第88話 猫騒動解決!
「びぇぇええっぇえっ!!」
まるで世界の終わりかのように大音量で泣き喚く女の子を、誰が神だと信じるだろうか。
「レヴィード…」
「いや、その…ごめん…」
先程まで偉そうにいきり立ってた態度とうって変わって涙を流すタマミヨノミコトの姿を見て戦っていた筈のレヴィードは訳の分からない罪悪感を抱き、申し訳なさそうにスッとシロザクラを鞘に納める。
「ごめんね。大丈夫?今、治して…」
「ああああぁぁっ~!」
フィーナがタマミヨノミコトの元に駆け寄って治そうとしたが、見た時には既に血は止まり傷も塞がっていたが、痛みが残るのかタマミヨノミコトはまだ泣いていた。
「困りましたね」
「だが泣き止まんことには話が進まんぞ」
「うーん。そうだよね…」
タマミヨノミコトを泣き止ませるにはどうすれば良いか、全員頭を捻る。
「タマミヨノミコト様。良ければあっしの踊りをご覧下せぇ。あっ、ほれ、あっ、ほれ♪ほれほれほれほれ♪華のド~エに桜狂い咲き~♪」
「びぇぇええっ!!」
「良かったら飴食べる?」
「うっ、ひっぐ…あ゛ぁ゛あぁ~」
「あ、すいません!レモン味酸っぱかったですか!?」
キチマルが楽しげに踊り歌っても、ターシャが飴をあげてもタマミヨノミコトが泣き止む気配がない。泣いてるタマミヨノミコトを可哀想と思いながらも、レヴィード達としては一刻も早くぺルルと村人を元に戻してもらわねばならないため、レヴィードはやや強引ながら心を鬼にしてタマミヨノミコトに詰め寄ることにした。
「ねぇタマミヨノミコト様」
「にゃぴっ!?すすすすみませんなのじゃ!ゆ、ゆるして…」
レヴィードの口調は穏やかではあるものの、目だけ笑っていない冷徹な表情でシロザクラを抜いて刃をちらつかせながらタマミヨノミコトに近寄る。それに怯えきったタマミヨノミコトにはもう神の威厳もへったくらいもないが、更なる恐怖で動転したか、泣き止んでガタガタ震え出した。
「じゃあ質問に答えてくれるかい?」
「は、はいなのじゃ!」
「どうして村人を猫にしたのかな?」
「そ、それは…!」
「まさか気まぐれじゃないよね?」
「ち、違いますなのじゃ!ご、ご覧の通り社がボロボロで、供え物も参拝もない状態がもう40年!我慢の限界が来てちょっと懲らしめるつもりで…」
「ふーん。悪いのは村人だから許されるとでも?」
「あばばばば…!」
レヴィードはシロザクラの刃をチャキッとタマミヨノミコトの頬に突きつける。
「レヴィード…もう意地悪はそれまでにしたら?」
「ふぇっ?」
「ふぅ…。フィーナ、ネタバラシちょっと早いよ」
レヴィードは冷徹な顔色を崩して気が抜けるような息を吐きながらシロザクラを納める。
「ごめんね恐がらせて。こうでもしなきゃいつまでも泣きっぱなしだと思ってね」
レヴィードはタマミヨノミコトの頭を撫でてあげるが、当のタマミヨノミコトはまだ事態を呑み込めずに戸惑っているようだった。
「えっと…ゆるして…くれるのじゃな…?」
「ちゃんと猫にされた人達を全員元に戻したら、ね。それと、戻してくれたら僕から社の修繕とお供え物や参拝の復活を村の人達に進言してあげるよ」
「ほ、ほんとう…かの?」
「うん。村の人達も今回の事が恐くて、真面目に取り組んでくれると思うよ」
「そうなのじゃな…。なら…」
涙を拭いて立ち上がったタマミヨノミコトは両手を上に掲げて目を閉じる。するとその両手の間に金色の光の玉が発生し、それが流れ星のようにタマミの村の方へと飛んで行くとパァっと花火のように拡散して地上に降り注いだ。
「ふぅ…。あれで術が解けてみんな元の姿に戻ったのじゃ。くれぐれも約束を違えるでないのじゃぞ?」
「うん。ちゃんと約束は守るよ」
レヴィード達はタマミヨノミコトと約束を交わした後、本当に元に戻ったか確かめるためにタマミの村に向かった。
レヴィード達がタマミの村に戻ってきたのは朝日が差し始める時間で、猫はめっきり減り初めて村の住民を目撃した。その住民は男性で、立ち眩みしているように壁に寄り掛かっていた。
「あの」
「おや、アンタら確か…」
初めて見る村人だが、村人の方はレヴィード達の顔を見知っているような様子であった。
「もしかして…猫になってました?」
「や、やっぱり夢じゃなかったのか!?俺達、猫になってたのか!」
「そう…みたいですね」
「じゃあ、君達が何とかしてくれたんだな!?ありがとう!」
男性はレヴィードの手をがっちり掴んで感謝の意を示す。
それからレヴィード達は急いで宿屋に戻り、ぺルルとソシアスが待つ部屋に行った。
「…レヴィード様」
そこには気だるそうに起き上がるぺルルと座って看ていたソシアスがいた。
「大丈夫?」
「…はい。特に問題はありません。それで、何をどうやって…」
「うん。それがね」
レヴィードはぺルルとソシアスにタマミヨノミコトとの出会いと事件解決の経緯を話した。
「…なるほど。そのような事があったのですね」
「神様って逆境に弱いというかタマミヨノミコト様が特別かもしれないけど、精神がお粗末だったおかげで何とかなったよ。そう言えば、猫になってた時ってどんな感じだったの?」
猫だらけの村に来たり猫になったり神様に会ったり、時間としては1日も経っていない濃い経験も、過ぎれば笑いの種としてレヴィード達の話に花を咲かせた。
レヴィード達は昼頃にタマミの村を出てゴッチエに行く前に、再びタマミヨノミコトの社に赴いた。暗闇で分からなかったが、木の板の壁は所々朽ちて穴が開き、鼠にでも齧られたのか柱は削れ、瓦は落ちて屋根が剥げ、社はタマミヨノミコトの言う様に酷い荒れようである。
「タマミヨノミコト様~!」
レヴィードが大声で呼び掛けると社からタマミヨノミコトが出てきた。
「なんじゃ、おぬしらか」
「話、着けて来ましたよ。近々大工さんが下見に来るそうです」
「おお、まことかの!」
「それとこれ、村人からのお供え物です。僕達が社に立ち寄ると言ったら渡してくれました。明日には直接参拝に来るそうです」
猫になった疲労からか、村人はまだここまで来るのは億劫なようなので、村長がレヴィードに供え物と言伝を託したのだ。
「うむうむ。よくやったのじゃ。ほめてつかわすぞ?…あ、そうじゃ。この中に弓使いはおるか?」
「あ、はい…」
突然、ピンポイントな指名に戸惑いながらもターシャが前に出る。
「おお。そなたかそうなのじゃな」
「はい…」
「おぬしらここの道中で猫を助けなかったかの?」
「はい…。コケエイプに襲われてた猫ちゃんならいましたけど…」
「ふむふむ、そうかそうか。実は朝方にその猫が来ての。助けてくれた冒険者の一団にいる弓使いの弓が壊れたようだから何とかしてくれと願われての」
「えっ…でも」
「なに気にするでない。われにとって猫は眷族、大事な子同然じゃ。その子を救ってくれたなら礼をするのが人の習わしであろう」
「そう、ですけど…」
「なら受け取るが良いのじゃ」
タマミヨノミコトは袖を振ると袖口から弓がゴトンッと落ちた。その弓は僅かに銀色の光沢を持ち、両端の鏑藤に根が白く先が赤い羽根の飾りが付いており、金色の弦が張られていた。
「か、神様から貰えるなんて畏れ多いというか…」
「ああ、安心せい。それは神器の類いではなく、大昔の腐れ縁じゃった巫女が持ってた弓じゃ。野山に捨てるのも恨まれそうじゃし、持ってても何の値打ちもないからの。良い貰い手が来てちょうど良かったのじゃ。遠慮なく受け取るが良い」
「はぁ…。それじゃあ遠慮なく…」
タマミヨノミコトの口振りに従って、ターシャは恐る恐るその弓を手にした。
「ありがとうございました」
ターシャはタマミヨノミコトに一礼をして下がる。
「うむ。それじゃあ眷族の礼は済んだし、おぬしらも旅路の途中であろう。達者での」
「はい。それではタマミヨノミコト様もお元気で」
レヴィード達はタマミヨノミコトと別れを告げ、改めてゴッチエを目指して歩きだした。
そのレヴィード達の背をタマミヨノミコトは昔を懐かしみながら見送っていた。
─300年前─
《おい、猫神!》
《全く。巫女のそなたがわれに馴れ馴れしく語りかけるとはなんなのじゃ》
《こまけぇこと言うなよ》
まだまだ社が立派だった頃、ここには魔力に優れた巫女がいた。ただ巫女とは言っても、巫女という言葉から連想する清楚だとかおとなしいとか、そんな綺麗な特徴とは程遠い破天荒な巫女であった。
《家の掟で旅にも出れやしねぇ。遊び相手はお前くらいしかいねぇんだから良いだろ?》
《全く。お前の母から習わんかったか?われは》
《耳にタコ出来るくらい聞いたよ。…なぁ猫神》
《なんじゃ》
《もしアタシが死んだらさ、猫にしてくれるか?》
《はぁ?》
《自由にさ、あちこち回ってみたいんだよ。知らない町に行って、知らない人に会って、知らない場所で冒険して、楽しみてぇんだよ》
《たわけが。神とて万能ではないのじゃ。われはそんな事は出来んし、たとえ出来たとしてもそなたのようなじゃじゃ馬巫女なんぞ猫にしとうないのじゃ》
《なんだと!?》
こんなじゃれ合いをしていたが人の一生は短く、数年後にその巫女は流行り病で亡くなり、愛用の弓をタマミヨノミコトが引き取った。
──
「ほれ…。おぬしの弓が旅立ったぞ。弓を通して旅の風を感じると良いのじゃ」
タマミヨノミコトはレヴィードから貰った村からの供え物から酒を取り出して盃に注ぎ、雲一つない青空に掲げてから飲んだ。
レヴィード達がタマミの村での猫騒動を解決した頃、ヤトマの東端の港町ガウラにはレヴィードを討たんとする手が迫っていた。
「ダンテシス様。あと1時間程でヤトマに到着するそうです」
「そうか」
ダンテシス・ローザリア。スタビュロ大陸を治めるロマニエ家を支える中央貴族ローザリア家の当主にして聖騎士団団長であり、それと同時にラティスの父でありレヴィードに冒険者の道を勧めた、レヴィード一行とは深い関係のある人物である。
(難儀なものよう…)
本来ロマニエを守護するべきダンテシスが何故ヤトマに渡っているのか。一言で言えばロマニエ王の親馬鹿である。
勇者武芸大会の一件が王の耳に入ると烈火の如く憤慨し、瞬く間にレヴィードを指名手配したが、しばらくしてパシェリーの手でレヴィードの指名手配が解除されると怒りがぶり返し、レヴィードの討伐隊としてダンテシス率いる聖騎士団を内密に派遣したのだ。ダンテシスとしては王の命令である事とローザリア家没落になりかねない秘密を握られる事で逆らえずにレヴィード討伐を引き受けてしまった。
(すまんなバルデント…。ワシの身勝手、軽蔑すると良いだろう…)
親友の息子を討つ任務を命じられてからダンテシスは大好きな酒を一滴も飲んでいない。自分はレヴィードを斬れるのか、そもそもどんな顔をしてレヴィードと娘に会えば良いのか、そんな事ばかりが頭を巡り、酒を楽しもうという気が全く起きないからだ。
そんな迷いを抱えたダンテシスに構わず船はレヴィード達が待つヤトマ大陸に刻一刻と近付いていた。




