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A to Zで綴る瑛子の日々  作者: 上条ソフィ


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J as in Judge(ジャッジのJ)、VIII

「そうねえ。確かに本社勤務になったら英語力が必要なことは確かだけど。本社にはネイティブの人がたくさん勤めてるからね。でもマネージャーが頑張っている事は本当だし、英語もだいぶ伸びてきたわよね?」


「頑張ってはいるんですけど。でもTOEICも目標の点数は超えられないし。英検の面接でも落ちるし。ジャッジ(judge)されるって、ほんとに大変ですよね。でも今日の午後、僕、反省したんです。僕も毎日、生徒さんをジャッジ(judge)してるじゃないかって。『この生徒さんは上のクラスに行ける』とか『行けない』とか。『この生徒さんはもう少し頑張ったほうがいいんじゃないか』とか。自分もできてないくせに、何様だって感じですよね。だから僕、生徒様からの評価が低いんでしょうか?」


「まあ、どこかで誰かが判断(judge)を下さないと、クラス編成ができないからね。マネージャーの生徒様からの評価は低くないと思うわよ」

 瑛子は何と慰めるべきか考えながら言う。


 判断をする。判断をされる。

 To judge, and to be judged.


 人は日々、人をジャッジし(judge)、人にジャッジ(judge)されて生きているのだ。


 瑛子のような英会話講師及びスタッフは、生徒様の英語力をジャッジする(judge)立場ではあるが、それと同時に生徒様からも、仕事のパフォーマンスをジャッジ(judge)される立場でもある。


 仕事上であれば致し方ないが、これがプライベートにも侵入してきている、というのが現代の厄介なところだ。


 昔の時代は今ほど、情報が多くなかった。だが、SNSの台頭で、いとも簡単に他人の生活を見ることができるようになった。そうすれば、人と比べたくもなるのが人のさがというもの。

 自分と他人を比べることもあるし、自分のことは棚に上げて、誰かと誰かを比べることもある。他人をジャッジ(judge)する機会と、ジャッジ(judge)される機会が増えたのだ。


 さらに厄介なことに、IT技術の発展で、今までなら何とも思わなかった行動をとる――例えばスーパーで買い物をする、もしくは施設内のトイレを使用する――だけで、その評価を求められることがある。


『レジスタッフの対応はいかがだったでしょうか?』

『トイレの清潔度ははいかがだったでしょうか?』

 三つ星、もしくは五つ星で評価をすることが求められる。


 そんな日々を過ごしていれば、批判的(judgmental)になってしまうのも仕方がないこと。

 そしてその批判的(judgmental)な目は、自分に向かうこともある。マネージャーが落ち込むのも、当然といえば当然だ。


 日々何かをジャッジ(judge)することを求められる生活というのも、なかなか疲れるものだ。


「僕、やっぱり向いてないんじゃないかなって思って、転職も考えたんですよ。とりあえず昼間はこの仕事(Day job)をして、夜はデリバリーのドライバーでもやろうかと思って」


 Day jobとは日中の仕事、つまり本業のことだ。


「それは絶対にやめときなさい」

 瑛子はきっぱりと止めた。

 ここでの業務が十分激務なのに、へとへとに疲れた後にバイクの運転などしたら、危なくて仕方がない。


「やっぱり無理ですよね。でも、今日『ついてないクラブ』にめでたく加入して、仲間といろいろ話したら、ちょっと気分が楽になりました」

 さっきのマークと駆け込んできた先生のやつか、と瑛子は思い返した。なかなかロビーに戻ってこないなとは思っていたが。仕事はきちんとしろよ、とは思うが、ここで瑛子が批判的(judgmental)な態度を取ったら、またマネージャーがしょげてしまうだろうと思い止まる。


「人生、山あり谷ありよ。落ち込むこともあるかもしれないけど、マネージャーはこの教室に必要な人材だからね。あなたがいなくなったら、私が泣くわよ」

 瑛子はそう言うと、マネージャーに飴ちゃんを渡した。一つは自分の口に放り込む。梅の飴で、中には梅ジャム(jam)が入っている瑛子のお気に入りのもの。

 梅の酸っぱさに唾液が溢れてきて、瑛子は目をぎゅっと瞑った。飴を噛むと、中から甘い梅ジャム(jam)がとろりと蕩けて、口の中が中和される。


「クエン酸と糖分ですね」

 いただきますとマネージャーは真面目な顔をしてパッケージを破った。


「そうそう。疲れたときにはこの二つが効くんだわ」

 瑛子は荷物もまとめて席を立った。マネージャーは大丈夫。

 押しは弱いが、このカオスな教室のマネージャーができる人はなかなかいない。


「お疲れ様でした。また明日」

 話を聞いてくれてありがとうございます、とマネージャーは頭を下げた。

「お疲れ様。また明日ね」

 瑛子は手を振って教室を出た。


 慰めるつもりが、何だか瑛子が慰められてしまったような気がする。

 幾つになっても、いつの時代でも。人は人をジャッジ(judge)して生きてきたのだろう。危険か否かの判断(judge)ができなければ、生き残ることはできないのだから。

 ただ、現在では、それが心の内や狭いコミュニティーに留まらず、全世界に、瞬時に発信できてしまうというだけで。


 Judge という言葉は、評価、判断、批判、判定など、さまざまな意味を含む言葉だ。

 何が判断で、何が批判なのか。

 その境界線は曖昧だけど、なるべくなら、人にも自分にもキツくなりすぎないほうが生きやすいだろうと瑛子は思う。

 とはいえ、そんなにすぐに割り切れるものでもない、というのもまた事実。


 ちょうどよく(Just in time)来た電車に乗りながら、瑛子は、「まあ、これも人生ね」と小さく口の中でつぶやいた。

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