第28話 黒幕の正体
レヴィード達はガーゴイルと相対するが、若干不利な状況に立たされていた。
「食らえ!」
「アインス待って!魔法攻撃だったら今捕まってるあの子も巻き込んでしまうから使ってはいけないよ」
「くっ…」
アインスは展開しかけた魔法を悔しさを滲ませて消す。
「物理で抑えつけてまず救出しないと。ぺルルは右、ティップは左から。僕は真ん中から斬り込む!」
レヴィードの指示で3人が突っ込んでいく。
「クキャオーーン!!」
ガーゴイルは回って尻尾のように長い尾羽でレヴィード達を薙ぎ払おうとする。
「ふんっ!」
その薙ぎ払いの一打目はティップだが、ティップは大斧の柄を縦に構えてガーゴイルの尾羽の一撃を受ける。ティップは数十センチほどズズッと押されるが足腰でどっしり受け止めて勢いを完全に止めた。その隙にぺルルはガーゴイルの右の翼を、レヴィードは左の翼に攻撃を仕掛ける。
ガキン!
「やっぱり石相手に剣はまずいかな」
レヴィードの斬擊は石の固さに阻まれてしまう。
バリッ
「くっ、浅い…!」
ぺルルの旋棍の打撃は石の翼の表層を少し砕いただけで動きを阻害する程には至らなかった。
「クキャーー!!」
ガーゴイルは吠えると地面を蹴って浮き上がり、飛び始めた。
「逃がす訳には…。そうだ、ティップ!」
「なんだぁ!?」
「僕を斧で飛ばして!早く!」
レヴィードはティップに駆け寄って大斧の刃の上に乗った。
「行くぞぉぉ…ふんりゃああぁぁぁ!!!」
ティップは全力を込めて大斧をガーゴイルめがけて振り抜いてレヴィードを空に飛ばした。レヴィードはちょうどガーゴイルよりもやや上まで飛び、ガーゴイルの背中に着地した。
「…青電導…水飴波!」
レヴィードは銅貨に何かの魔法を込めた後にそれを水飴波でガーゴイルの背中に貼り付けて落ちた。
「…レヴィード様!!」
「柔水壁」
レヴィードは柔水壁で自身を球状に包むと、そのまま地面に落下したがポヨンポヨンと数回バウンドした後に無事に止まった。
「レヴィード様、ご無事ですか!?」
「うん。なんとか…」
レヴィードは目が回ってクラクラした程度で済んだようで、心配して駆けつけたターシャ達に笑い返す。
「それにしても逃げられたか…」
「あの子、大丈夫かなあー…」
「充分殺す余裕はあった筈だけど、殺さないところを見るとやっぱり何かの目的があって女の子を集めてるみたいだね」
ガーゴイルを実際に間近で見て、レヴィードの推理はより確かなものになった。
「あ、あの…!娘は、娘は何処に!?」
先程ガーゴイルに拐われた娘の両親らしき男女が狼狽えながらレヴィード達に詰め寄る。
「お父さん安心して下さい。娘さんは無事ですから」
「うるさい!化け物に拐われた分際で偉そうに言うな!」
「貴方、やめて!相手は子どもよ!」
「うるさい!!」
その父親はレヴィードが娘を助けられなかった事を責めて怒りで声を震わせていた。
「えっと…一応あのガーゴイルを追う算段は出来ましたし、翌朝向かいますので…」
「ふざけるな!今行け!!早く娘を助けろ!!」
「いえ、もう夜で暗くて危険なので…」
「何が危険だ!娘や他の娘はもっと危険に晒されているんだ!!それが力ある奴の仕事じゃないのか!?」
(ダメだ、完全に冷静さを失ってる…。夜中に森を歩くなんてしたくないけど…このお父さんの言うことも一理あるしね)「…分かりました。出発しましょう」
「…レヴィード様!?あまりに危険なのでは?」
「確かにね。けど娘の無事を早く見たいというのが人間としての本音だしね。それに…」
レヴィードがチラリと周囲を見ると、喚く父親に同調して住民から圧の掛かった視線がヒシヒシと感じられた。
(この町自体不安で押し潰されそうなんだ…。ここで朝行く事を強行したら暴動が起きかねないね)「まぁ、とりあいず行こう」
住民は自分の娘達が連れ去られていく恐怖を一刻も早く終わらせたいという緊張で張りつめている、と察したレヴィードは暗い夜のグラッサー森林に踏みいることにした。
準備をしてグラッサー森林に赴いたのはレヴィードとぺルルの二人だけである。他のガーゴイルがいた場合の防衛戦力としてターシャとアインスとティップはゴヤリに残してきたのだ。
「…住民は身勝手ですね」
「しょうがないよ。ぺルルだって助けられるのに待てと焦らされたら嫌じゃないのかい?」
「…それはまぁ…。ところであのガーゴイルを見つける算段とは?」
「うん。僕の作った魔法で…赤電導」
レヴィードがアカネゾラを抜刀して正面に突き出すと、アカネゾラに赤い電気がパチパチと帯び始めた。
…クイン
「こっちか」
正面に突き出したアカネゾラの切っ先は左の方を向いた。
「…これはどういう魔法でしょうか?」
「あのガーゴイルの背中に対になる魔法を掛けた銅貨を貼り付けたんだけど、今この剣はその銅貨と引かれ合っているんだ。この剣の導くままに行けば、そのガーゴイルのいる場所まで行けるって寸法さ」
「…なるほど。そうすればガーゴイルの住み処に捕らわれた他の娘達も助けられるということですね」
「そういうこと。じゃあ行こうか」
レヴィードとぺルルはランタンの明かりを持ってグラッサー森林へと入った。
夜のグラッサー森林は不気味なほど静まり返っており、葉が風で擦れる音と落ちた小枝を踏んでペキペキ折れる音くらいしかしなく、満月に近い大きな月が青白く森を照らしていた。
「…」
「ぺルル、もしかして怖がってる?」
「い、いえ!そんな軟弱なことはありません!」
「それなら良いんだけど…森の中ではぐれてもマズイし、手を繋いでいこうか」
「は、はぁ…。そう、ですね…。それは上策と思われます」
レヴィードはぺルルと手を繋いであげた。
「…それにしてもレヴィード様、本当に逞しくなられました」
「あの時言ったけど、生まれ変わったからね」
「…ええ。そうですね。しかし、それでも本当に別人のように立派になりました」
レヴィードが言う生まれ変わりとは比喩無しの文字通りの意味だが、当然ぺルルはそんな事とは思っていない。
「そんなに僕って昔は手間が掛かってた?」
「…ええ。失礼ながら。悪戯するわ、好き嫌いは激しいわで使用人全員手を焼いておりました」
「そっか。じゃあ勇者の件が終わって家に帰ったらみんなに改めて謝ろうかな。…それにしても父上は怒ってるかな?結局連絡もしないでここまで来ちゃったし」
「…逞しく元気な姿を見せれば旦那様も許してくれますよ」
闇の中で仄かに明るい会話がレヴィードとぺルルの心を弾ませてくれた。
しかし、歩きながら話すネタもそろそろ尽きかけ始めた頃だった。
「…ん」
「…どうされました?」
「アカネゾラが引かれる強さが強くなってきた、結構近いかも」
レヴィードはグッと引っ張られる感覚を抑えながらも森を歩くと開けた場所に出た。まるでスプーンでくりぬかれたような盆地に古めかしい洋館が建っている。
「あの建物、怪しいね」
レヴィードとぺルルがそこへ向かって歩き出すと、アカネゾラはグーンと真上を向いた。
「クェェェェーー!!」
「おっと!解除!!」
探していたガーゴイルが急降下してきたが、レヴィードとぺルルは上手く察知し、回避できた。
「流瀑水!!」
レヴィードは流瀑水を放つが、普段と比べるとかなり細い状態である。その鉄砲水のような激流はガーゴイルの頭部に直撃する。
「雨垂れ石を穿つ、ってね」
細く集束した水流はまるで1本の槍のようにガーゴイルの頭を打ち続けると、穴が空いて貫通した。
「水飴波!トドメは任せたよ」
「はっ!」
レヴィードが水飴波でガーゴイルの足と尾羽を拘束するとぺルルが跳び、穴が空いた頭部に渾身の一撃を加える。
ボロッ
穴を起点にガーゴイルの頭はひび割れて顔面の部分が崩れて落ちた。
「勝った…のかな?」
顔面を失ったガーゴイルは元の石像に戻ったかのように微動だにしない。
「…どうやら動かないようですね」
レヴィードもぺルルも警戒を解いて洋館に目をやる。
「…あれがガーゴイルの住み処でしょうか?」
「確かに屋敷の跡地なら可能性はあるね。とりあいず行ってみよう」
レヴィードとぺルルは盆地の洋館を目指して歩き出した。
レヴィードとぺルルが洋館を間近で見るとその異様さに息を呑む。
「こんな洋館があるって知ってた?」
「…いいえ」
旅人の噂や町ではこの洋館の話を聞かなかったし、地図にもこんな建物の情報は載っていない、つまり長年誰も知らない古い洋館の筈なのだが、月に照らされた外壁や屋根はシミ一つない新品のように綺麗なのである。また、誰も知らない筈なのに誰かの手によって窓を隠すように打ち付けられた木の板、鬱蒼とした森の中なのに洋館の周囲だけ雑草一本生えていない状態、矛盾にまみれた洋館にレヴィードもぺルルも違和感を通り越した不気味さに身震いがしそうだった。
「とりあいず入ろう」
レヴィードは意を決して洋館の扉を開けた。
洋館に入ると幻想的なエントランスが迎え入れてくれた。上部が二手に分かれた大きな階段に敷かれた絨毯、白い大理石の床、隅に飾られた獅子や鷲などの動物を象った金の像。そんな美しい広い空間を天井の大きなステンドグラスから差し込む月光がスポットライトのように照らす。
しかし中は人の気配はおろか、蜘蛛の巣やネズミの鳴き声などの生命の面影すらない。レヴィード達はまるで自分達以外の生き物が滅んだ世界にやって来てしまったような感覚に襲われる。レヴィードとぺルルはお互いに背中合わせになって周囲を警戒しながら一歩一歩慎重に進む。
「嬉しい誤算だね。まさか最後の20人目の花嫁が来るとは」
突如階段の上から聞こえた若い男の声にレヴィードとぺルルが視線を一気に向けた。
「ふぅん。気の強そうな娘だ。嫌いじゃあないよ」
コツ、コツと階段をゆっくり降りてきたのはタキシードを来た優男だったが、明らかにおかしい特徴があった。額から血が乾いたような赤い角が生えていたのだ。
「…まさか、魔族か」
魔族とは魔王の眷属とされ、強大な魔力と強靭な肉体を持ち、歴史上では人間や亜人種と幾度となく対立し、人心を惑わせて戦乱や政争を裏で起こしていたとされる闇の存在である。
「そう。私の名はエリプマヴ。強さを求める一介の魔族さ」
魔族・エリプマヴは仰々しく名乗った。
「なるほど。ガーゴイルの行動は腑に落ちないと思っていたけど、一連の誘拐の黒幕は君ということで良いみたいだね」
「如何にもそうだよ。賢い子どもだ」
レヴィードはガーゴイルが少女誘拐を繰り返す合理的な動機が分からなかったが、エリプマヴが使役して誘拐をやらせていたと考えれば納得がいった。
「それでどうして誘拐なんてしてたんだい?魔王の為かい?」
「魔王は関係ないね。私は私の為にしていただけだよ」
(ん?魔族ってみんな魔王様の為に~!みたいな感じじゃないんだ。魔族が一枚岩じゃないのか、それともコイツが一匹狼気質なだけか…)「それで、誘拐した子達は何処にいるんだい?大人しく返せばお灸を据える程度に勘弁するけど」
「ふふっ。訂正しよう。生意気な子どもだ。せっかく集めた花嫁を返す道理があるかい?」
「花嫁?さっきから何を言って…」
レヴィードがエリプマヴの花嫁の言葉の意味を測りかねていると2階からカツカツと複数人の足音が降りてきた。
「…え?」
降りてきたのは少女達で、エリプマヴを囲うように立つ。少女達は物言わぬ人形のように目から生気を失っていた。その中にはレヴィードが見知った顔もいた。
(あれはキュールさん。ということは全員誘拐されてきた…ん?え、ウソ…!)
レヴィードが顔色を変えた人間が一人いた。奥にいる1人、それは昔からの幼馴染みだった。
(フィーナ…。何だってこんな所に…)
あの時、別れを告げて裏切り、勇者パーティーにいる筈のフィーナをレヴィードが見紛う訳がない。
「おや、顔馴染みがいたかな?」
「…まぁね。それでその子達をどうする気なんだい?」
「花嫁とすることと言えば一つだろ?まぁお子様には理解できないか」
「…まさか!」
「…案外おませさんだね。そう…私は明後日の満月の夜、花嫁達の純潔を壊して快楽に堕落させることで魔族として新たな進化へ上がるのだよ」
「気持ち悪い…。変態魔族」
「ふっ。…殺れ」
「…うぉ!!」
レヴィードはエリプマヴと会話の途中で咄嗟の攻撃に遭った。なんとかガードできたものの、勢いを抑えきれずに階段の下まで飛ばされた。
「今のは蹴り?まさかぺルル!?」
レヴィードはぺルルの顔を見据えると誘拐された少女達と同じように目から光を失って生気を感じなくなっていた。
「私の悲願は明後日叶う。邪魔者の君を生きて帰す気はないよ」




