マジカルミステリー資料庫ツアー
「今、ここを管理する者の一人、と言ったな……?」
呆然としていたわりに、殿下はちゃんと聞いてたらしい。
キリッ、と表情を改めると、老メイドに詰め寄った。
「さようでございます」
「そなた以外、見たことがないのだが!」
「さようでございます。我々は約定に従い、条件が整わない限りは一切、おもてには出ない決まりでございますゆえ。わたくしはあくまでも、見届け人でございます」
「その約定とはなんだっ!? 条件とは!?」
「申し上げることは、できかねます」
老メイドはただ、厳かに頭を垂れるだけだった。
「いまだ、条件が揃っていないのね。それなのに暴いてしまうのは憚れるから、最小限は明かすことにした……そういうところじゃないかしら」
さらりとそう推測すると、レネさんは殿下にむきなおった。
「今日のところは、このまま引き上げる事にいたします。御前からの暇を告げる事をお許しください」
「……許す」
「失礼いたします」
華麗に一礼すると、レネさんは職人たちをまとめるべく、颯爽と部屋を出て行った。
さすが姐さん、格好よすぎです。惚れてまうやろ……!
なんて冗談はともかく。
「殿下、でーんかっ」
唇をかみ締めてうつむく殿下の背を、バンッと一発かましとく。無礼? もうしったことか。
「な、なんだっ!?」
「とりあえず、いろいろ置いておいて。お茶でも飲みませんか? たいしたものじゃないですが、お茶菓子もありますので」
「やたっ、スネアのお菓子だ!」
「まて、誰がお茶の用意をするんだ? 殿下はだめです!」
「かまわない。いつもしてる」
ワイワイしながら簡易キッチンに着くと、あの老メイドさんが完璧にお茶を用意して待っていました。
茶器も人数分そろってるし。
やだコワイ。
この世界には魔法がある。
ただし、やたら小難しい理論をもとに描くドデカーイ魔方陣を使用する魔術体系だ。
具体的には、遠距離移動陣とか結界陣とか、広範囲爆破攻撃陣とか、どれも魔方陣は学校の校庭くらい規模が大きい。また数十人がかりでの膨大な魔力を消費するため、個人でどうこうできるものじゃない。
わりと殺伐とした魔法陣が多いしな。
そもそも、魔力の量は生来の才能に依存しているうえ、お湯を沸かすための魔方陣ひとつが、家一個分の大きさだと思えば、日常で気軽に使う人がいないとわかるだろう。
つまり、だ。
この世界において、魔法は一般的ではない。
ゲーム的には、主人公がもし魔力特化型に成長すれば、膨大な魔力をもとに一人魔方陣だけどなっ。
ちっとも羨ましくないぞっ。
だが腐っても魔法。
しかも、なんだかカッコいい響きの魔道装置だぞ!?
そんな不思議装置があると聞いて、黙ってられるか!
元資料庫の絶賛マジカルツアー開催だっ!。
老メイドさんはなぜか口出ししてこなかった。
ただ最初に、魔道装置は巧妙に隠されていて、普通の人にはわからない、とだけ伝えてくれた。
専門家のレネさんがいない今、俺たちに探せるとは思っていないという事だ。
そうまで言われたら、見つけてやろうじゃないか。
燃えてきたーっ!
「この建物の半分以上は、資料庫のままだ。一階には、ロビーと資料室が4つ。他に閲覧室と簡易台所などの付属設備がある。私の寝室と執務室としてつかっている続き部屋がそれだ。あと物置があったな。二階には、資料室が3つに、広めの閲覧室ひとつと付属設備。屋根裏部屋は古い資料の保管庫になっている。本当にそれだけなんだ。何も特別なものはない」
殿下みずから案内してくれたが、確かにこれといって特別なものはない。
いったい、何を見てレネさんはわかったんだ?
「ねぇスネア、この紐で何するの?」
「いいから、そのまま端押さえてろ」
巻尺などないが、紐で代用すればいい。
知りたいのは部屋の奥行きが外観とあっているか、だ。
ミステリー小説などの定番トリック。
そう、隠し部屋だ!(どーん!)
「うーん、尺度に多少の誤差はあるが、隠し部屋ほどじゃないなぁ…」
「そんなことを調べてたのか? スネアは変わってるのだな」
殿下に感心されたけど、成果としては不発である。
しょせんは素人の考えだよ、コンチクショウ。
なんやかんやで、その日の午後いっぱいを費やしたが、成果はゼロ。
もうやだ、帰りたい。
気がつけば、だいぶ部屋が暗くなってきていた。
ああ、電気つけなきゃ……。
生まれてこのかた、電気の下で生活していた影響は、魂にまで刷り込まれてんのかね?
体は無意識に、前世の時のように照明のスイッチを探していた。
部屋の入り口付近の、左側の壁。
ちなみに前世の時のスイッチは、はやりの軽いタッチでつく埋め込み型ではなく、年代モノの古臭い指をひっかけるタイプだった。上下で切り替えるタイプ。これ戦前から? と言ったらアパートの大家に「これだから平成生まれは!」と嘆かれた、思い出の一品だ。
ともかく。
その時の俺は本当に無意識に、壁に手のひらを滑らせたわけだ。
下から、上へ。
パチン、と小さな音と手応えがあった。
「!?」
パッ! とまるで、蛍光灯がついたように、室内が明るくなった。
「な、なんだ!? これが魔道装置とやらか!」
「眩しい…っ!」
「目がっ、目がぁっ!」
ロウソクとかランプの明かりしか知らない人なら、当たり前だよね。
リアルリアクション芸に、つい半笑いしてしまった。
いやいや、ここは笑い事じゃないぞっ!
照明スイッチだとっ!?
俺はガッ!と壁に貼りついた。
「スネア!?」
ジリジリしながら丹念に壁を調べると、なるほど見えた。
壁紙の模様に紛れて、小さなスイッチがあった。
試しにスイッチをいじると、明かりが点いたり消えたりした。
まるで電気のスイッチそのもの。
おいおい、魔道装置がこれだと……? ただの電気じゃねぇか!
「これが魔道装置の明かりか。室内なのに、まるで陽の光のようだ……」
感極まったような素敵な殿下のセリフだが、あいにく俺には文明開化に出会った日本人のようで、非常に残念すぎる。
そんなわけで、高すぎた期待値の反動で脱力している俺の肩を、ふいにノービスが叩いた。
「ねぇ、この光はどこから出てるの……?」
「どこからって、そりゃあ天井の照明に決まって……あれ?」
ノービスに指摘されるまで気づかなかった。
この部屋には蛍光灯のような照明器具はない。天井にも壁にも、何もないったらない。
魔方陣は言わずもがな。
妙な話、どこも照明の死角による影がないのだ。
こ、これはつまり。
「魔法の光に照らされるって、こういう事か! 部屋に光が満ちているんだ。すげーっ!」
「驚くの遅いぞスネア」
「いいんだよっ。理解力の問題だからっ。魔法かぁ。うん、やっぱり魔法はこうでないと! せっかく魔力があるんだし、いっそスキルっぽい魔法とか、探せばあるんじゃないかなぁ。あるといいなー。元はゲームなんだからモブもステータス確認させろよなっ。システムナレーションこいよマジでっ!」
いきなりまた浮上しだした俺を、ジャイスとノービスが胡乱な目を向けてきた。
「スネアは相変わらず、浮き沈みが激しい」
「いつも以上に、言ってることが意味不明だしね」
「いつも……?」
若干引き気味な殿下。
「スネアはアレで普通ですから」
「そ、そうか」
「ようやく本調子が出てきたねっ」
「聞こえてるぞ、そこっ」
あははははっ、と大笑いする二人。つられて殿下も笑い出した。
ほんと、いい仲間だよ、お前らは!
「よし、見るべきところは分かった! 次行くぞ次っ!」
気合をいれなおして、マジカルツアー再開といこう。
要は、魔道装置とやらは電気と同じような使われ方をしていると考えればいいわけだ。
前世でのスイッチの在り方を思い出しながら探してみれば、すべての部屋、階段といった要所要所に設置されていた。
さらに調べていくと、暖炉は薪がないのに火が点き(赤外線ヒーター)、通風孔がないのに涼しい風が吹き(クーラー)、水道はお湯が出る。
笑えたのは、よりにもよってトイレに隠し扉があったことだ。スイッチ押したらわぁビックリ! その先にあったのは、なんと水洗トイレと風呂場。なぜそこに隠したし!
風呂場にはシャワーもあった。もう一度言う、シャワーがあった! 固定ヘッドなので、そうと知らないと意外に気付きにくいがな。
「ここは楽園か!?」
「おおげさだな、スネアは」
「何を言う! シャワー付き風呂と水洗トイレは人類の宝だぞ! これがあって初めて、人は人らしく生きられるんだ! 魔道装置万歳!」
風呂場で一人で大はしゃぎの俺。
たいして、みんなはなんで俺が騒ぐのか理解できていないようだった。
基本、風呂に入らない人たちはこれだからなぁ。
「スネアは物知りだな。しゃわー?とやらは、どう使うのだ?」
あ、そこからなのね。
なぜ使い方がわかるのか、という疑問は「スネアだし」という理由でスルーされた。
はなはだ遺憾に思う! が、説明できないので良しとする。
使い方を説明ついでに、実際にみんなでシャワーを体験するという、大人になったら確実に黒歴史になるだろう騒ぎに、さすがの老メイドさんも出てきちゃいました。
「備え付けの洗浄剤の説明は……もうお使いでございますか。これは失礼を。タオルとお着替えをお持ちいたしましたので、お使いくださいませ」
体中を泡だらけにして、殿下共々はしゃいでいたところを見つかり、気恥ずかしくなって慌てて身支度した俺たちは、まんま部活の合宿中の高校生のようだった。
懐かしいな、合宿……。
ちなみに、殿下を洗うのにマジで3人がかりでした。
「もうこれで、魔道装置みつけ終わったかな?」
「……いや、まだだ」
「なんでだ?」
「だってさ、ジャイスも見たろ? あの老メイドさんの態度。ここまでは、さも当然というカンジだった。きっと、まだある」
おそらくは、レネさんですら気付けなかった、一番ヤバイのが。




