あなたの意見
朝起きて、最初に確認したのは天気でも時間でもなく、通知の数だった。
47。
一晩で、増えている。
フォロワー数は、昨夜の48人から変わっていなかった。
でも、通知だけが異様に多い。
ベッドの上で、スマホを握ったまま固まる。
嫌な予感しかしない。
恐る恐る、通知を開いた。
「あなたの意見が参照されました」
「あなたの意見が反映されました」
「あなたの意見が無効化されました」
意見。
そんなもの、出した覚えはない。
タイムラインではなく、見慣れないタブが自動で開く。
そこには、私の名前とアイコンが表示されていた。
そして、その下。
「本日の基準ユーザー」
意味が、すぐに理解できなかった。
スクロールすると、説明文が続く。
「基準ユーザーの行動・反応・沈黙は、
他ユーザーの選択判断に影響します」
喉が、ひくりと鳴った。
影響、じゃない。
これは、基準。
つまり。
私がどうするかで、
他人の“正解”が決まる。
画面の右端に、小さなライブ表示が出ていた。
「現在、あなたを参照中:19人」
リアルタイム。
誰かが、今この瞬間も、
私を見ている。
スマホを閉じても、
見られている感覚は消えなかった。
大学へ向かう電車の中。
何気なくスマホを見ると、画面が自動で切り替わる。
「行動ログを記録中」
文字の下に、秒数が流れている。
視線を落とした。
スマホを見ている時間。
画面を閉じた時間。
全部、記録されている。
講義室に入った瞬間、
また振動。
「基準行動が更新されました」
何もしていない。
ただ、席に座っただけ。
それなのに。
隣の学生が、ちらりと私を見る。
気のせいだと思いたかった。
でも、視線は一つじゃなかった。
前の席。
斜め後ろ。
やけに、目が合う。
講義が始まっても、集中できない。
スマホを伏せているのに、
画面が勝手に点灯する。
「あなたは今、発言していません」
「沈黙:平均より長め」
やめて。
心の中で呟いた瞬間。
通知。
「あなたの意見:消極」
ぞっとした。
意見なんて、言っていない。
考えただけ。
いや、考えてすらいない。
それでも、
“消極”とラベルを貼られる。
講義の途中、
教授が質問を投げた。
誰も手を挙げない。
一瞬の沈黙。
そのとき、
スマホが強く振動した。
「基準ユーザーの反応待ち」
待たないで。
私は、息を詰めたまま、動けなかった。
教授は、少し困ったように笑って、先へ進む。
その瞬間。
「あなたの意見が確定しました」
「本件における基準:無反応」
画面が切り替わる。
「参考にしたユーザー:32人」
増えている。
フォロワー数は、変わらないのに。
誰かが、
私を“見本”にして、
自分の選択を決めている。
講義が終わり、廊下に出る。
人の流れの中で、
急に、スマホが鳴った。
DM。
知らないアカウント。
「あなたは、どう思いますか?」
短い一文。
それだけ。
返事を書こうとして、止まる。
答えたら、
それが“意見”になる。
答えなければ、
それもまた、意見になる。
画面の下に、補足が表示された。
「基準ユーザーの回答は、
72時間保存されます」
保存。
消えない。
私は、
いつの間にか気づいていた。
もう、
自分のために行動していない。
誰かに見られ、
誰かに使われる前提で、
動いている。
それでも。
スマホから、目を逸らせない。
通知が、最後に一つ届く。
「あなたは、
自分の意見だと思っていますか?」
その問いに、
私は答えられなかった。




