第87話 タマミヨノミコトの祟り
レヴィード達がコサーカを出て数時間後。
「よっ!」
ザシュッ
ヤトマの季節も秋に近付き、緑かったであろう木の葉が黄色く衣替えし始める山の道に赤い血が飛ぶ。
「他のみんなはどう?」
「はい。仕留めました」
「捕獲完了しました」
レヴィード達が倒したのはパーガ3匹である。道中で会ったパーガを追い、レヴィードは顎下から突き刺し、ターシャは痺れ毒の矢で動けなくなってから、ソシアスは捕まえてから首をへし折って、それぞれのパーガにトドメを刺した。
「ほー、レヴィードの若旦那以外も武芸が達者ですな」
レヴィード達の実力をまざまざと見たキチマルは感心する。
「いえいえ。こんなものじゃありませんよ」
レヴィードは歓談しながらも手際よくパーガの皮を剥ぎ、角を切り落としていく。
「さてと、出来た。ちょっとした小遣いくらいになるかな」
金はいくらあっても困らないものなので稼げるだけ稼ぎたいのが人情というものである。サラーサやアーノイの報酬でレヴィード達の懐は潤っているが、道中の肩慣らしがてら、レヴィード達は進んでいた。
「それにしても若旦那。そんだけの腕があるんでしたら忠剣組相手にも勝てたんじゃないんですかい?」
「確かに勝てたとは思いますが、剣は抜かぬに越したことはないでしょう。そう言えば、あの忠剣組って何ですか?」
「忠剣組っていうのは武士のみが所属できる私設武装警備隊ですよ」
「私設?国で管理しているのではないのですか?」
「それが王族のフジヒデ・トヨタマ様を信奉するとある道場の門下生の集団が王のお膝元である華京ドーエを警護し始めたことがきっかけでしてね。実際に華京大火っていうドーエを火の海にしようと企んでいた悪党を捕縛した実績を買われて、王家を守護する貴族の中でも一番の忠臣であるイワダ家の援助でヤトマ中に配備されるようになったんでさぁ。まぁ、優れた武士しか入れないって事で中にはそれを鼻に掛けて横暴な振る舞いをする方もいらっしゃるようですがね」
「へぇ」
こんな風に道中でヤトマならではの話をキチマルから聴きながらレヴィード達は歩き続け、日が沈みだした頃には宿場であるタマミという村に着いた。
レヴィード達はタマミの村をしばらく歩いてみたが、村は異様な雰囲気に包まれていた。
「ミャ~」
「ミィ~」
「フゥゥウウッ!」
人間に会わない代わりに猫が溢れかえっていたのだ。
「キチマルさん。この村ってこんなに猫がいるんですか?」
「へい。大昔、飢饉が続いて村が滅びるって時にタマミヨノミコトという神様が現れ、猫に命じて魚を捕らせてそれを飢えた村人に振る舞ったって昔話があるんでさぁ。それ以来、この村はタマミヨノミコトの御使いである猫を大切にするようになって、猫を飼う人が多いって聞きやしたね。でもここまで多いとは…」
「ふーん。猫を大切にする村ねぇ…」
レヴィードはキチマルから伝承を聴いて猫がいる理由に半分納得したが、数の多さは解せなかった。
「ん?雨かな?」
レヴィード達が猫の多さに戸惑っているとポツリポツリと雨の滴が落ち始めたため、早足で歩き、偶然目に入った宿屋の看板を掲げる建物に入った。
「ごめんくださーい」
なんとか本降りになる前に宿屋に入ったレヴィードが呼び掛けても主は出てこなかった。
「どうなっているんだこの村は?」
「…ZZZ」
苛つくアインスに対してカウンターでは宿の飼い猫だろうか、灰色の猫が呑気そうに寝息を立てていた。
「…飼い猫ですかね」
「ミ゛ャーッ!」
「…っ!」
ぺルルが灰色の猫を撫でようと手を近づけたら、よくも眠りを邪魔したなと怒ったように猫がぺルルの手を引っ掻き、カウンターの奥へ逃げて行った。
「ぺルル大丈夫?」
「…ええ」
その後、レヴィード達は宿屋の部屋を全部見て回ったが、脱ぎ捨てられた服と猫がいるばかりで人の気配が全くなかった。しかし人がいないとは言えこのまま雨降りの中に戻る訳にもいかないレヴィード達は無礼を承知の上でお金をカウンターに置き、空き部屋に勝手に泊まる事にした。
(ほんと変な村だね)
それからレヴィード達は自分達の保存食で夕食を済ませ、明日は早々にタマミを発とうと決めて眠りに就いた。
それから夜は更けていき、午前4時頃。1つの部屋につき二段ベッドが2つあるため、レヴィード達は男女別に2つの部屋に分かれて寝静まっている。
「…」
外の雨が止んで全くの無音の女部屋の方ではソシアスが置物のようにソファーに腰掛けていた。生物ではないソシアスは睡眠を必要としないため野宿でも宿泊でも他の皆が寝ている時はこうしてボーッと座っておとなしく思案しているか周囲の警戒をしている。
「ぐっ…うぅっ…」
ベッドから苦しそうな声がしたため、ソシアスは何事かと立ち上がって様子を見に行った。声の主はぺルルで毛布にくるまっている。
「…」
ソシアスが毛布を捲るとぺルルは信じられない姿になっていた。ぺルルの右腕にびっしりと黒い短い毛が生え、掌も猫のような肉球に変化していたのだ。
「あ゛あ゛っ!!」
ぺルルが苦しむ度に黒い毛の右腕から肩へ脇へと範囲が広がっていく。
「ん?どうしましたかぁ?」
「ん?」
「…なんだ?」
ぺルルの声で眠っていたターシャもフィーナもラティスも寝惚け眼を擦りながら起き上がると、すぐにぺルルの異常に気付いて眠気が飛んだ。
「ぺルルさん!大丈夫ですか!?」
「ソシアス!何があったんだ!?」
「状況報告。呻き声を感知して様子を観察しようとしたところ、既に異常が発生していました」
「ど、どうしよう、魔法でも止まらない!」
フィーナがダメ元で回復魔法を掛けるが何の効力もなく、黒い毛の侵食は一向に止まらなかった。
「どうしたのみんな」
「レヴィード様!」
「…」
騒ぎを聞きつけてレヴィードもやって来たがその時には最早ぺルルの姿はなく、一匹の黒い猫がいた。
「ターシャ。その猫は?」
「それが…この猫ちゃんがぺルルさんです」
「え…?」
何の冗談かとレヴィードは思ったが必死の顔のターシャ達を見るとそんな類いではないと察した。
「ぺルル?本当にぺルルなのかい?」
「ミィ」
「自分がぺルルって言うならお手してごらん」
「ミャア」
レヴィードが黒い猫の前に自身の掌を差し出すと、黒い猫は何の躊躇いもなく前足をポンと掌の上に置いた。
「本当にぺルルなんだね」
レヴィードの指示に反応した事からその猫がぺルルだと確信したと同時に、タマミの村でとんでもない事が起こっているのではという疑念が生まれた。
レヴィードが男部屋で寝ている全員を起こして状況の確認を行った。
「ぺルルさんが猫になるなんて…おっかねぇなぁ」
「まぁ…だが信じられんな」
「確かに信じられないけど、現にこうなってるからね。もしかしたら村中にいた大量の猫もぺルルみたいに猫になった人間かも知れないよ」
人間が猫になるという怪現象を認めざる得ないが、こんな予想外の事態をどう解決すれば良いのかレヴィード達は悩んでいた。
「ソシアス。ぺルルが苦しんでた時、何か変わったところとか無かった?」
「報告。ぺルルが猫から受けた傷口を起点に未経験の魔力が感知されました」
「未経験の魔力…?じゃあこの猫化は魔法のせいなのかな?」
「肯定。そのように推測されます」
「ふーん…。キチマルさん。人間が猫になったって話に聞き覚えは?」
「いやまさか!あっしもこんな話、初耳ですよ」
「ですよね」
「ただ…あっしらヤトマの人はこういう人智を越えた不可解な出来事は祟りと呼んでおりやすね」
「祟り?」
「幽霊やら神様やら、人にあらざる者の仕業ってことでさぁ」
(神様か…)
キチマルの一言からレヴィードはこの事態への行動を定めた。
「キチマルさん。確かこの村の名前はタマミヨノミコトって神様に救われたからって言ってましたよね」
「へい、そうですが…」
「じゃあ、その神様を祀った教会みたいな場所ってありますか?」
「へい、確か村の外れに社殿がありやすが…」
「そこへ案内よろしくお願いします。手掛かりが無い現状で行っても無駄になる可能性は高いですが、ここでじっとするよりかはマシかと思いますからね」
レヴィードはキチマルの話からタマミヨノミコトと祟りを強引に結びつけただけだが、解らずに燻っているよりも思い付く限りの事をやろうと考え、その場にいた一同もそれに賛同した。
まだ朝日が昇らない内にレヴィード達は猫になったぺルルと一応の見守り役のソシアスを残してタマミを出て、キチマルの案内でタマミヨノミコトが奉られている社に向かう。キチマルによると社はタマミから歩いて1時間程の小高い丘の上に建立されており、レヴィード達は夜中に降った雨でぬかるむ林道を歩いていた。
「…一旦止まって」
レヴィードが何かを聞きつけて全員に止まるように指示する。全員息を潜めて周囲を警戒する。
「ミィ…ミィ…」
「ウホゥッ、ホゥッ」
レヴィード達が耳を澄ませると林道から少し外れた茂みから猫の鳴き声と別の生き物の息遣いが聞こえてきた。その音の方向にいくと横たわる弱々しい猫と苔を生やした猿のモンスターが2匹いた。
「コケエイプか」
「えいっ」
ターシャが先制で矢を放って1発が1匹のコケエイプに命中する。
「キッキー!」
「はっ」
仲間が殺られて逆上したもう1匹のコケエイプが突っ込んでくるがレヴィードは簡単に斬り伏せた。
「キッ~!」
「きゃっ!」
レヴィード達が全て退治したと油断した瞬間、1匹のコケエイプが樹上から飛び降りてターシャに襲いかかった。コケエイプは鋭い牙で噛みつこうと迫るが、ターシャは弓を噛ませてなんとか凌ぐ。
「はっ!」
すぐさまラティスが剣を抜いてコケエイプの首を刎ねた。
「ターシャ大丈夫?」
「はい…。ですが弓が…」
余程強い力で噛みつかれたか、ターシャの弓の真ん中辺りがコケエイプに噛まれてひび割れてへこんでいた。少し力を加えたら折れそうなくらいに変形したその弓はもはや使えないだろう。
「やっぱり思い入れのある品?」
「そうですね…。駆け出しの頃から使ってましたし…。申し訳ありません…」
「ううん。無事ならそれでいいや。ゴッチエに着いたら上等なのを買おう」
「はい…」
弓が壊れた以上、戦力になれないと落ち込むターシャにレヴィードなりの気遣いを見せた。
今度こそモンスターを全て退治し、レヴィード達は横たわる猫に近寄る。猫は茶と白と黒の三毛猫で後ろ足を怪我して血が滲んでいた。
「治してあげるからね。治癒光」
フィーナが回復魔法を掛けると傷口は塞がり、元気を取り戻したのか立ち上がった。
「良かったらこれ食べる?ほら」
レヴィードは持ってた干し肉を細かく千切って三毛猫の前に置くと、腹が減っていたのかムシャムシャと食べ始めた。
「あ、レヴィード見て」
「ん?あ、ハートマークだ」
フィーナが見つけたのは三毛猫の特異な模様で、横腹の茶色の毛の部分のワンポイントのように黒い毛のハート型の模様があったのだ。
「ミャアッ」
「あ…」
三毛猫はレヴィード達を見ながら、ごちそうさまなのかありがとうなのか、そんな意味がありそうな声で鳴くとザッと林の中へと走り去っていった。
レヴィード達は三毛猫を見届けた後、林道に戻って再び歩き出し、10分もしない内に目的地のタマミヨノミコトの社に着いた。何百年前に建てられたのか、社の柱の木材は古めかしく黒ずみ、敷き詰められた石畳の隙間からは苔が生え、静寂も相俟って厳かな空気に包まれていた。
「それで若旦那。ここに来て何をする気で?」
「まぁ来てみたけど…とりあいず神様を呼んでみる?おーい神様~」
「なんじゃ?」
レヴィードは思いつきで呼び掛けると、幼い女の子の声が響く。
「フッフッフッ。よく来てくれた」
社の扉が開くとそこから女の子がふわ~と空中を浮遊しながら出てきてレヴィード達の前に降り立つ。女の子は身長がレヴィードと同じくらいの子どもで、黒髪をツインテールで結い、獣人種なのか黒い猫耳と2本の尻尾を生やし、膝が出るくらいに袴が短い巫女服を纏っていた。
「もしかして…貴方がタマミヨノミコト様ですか?」
「うむ。それよりほれ、ボーッとしてないで早く取りかからんか」
「はい?」
「ん?」
会話が噛み合ってないようでレヴィード達とタマミヨノミコトに微妙な空気が流れる。
「おぬしら。われへの供物は?それと大工はどうしたのじゃ?」
「何の話ですか?」
「ん?ならおぬしらは何しに来たのじゃ!?」
「いや、タマミの村人が猫になってしまい、僕の供の者も猫になってしまったので元に戻してもらおうと…」
「なんじゃと!?おのれ…われへのすうはいを忘れたばかりかこんな退治屋をよこすとは…!」
ザンッ
タマミヨノミコトが手を振り下ろすと風の刃が一直線にレヴィード達めがけて走る。
「危ない!」
レヴィード達が左右に分かれて避けると、石畳には5本の鋭い爪で裂いたような深い傷が彫られた。
「このっ!」
「ふんりゃああっ!」
レヴィード達はタマミヨノミコトを危険な敵と判断し、まずはラティスとティップで斬りかかる。
スーッ…
「なっ!?」
「ふんっ」
しかしラティスの剣もティップの大斧もタマミヨノミコトの体をすり抜けてしまった。タマミヨノミコトは反撃とばかりにラティスとティップの腹部の前方の空間に手をポンと押すと二人は5m程後方に吹き飛ばされて転がっていく。
「ラティス、ティップ!」
「喰らえ、焔牢陣!」
アインスが魔法を唱えるとタマミヨノミコトの足元に赤い魔法陣が浮かび、すぐさま紅蓮の火柱が上がる。
「ふふん」
本来ならば捕捉した敵を焼き尽くす魔法だが、タマミヨノミコトは涼しい顔で火柱から出てきた。
「にゃっはっはっ!われ神ぞ?そんなものが神にきくワケなかろう。ざ~こ、ざ~こ、クッソざこ♪」
タマミヨノミコトは攻撃が効かないことからの余裕か、生意気な女児のように煽り立て始めた。レヴィード達もこの煽りに腹が立つものの、これが神の力かと畏怖もしたため、油断せず固唾を飲んで構える。
「ならこれでどうかな。迅雷脚」
レヴィードは一つ呼吸を置いてシロザクラの切っ先をタマミヨノミコトに向けた直後、まるで瞬間移動したかのようにレヴィードがタマミヨノミコトの眼前に迫った。
グサッ
「えっ?」
「ふぇっ…い、痛い、痛いよぉ!びぇぇええっぇえん!!」
さすがに顔面串刺しには抵抗があったため右肩を狙ったが、普通に突きが刺さってしまいレヴィードは拍子抜けし、タマミヨノミコトは予想外の出来事と激痛で混乱し、神らしからぬ泣きっ面を見せた。




