番外編◆スイカと種、IV
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食後にスイカをカットして食べる。漫画に出てくるような半円形を望んだ息子には、その大きさに。他の家族には、カットフルーツと同じくらいの大きさにカットする。
息子は豪快に、種 (seeds)ごと飲み込むタイプだ。少なくとも我が息子は、種(seeds)があるから嫌だと駄々を捏ねて彼女をキレさせる男には将来ならないようだ、ということに安心する。
娘は途中まで種をちまちまとフォークで取り除くが、面倒になったのか、そのままかぶりつくことにしたようだ。瑛子もこのスタイルだ。
夫は種 (seeds)がなあ、と瑛子をチラチラと見てくる。が、瑛子はそれに気づかないふりをする。
そういえば、子どもの頃に「スイカの種 (seeds)を飲み込むと腹の中からスイカが生える」と脅されたことを思い出す。結局嘘だと分かったのは、中学に上がった頃だったか。子ども心に結構怖かった思い出だ。
「芽が出る」は、Germinateと言う。あまりピンとこないかもしれないが、身近な単語からきている。Germだ。
germとは、種子という意味もあるが、それよりよく使うのは、「細菌」という意味。
パンデミックの全盛期には、「殺菌」という言葉を嫌と言うほど聞いただろう。この「菌を殺す」の「菌」の部分が、germなのだ。
手指の消毒に使うハンドサニタイザーには、「Kills 99.9% of germs」と書かれているものが多い。「99.9%の細菌を殺しますよ」という意味だ。
99.9%ってほんとかよと思いつつ、ハンドジェルを手指に擦り付け、ただでさえ頻繁な手洗いでガサガサになった皮膚にアルコールが染みて痛い……ということを繰り返した人も多いのではないか。
殺菌に一番効果的なのは高濃度のアルコールだが、細菌という生物が死ぬのであれば、生きた生物である人間の体にも良くはない。でも、体に悪い細菌をくっつけたままでいるのも良くはない。このジレンマ。
口に含んだ種 (seeds)を、息子が突然吹き出した。口の中に溜めておいたらしい。
「ちょっと!」黙々とスイカを食べていた瑛子は、声を上げてテーブルを拭く。
「どこまで飛ぶか、ねえね、競争しよう!」息子はまた口いっぱいにスイカを含んだ。
「ヤに決まってんでしょ」娘は横目で弟を見ながら、しらっと返事をする。
「やめなさい」瑛子は首を振った。が、聞いちゃいない。仕方がないので、やるなら外に行け、と告げる。
「わかった!」と勢いよく椅子を蹴り飛ばした息子を見て、瑛子は夫に視線を向けた。ついてってあげて。目で訴える。
夫は面倒そうに口をへの字に曲げる。瑛子は呆れたように夫を見返す。
そのやりとりをして数秒。外から犬の興奮した鳴き声と、飼い主さんの慌てたような声、それから息子の笑い声がする。
瑛子は額に手を置いた。おおかた、息子が種 (seeds)を吹き出したところに散歩中の犬が通りかかったのだろう。
瑛子はもう一度夫を見た。今度は少し強めの視線を投げかける。
観念したように夫は席を立った。
あなたの種(seed)でしょうが。
Seedは古い言い方で精子という意味もある。この場合は、不可算名詞扱いだ。
夫は子ども嫌いなわけではないが、積極的に子育てに参加するわけでもない。なんというか、未だに子どもとどう接していいかわからないようだ。
理解できない行動を取る子どものことが理解できない、といったところか。瑛子だって子どものすることなど理解不能だ。でも、そんな甘いことを言ってられないのが、子育てだ。
片付けを終えたあと、瑛子はやれやれとビール片手に椅子に座った。おつまみのかぼちゃの種(seeds)も忘れずに。
視線を落とすと、床に落ちている黒いものにビクッとする。
しばらく見つめるが、動く気配はない。瑛子はほっと詰めていた息を吐いた。
スイカの黒い種 (seeds)は、夏に見たくない虫ナンバーワン(というか年中見たくないが)に輝くアレに、そっくりなのだ。黒いツヤといい、平べったい形といい、アレのベビー版に大変よく似ている。ティッシュで包んでゴミ箱行きにする。
「びっくりしたあ」
瑛子はやや動揺しながら、缶ビールを開ける。ふと視線を上げると、瑛子が自分のお小遣いを貯めて買ったお気に入りの花瓶の底が黒い。フィンランドの砂で作られた一点もののガラスの花瓶には、花は生けずに飾っているのだが。
近づいてみると、やっぱり、と瑛子は首を振った。底に浮いているのはスイカの種(seeds)。よく見ると、底は湿っている。
おおかた、息子が入れたのだろう。スイカをここで栽培しようと思ったに違いない。
種 (seeds)を植えるというと、plant seedsと言いたくなるところだが、Sowという動詞を使う。
sow a seed。
そして、種 (seeds)を一つだけ蒔くことは少ないので、複数形にする方が多い。
比喩的に使えるフレーズで、いろいろなものをまくことができる。
Sow seeds of hopeは、希望の種をまく。
Sow seeds of growthは、成長の種をまく。
Sow seeds of loveは、愛の種をまく。
このようにポジティブなものをまくことができる。が、人生、そんなキラキラしたものばかりではない。
Sow seeds of trouble は、災いの種をまく。
Sow the seeds of hatred 憎しみの種をまく。
Sow the seeds of distrust 不信の種をまく。
たかが種 (seeds)。
されど、種 (seeds)。
有名な映画、フォレスト・ガンプのセリフに、こんなものがある。
“Life is like a box of chocolates. You never know what you’re gonna get.”
瑛子が訳すなら、
『人生は箱入りのチョコレート・アソートのようなものだ。食べてみるまで、何のフレーバーかは分からない。』
だろうか。
これを瑛子の人生に照らし合わせるなら。
Life is like a bag of seeds. You never know what’s gonna sprout.
人生はいろいろな種が入った袋のようなものだ。まいてみるまで、何の芽が出てくるかは分からない。
人はみな、いろいろな種が入った袋を抱えて産まれてくるのだろう。さしずめ、お楽しみ袋のようなものだ。
それをどう使うか、いつまくか、どこにまくか。
それはその人に委ねられている。
できれば豊かな未来に繋がる種(seeds)をまきたいものだが、こればっかりは芽が出てみないと分からない。
とりあえずは、子どもたちの成長かしらね。最重要項目は。
瑛子はかぼちゃの種(seeds)を口に放り込んだ。
じゃりっという食感と、苦味が口の中に広がる。どうやら外れを引いてしまったようだ。それをビールで流し込んで、もうひとつまみ。今度は美味しいものだった。瑛子はにっこり笑うと、ビールを飲んだ。




