4・人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!
「あんた嘘をつかないでよ!今頃ノコノコと出て来て、ばっかじゃないの!?私がイケメンに囲まれてるのを見て羨ましくて出て来たんでしょ!!」
豪奢なドレスに綺麗なアクセサリーをたくさん飾り、縦ロールを撒いてセットし、美しくお化粧をした彼女が、大声を張り上げながら走って来た。その後を、困惑や驚きなど様々な表情を浮かべた貴公子たちイケメン集団が、慌てて駈け込んで来た。
その声と足音に、広間中の人達の目が彼女と王子達に注がれた。
その瞬間、ルルシェさんの目が合図を送って来た。
「女神の守護よ!【神域結界】」
詠唱と同時に、私と彼女が光の雨に包まれる。
周りから、悲鳴とも歓声ともつかぬ声が上がり、一瞬怯んだ王子達は我に返って偽聖女を助けようと近づいて来た。でも、結界内には入れずに慌てている。見上げれば、王様すら玉座から立ち上がることもなく、どうも静観の構えのようだ。
「な、な、なにすんのよ!出しなさいよ!!」
「お静かに!あなたが聖女なら、この結界くらい解除できますでしょう?えーっと、き、きー…あ、木ノ内恭子さん」
私が彼女の名前をずばりと口にしたことで、彼女は口を開けたまま硬直した。
「なんで、あんた…私の名前を……」
「知ってますよ。隣りのクラスの子でしょう?何度か合同授業で一緒になったから、名前くらい覚えてますよ」
「じゃ、あああ、あ、あんたは須谷…?な、なんで?あんたはあっちの残って、私がこっちに来たんじゃ…」
「いいえ、違います。私は別の場所へと飛ばされました。そして、そこにいらっしゃる侯爵様に助けていただきました」
私はベールをしたまま、彼女を睨み据えていた。言葉も、王様の前で少しでもマナー違反にならないように、ゆっくり丁寧に話した。けど、それが彼女を焦らせ、苛立たせたようだった。
「じゃあ!出て来なきゃいいでしょ!黙って侯爵様と一緒にこっそり浄化していればいいのよ!」
「そんな訳にはいかないですよ。ねぇ、恭子さん。知ってますか?この世界じゃ、王族や貴族に対しての詐欺や偽りは、良くて幽閉……最悪の場合は服従の魔法をかけられて奴隷ですよ?分かっててこんな茶番を?」
「う…そぉ…そんなことない…私は異世界から来たんだよ?せ…聖女じゃなくたって…」
恭子さんの顔色が蒼白になり、そこには驚きと怯えが浮かんだ。さっきまでの強気な物言いが、いきなり弱々しい口調になった。
「異世界から来た、ちょっと魔法を使えるだけの人間でしょう?聖女の力もないのに陛下や王子、各国の騎士たちを騙していた犯罪者を重用する訳はありませんよ」
「だ…だって、聖女だと思ったんだもん。あんたの代わりに私が聖女に選ばれたんだって…」
「なら、その力を見せて下さい。どこか一カ所でも浄化しましたか?誰か一人でも災いの病を治癒しましたか?」
「聖女の巡行は行ったわよ!みんな私を護ってくれて!あんた羨ましくて嫉妬してんでしょ!?」
「ええ、見ました。でも、何も聖女の役目をなさってませんでしたよね?それに、さっきから妬むとか嫉妬とかってなんですか?聖女の仕事を馬鹿にしないでください」
「私だって、ちゃんとやってたわ!村や町の人達に笑顔を見せて手を振ってあ――――」
何言ってんだろ、この子。お前らが羨ましい?嫉妬?馬鹿か!!
そう思ったとたんに、頭の隅で何かがブチッと千切れた。
「いいかげんにしろ!バカ女!なにが笑顔で手を振っただ!はぁ!? アイドルにでもなったつもりかぁ!?笑顔で手を振って災いが消えるか!綺麗なドレス着て男どもに囲まれて、何の仕事したって!?人の命をなんだと思ってんの!この大馬鹿!!」
もう我慢できなかった。自分に都合よく勝手に夢見て、この世界の苦しんでる人たちを蔑ろにして!
「でも、王子も他の騎士様も私を可愛い綺麗だって、さすが聖女様だって言った!微笑みを向けたら人々はきっと幸せになるって…私を愛してるって…」
「へーーっ」
彼女の後ろへ目を向け、そこにいまだ固まっているイケメン集団を、一人一人睨みつけた。
「この世界の、選りすぐりの方々がお集まりだそうで?彼女が聖女のスキルで浄化した所を、見た方はいらっしゃるの?あんな山間の村まで来て、治癒魔法で病を治した所をみた方は?選りすぐりにしては、見る目がない方たちばかりですね!」
ぐるりともう一巡睨み、それから王様に目を向けた。
「陛下は、彼女が聖女だと言う証拠をお持ちですか?」
今初めて王様が視線を逸らした。私が絶対的な証明をし、彼女を断罪しているのを静観していたのだろうが、そうは行くか!
「いや…儂は見てはおらん。聖女だと報告を受けたまでだ」
今度は、他の貴族や家臣たちをぐるっと眺めた。まるで私が閻魔様みたいな神様にみえるのか、何人かの人が目を逸らして人の影へ身を隠した。
「では、誰が彼女を聖女だとお認めに?――――どうして誰もお返事くださらないんですかー?」
「お、お前こそ失敬な女だな!」
やっとハーレム集団の中から、この国の王子が声を上げた。今までの流れを聞いていたはずなのに、まだ私を憎々し気に睨んでした。
「はぁ!?失敬なのはそちらでしょう?聖女じゃない女の子を聖女に仕立てて、可愛いだなんだと煽てて、貴方たちは何のためにここに集められたんですか?彼女をちやほやするためですか?巷じゃ、嫁取り巡行なんて言われてますよ?恥ずかしくないんですか?キモチワルイ…」
最後の言葉が効いたのか、王子を含めたハーレム集団はショックを受けて唖然となった。
「で、恭子さんはどうするの?ここでイケメンハーレム相手に奴隷でもやるの?」
もう言葉を飾るのは辞めた。聖女だからちやほやされてたんだ。これで偽とバレたからには、残った道は犯罪者としての扱いしかされないだろう。
「や…やだ!そんなの、やだ!」
「だったら、なんで聖女じゃないって気づいた時に自己申告しなかったのよ!」
「だって……王子がカッコよくて…逆ハ―したかったんだもん!!」
「馬鹿じゃないの!?その後はどうするつもりだったのよ!?」
「だってー!私は主人公…ヒロインなのよ!不幸になる訳ないじゃない!だから――――」
え?
声が出なかった。
恭子さんが叫んだ瞬間、結界の中に白くたおやかだけど巨大な両手が現れ、彼女を攫うと消えて行った。
*******
あの後、それはもう凄まじいまでの大恐慌だった。人が一人、王城の謁見の間から攫われたんだ。それが女神様の仕業としか思えない光景の中でとなれば、彼女を聖女と判断を出した人たちが、天罰を恐れて大混乱に陥ったのだ。王様の前だってのに跪いて天に祈る人や、自分が犯したらしい罪状を叫びながら走り去った人などなど。
一番の迷惑は、ハーレム集団が私を囲んで跪いて許しを乞い始めたことだ。
「やーめーてっ!!散れ!!くそ野郎ども!あっちが消えたら、今度はこっちかい!?人をおちょくるのもたいがいにしてよ!」
さっさと結界を解いて怒鳴り散らしたが、ききゃーしねぇ(涙)
「聖女様がお許しになるまで、我々は懺悔する他は…」
「全てを捨てて聖女様にお仕えいたします。なにとぞ、私めをお傍に―――」
「私が一生をかけて―――」
「うるさーーーーい!!側へくんな!」
怒り心頭の勢いでベールを取り去り、ウィッグを掴み取って放り投げた。そんな私を見上げたイケメン集団は、一瞬のフリーズの後に顔を真っ赤にして怒りの形相で慌てて立ち上がり、あろうことか剣を抜いた。
「お、男!?こやつ、男のくせに聖女様に化けおってーーー!!」
「許せん!我々だけでも許せんが、父王までもーーー!!」
この時の私のショックは、聖女の立場を忘れて「末代まで祟ってやるからな…」と歯ぎしりしながら呟いたくらいの心理的衝撃だった。怒鳴り散らしたかったよ。女です!って。でも、こんな所でこんな奴らに怒鳴ってみても空しいだけだって気づいた。
「ルルシェさん、帰りましょう!もうこんな王族、滅びちゃえばいいんだ!こんな顔だけイケメンなんて!」
「ハル…ごめんなさいねぇ」
剣を抜いて暴言を吐いた連中は、ルルシェさんの指先一つで天井から吊るされて青くなって震えてる。怒りと悔しさで涙目の私は、いまだ玉座で往生している王様に向かって啖呵を切った。
「腐った目を持つ者たちに、この先現れる聖女たちを任せられません!女神様の許可は頂きましたので、聖女召喚はアーレンヴェルド侯爵家にお任せします!」
「そ、それは困る!か、各国の護衛代表者たち――――」
「嫁取り巡行なんて言われて、聖女も女神様もとても屈辱に思っています!これからは、護衛は代々の魔女と侯爵様が吟味して、聖女様と心を共にして民たちの助けになる方々を選んでいただきます!」
そう。あの白い腕が現れた瞬間、私の頭の中に声が響いた。優しそうでいて威厳を感じる声が、はっきりと告げた。
―――この者は記憶を消して還そうぞ。そして貴方も聖女の役目を終えた時、妾を呼べ。ただ一つ、この国の王に忠告を。聖女は民のために現れる。それを私利私欲のために扱うは、天に剣を向ける行為と知れ。以後の聖女は、魔女の元へ―――
女神様の神託を伝え終えると、王様はがっくりと玉座に崩れ落ちた。それを見届けると、私はルルシェさんと共に謁見の間を颯爽と退出した。すれ違う城の従事さん達が、目を見開いて私を見ていたけど、怒りが収まらない私の目には全く入らなかった。
そして、侯爵家の別邸に戻り、お茶を一口頂いて冷静になったとたん、自分の恰好を思い出して恥ずかしさに悶絶したのだった…。うえ~~~ん!なんでウィッグまで取っちゃったんだろう。私のバカバカ!
*******
それからの私は侯爵家にしばらくお世話になり、各国護衛達の押しかけに辟易したので、ルルシェさんと森へ戻った。
落ち着いた頃に聖女のお仕事を再開し、村や町にお触れを出して病を治して回った。もちろん護衛は翼竜さんとルルシェさん。
聖女巡行の間に、ルルシェさんから聞いた女神様降臨(腕だけだけどね)の時の話し。あの時、私だけじゃなくルルシェさんにも女神様からの宣託があった。内容は、聖女召喚の儀を魔女が執り行うことに関する詳細と侯爵家に全権を委譲すること。
だからハーレム集団からの暴言をすぐに止めることができなかったと、再度お詫びされた。
「いいんですよぅ。あれで、奴らの目が腐ってる証拠になりましたから。聖女の資質や才能より、まずは容姿が優先!なんてことやってて、それを王様が許してるなんて女神様が怒るのも当然です!」
「…ハルはイイ子だわぁ。このままウチの甥っ子の嫁にしたいっ」
その言葉に、私はふっと思い出した。
女神様は、聖女の仕事を終えたら呼べと言ってらした。それは、何故なんだろう?私の世界へ還してくれるってことなのかな?還れるなら帰りたい。家族にも会いたいし、私個人としても、まだたくさんやりたいことがある。
「ルルシェさん、ごめんね。私は還りたいんだ。帰って、看護…えーっと治療師の補助をするお仕事につきたいんだ…」
「まぁ、そうだったの。なるべくしてなった…いえ、呼ばれたのね、ハルは」
そんな話をした数日後、最後の病人を治癒し終えた。もうこの世界には、人の手では消せない災いも病もなくなった。
その夜、私は私が落とされたルルシェさんの召喚陣があった森の家の前に立った。ルルシェさんは灯りを手に黙って家の扉の前に佇み、私を見守っていた。
「女神様、聖女のお役目は終わりました」
そう告げ終わったと一緒に、美しい姿の女神様が私の前に立っていた。ぼんやりと仄かにうす闇の中で光り輝く女神様は、私に微笑んだ。
『お役目ご苦労だった。そして、要らぬ苦労と苦痛を味わわせて申し訳なかった。許せ。さて、そなたはどうしたい?あちらの世に戻るかえ?それとも―――』
「還して下さい!絶対に還りたいんです!」
『あい、わかった。では、その力を使い元の世界へ』
ええ?と思った時には、私は学校のあの場所に突っ立ていた。
ルルシェさんに、最後の挨拶も手を振ってお別れもできなかった…。ただ呆然と立っていた。不思議なのは、なぜか記憶が残っていることだった。
「須谷~~~!今日の夜、飲みにいかね?」
「いかなーい」
「あ、なら俺と今度さ…」
「ごめん!明日は早番なんだ。センセ―達も遊ぶより仕事を覚える方が先でしょ?じゃ、お疲れさまでした!」
一緒に入った病院の新米医師たちに後ろ手を振って、職員玄関へと急いだ。
「ハルっち~、モテモテじゃん?なんで断るかなー?」
久しぶりにシフトの合った、同僚で仲の良い看護師のマユと外食しようと約束していた。待ち合わせに遅れるものかと急いでいたのに、途中で声をかけられて焦ったよ。
「私がモテてるじゃないっつーの!私はダシ!私が落ちれば、今までお断りしてたナースが、次のコンパに全員集合してくれるって思ってるのさ」
「あははは!バカだよねー。全員が来れる訳ないじゃんねー。仕事があるっつーのっ」
うんうん頷きながら、隠れ家的な秘密のレストランへ向かう。
「外科1と2のセンセ―達まで言うんだよ。やんなるよ!もうっ」
「ハルってさっぱりしてるから、野郎どもが寄って行きやすいなんだろうね」
「なによ、それ。全然嬉しくないっ。はっきり言えば女として見られてないってことじゃん!」
「まぁまぁ、側から見たら逆ハーみたいよ?食堂で、野郎どもと一緒にご飯してるハルを見て、やっかみ半分に嫌味言ってる人もいるし~」
「逆ハーじゃない!勝手に寄って来るんだよぅ!次のコンパに誰々さん呼んで?〇〇さんに頼んで?とか言って来るだけなんだーーーーっ!」
「はいはい。小児科の聖女様!私の分もよろしくねー♡」
END
これで完結です。
ここまでお付き合い、ありがとうございました。
またお会いできた際には、お読みくだされば幸いです。




