性から聞かされたライモン兄弟の実力にティップもソシアスも決意を新たにし、参加名簿にペンを走らせた。
豊作丼大食い奉納はおよそ30分後に行われた。ライモン兄弟とティップ、ソシアス、それと村の鬼人種の若者3名が出場し、それぞれに椅子とテーブルが用意されて横一直線に並ぶ。
「ティップ、ソシアス!頑張って!」
「ファイト!」
レヴィード達が声援を送っていると司会である中年の鬼人種が前に出てきた。
「えー、それでは皆様お待たせしました。これより豊作丼大食い奉納を執り行います。それでは出場者を紹介致します。まずは昨年度の優勝のファッテスと準優勝のジワンのライモン兄弟!」
兄のファッテスと弟のジワンが名前を呼ばれると自身の大きさを見せつけるようにフロントダブルバイセップスのポージングを取る。
「続きましては久々の旅の方の飛び入り参加。ティップさんとソシアスさんです!」
一方のティップは控えめに頭を下げ、ソシアスは無反応で席に座ったままでいた。その後に他の参加者の名前も告げられていよいよ豊作丼の登場である。
「さぁ、今年の豊作丼はこれだ!出てこいやぁーっ!」
司会の号令と共に先程の受付の女性を含めて7人の鬼人種の女性が具材がはみ出した巨大な丼を抱えて参加者達の前に置いていく。
「…」
目の前に置かれた丼にティップは言葉を失った。
深さがある直径30cmぐらいの丼にまるで火山のようにキノコやタケノコなどの山菜や茄子や蓮根などの野菜の天ぷらが重なって聳え立ち、その麓に甘辛いタレを絡めた豚バラ炒めが茶色のマグマのように広がり、その下には丼に並々と盛られた白飯が覗いている。白飯・天ぷら・豚バラ炒めの内1つでも常人では食いきれない量であり、陸の幸の暴力とも言える豊作丼である。
「それでは時間無制限、美味しく無事に完食して下さい!よーい、始め!」
司会の合図で豊作丼大食い奉納の火蓋は切って落とされた。
「はふ、はふ」
やはり昨年の優勝と準優勝だだけあってライモン兄弟は猛然とレンゲで白飯と豚バラ炒めを掻き込んで口に運んでいく。それに追従するようにティップや他の参加者も追って掻き込む中、ソシアスはゆったりしたペースで天ぷらをサクサク食べ進めていた。
(あの嬢ちゃんは落ちたな。天ぷらからいけば油で胃もたれを起こしてペースが下がっていく。こうして間に挟みながら食うのが正解だ)
ジワンは横目でソシアスを見ながら勝ったと優越感に浸りながら悠々と食べ進める。
「さぁ序盤はやはりライモン兄弟優勢!それを追ってティップさんも食いついている!ソシアスさんはスロースタートと言ったところか!?」
司会が盛り上げる中、レヴィード達はじっとティップとソシアスを見守る。
「バグっ、もぐもぐ…っ!?」
「なっ!?」
現状1位と2位のライモン兄弟は豚バラ炒めをほとんど食べて白飯を掘り進めると驚きのあまりレンゲが止まった。
「今回の豊作丼は一味違います!なんと下に別の具材が層を成しているのです!」
ライモン兄弟が掘り当てたのは黄金のように艶がある卵に包まれた鶏肉、親子丼の層だったのだ。猛然と進んでいた途中に現れた伏兵にさすがのライモン兄弟もたじろぐ。
「ぐっ…んぐ」
白飯をテンポ良く削っていた中で突如現れたドロリとした濃厚な卵と程好い弾力の鶏もも肉によってライモン兄弟のペースは乱される。
(オラ、負けてらんねぇぞ!)
それを見てティップが追い上げる。
(熊の兄ちゃんやるな。だが負けられん!)
ファッテスはティップの奮起を見て負けじと親子丼の層をレンゲで掬っていく。
「出場者の皆さん苦しい表情をして参りましたが、なんと紅一点のソシアスさんは顔色を全く変えておりません!何事もないように天ぷらを食べ尽くし、ご飯を掘っていく!!」
参加者のほとんどは山盛りの天ぷらを半分削り、白飯掘って親子丼の層まで辿り着いたが、その頃には腹八分目はとうに超えてレンゲを止めて苦しそうにしている中、ソシアスだけは全くペースを崩さずに黙々と食べ続ける。
(あんな細っこい体の何処に!?)
先程ソシアスを侮っていたジワンは驚愕して、焦ってペースを早める。
(これは…牛丼!)
ジワンが親子丼の層を突き抜けて更に下に行くと薄茶色の肉の層が出てきた。薄く切られた牛のカルビとバラ肉と千切りのタマネギに醤油が染み、周囲の白飯にも旨味が伝播していた。
「くっ!」
ジワンは牛丼の層に取り掛かるが、一口食べるとすぐに水で流し込んでしまった。
「うぷっ…」
(ジワン!やはりタマネギはダメか…)
そう。ジワンが唯一苦手にしている食材こそタマネギなのだ。嫌いなタマネギの味を消すために水をガブ飲みするが、大食いにおいては腹が膨れてしまう悪手である。こうなってしまってはジワンは失速を余儀なくされる。
(ジワンがダメ…。他の連中もレンゲが止まる中、動いてるのは飛び入りの連中か。久々に燃えて来たぜ!)
自分と同等のペースで食べる追い上げるティップと、黙々と食べて正確なリズムで迫ってくるソシアス。ファッテスは飛び入りと冷やかした二人を強敵と見なして調子を上げていく。
「はふっ、はふっ、んぐ!」
「がふっ、はうっ!」
掻き込んでは一呼吸置き、掻き込んでは一呼吸置きとティップとファッテスの接戦に会場も盛り上がる。
「さぁ、ファッテスもティップさんも親子丼の層まで食べ尽くし、残すは底部分周辺のみ!」
「…!」
「ほげっ!?」
ファッテスとティップがとうとう掘りに掘って丼の最深部に到達した時、ツルンとした楕円形の宝珠のような物体が顔を出した。
「これが最後の難関!最大の鶏の品種、マコッケーの特大煮卵だ!」
豊作丼の大トリを務める煮卵は全部で3個、その1つ1つが一般的な鶏卵の大きめなサイズの1.5倍はあり、胃袋の限界を突破しかけているファッテスとティップにとってはもう何処に詰めれば良いか分からない代物である。
「ハァ…ハァ…」
「ハァ…ふんぐっ!」
ファッテスとティップが止まる中、先に煮卵に手を出したのはティップだった。1つを口に放り込むと4、5口咀嚼して呑み込む。
「…」
そのティップの横でソシアス最後のラッシュを仕掛けた。煮卵を掘り起こして先に食べ尽くすと丼を持ち上げた。
「な、なんとソシアスさん!特大丼を片手で持ち上げて口の中に流し込んで行く!なんという荒業!」
華奢な見た目のソシアスからは想像できない豪快な行動に会場は騒然とした。まるで川の水面を流れる花弁のように白飯がソシアスの口へ吸い込まれ、ファッテスとティップが煮卵に手間取る中、ソシアスは司会に米粒1つない空の丼を見せつける。
「か、完食!なんという大番狂わせか!?優勝はソシアスさん!大食い奉納始まって以来、初めての女性チャンピオンだ!!」
参加者の中でソシアスが優勝するとはその会場の中で誰も予想出来なかったが、その分ギャップは大きく、豊作丼大食い奉納は拍手喝采で幕を閉じた。
「ソシアス、ティップ。お疲れ様」
大食い奉納を終えてソシアスとティップがレヴィード達の元に戻ってきたがティップの足取りは重く、咳のようにゲップが出てきていた。
「ごめんだょ…ぐぷっ…!」
「ううん気にしないで。今日はこの村に泊まるつもりだからゆっくり休もう」
「んだ…」
「それにしてもソシアスは大丈夫なの?」
「問題無し」
(…ん?あ)
問題無しと言うようにソシアスはティップのように苦しい様子もなく、あれだけの量を食べたにも関わらず全く出ていない腹に違和感を覚えたレヴィードはハッと気付いた。
無表情ながらも喜怒哀楽の感情があり、色々な疑問をぶつけてきたり、一緒に食事をしたりして忘れがちになるがソシアスは生き物ではない。生き物ではないソシアスが胃もたれや満腹感による苦痛を起こす訳がないと思い至ったのだ。
レヴィードはズルくないかい?とソシアスに訊こうとするが、せっかくの優勝ムードに水を差す訳にはいかないので触れない事にした。
「ソシアス。生身じゃないからズルくないか?」
しかしレヴィードがせっかく呑んだ言葉を代わりにアインスが言ってしまった。
「反論。摂取した食物を消化・魔力変換する機能は魔法の行使の範疇外と判断します」
「まぁ…人間で言えば胃が大きくて消化が凄く早いって事だからね。食べるスピードは全くの人外という訳ではないし、良いんじゃないかな」
「…」
(…笑った?)
抑揚がないがムッとしたソシアスをレヴィードがフォローすると、無表情ながらソシアスが嬉しくて笑っているように見えた。
そんな何気ないやり取りをしているとズシンズシンとファッテスがやって来た。
「ソシアス、ティップ」
「ファッテスさん」
「まさか俺が負けるとはな。見くびってて悪かったな」
ファッテスは優勝を逃がしたのにも関わらず、敵意を向けずにソシアスとティップに手を差し伸べた。
「疑問。仲直りですか?」
「まぁ、そうだな。小馬鹿にした詫びと来年も勝負しようや、っていう約束だな」
「…了解。握手します」
「んだ」
ファッテスはソシアス、ティップと順番に固く握手を交わした。




