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いいね、の向こう側  作者: 櫻木サヱ
観測される側

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11/11

あなたの意見

 朝起きて、最初に確認したのは天気でも時間でもなく、通知の数だった。


 47。


 一晩で、増えている。


 フォロワー数は、昨夜の48人から変わっていなかった。

 でも、通知だけが異様に多い。


 ベッドの上で、スマホを握ったまま固まる。


 嫌な予感しかしない。


 恐る恐る、通知を開いた。


 「あなたの意見が参照されました」

 「あなたの意見が反映されました」

 「あなたの意見が無効化されました」


 意見。


 そんなもの、出した覚えはない。


 タイムラインではなく、見慣れないタブが自動で開く。

 そこには、私の名前とアイコンが表示されていた。


 そして、その下。


 「本日の基準ユーザー」


 意味が、すぐに理解できなかった。


 スクロールすると、説明文が続く。


 「基準ユーザーの行動・反応・沈黙は、

 他ユーザーの選択判断に影響します」


 喉が、ひくりと鳴った。


 影響、じゃない。

 これは、基準。


 つまり。


 私がどうするかで、

 他人の“正解”が決まる。


 画面の右端に、小さなライブ表示が出ていた。


 「現在、あなたを参照中:19人」


 リアルタイム。


 誰かが、今この瞬間も、

 私を見ている。


 スマホを閉じても、

 見られている感覚は消えなかった。


 大学へ向かう電車の中。

 何気なくスマホを見ると、画面が自動で切り替わる。


 「行動ログを記録中」


 文字の下に、秒数が流れている。


 視線を落とした。

 スマホを見ている時間。

 画面を閉じた時間。


 全部、記録されている。


 講義室に入った瞬間、

 また振動。


 「基準行動が更新されました」


 何もしていない。

 ただ、席に座っただけ。


 それなのに。


 隣の学生が、ちらりと私を見る。

 気のせいだと思いたかった。


 でも、視線は一つじゃなかった。


 前の席。

 斜め後ろ。

 やけに、目が合う。


 講義が始まっても、集中できない。


 スマホを伏せているのに、

 画面が勝手に点灯する。


 「あなたは今、発言していません」

 「沈黙:平均より長め」


 やめて。


 心の中で呟いた瞬間。


 通知。


 「あなたの意見:消極」


 ぞっとした。


 意見なんて、言っていない。

 考えただけ。

 いや、考えてすらいない。


 それでも、

 “消極”とラベルを貼られる。


 講義の途中、

 教授が質問を投げた。


 誰も手を挙げない。


 一瞬の沈黙。


 そのとき、

 スマホが強く振動した。


 「基準ユーザーの反応待ち」


 待たないで。


 私は、息を詰めたまま、動けなかった。


 教授は、少し困ったように笑って、先へ進む。


 その瞬間。


 「あなたの意見が確定しました」

 「本件における基準:無反応」


 画面が切り替わる。


 「参考にしたユーザー:32人」


 増えている。


 フォロワー数は、変わらないのに。


 誰かが、

 私を“見本”にして、

 自分の選択を決めている。


 講義が終わり、廊下に出る。


 人の流れの中で、

 急に、スマホが鳴った。


 DM。


 知らないアカウント。


 「あなたは、どう思いますか?」


 短い一文。


 それだけ。


 返事を書こうとして、止まる。


 答えたら、

 それが“意見”になる。


 答えなければ、

 それもまた、意見になる。


 画面の下に、補足が表示された。


 「基準ユーザーの回答は、

 72時間保存されます」


 保存。


 消えない。


 私は、

 いつの間にか気づいていた。


 もう、

 自分のために行動していない。


 誰かに見られ、

 誰かに使われる前提で、

 動いている。


 それでも。


 スマホから、目を逸らせない。


 通知が、最後に一つ届く。


 「あなたは、

 自分の意見だと思っていますか?」


 その問いに、

 私は答えられなかった。

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