20)隠れた処罰
本日、二話目の投稿です。一話目は朝9時に投稿してあります。
「おい、お前、そいつを寄越しな」
厳つい、いかにも性悪そうな男に食事の盆を指さされる。
ベニトが一瞬、躊躇していると、横からさらにドスの利いた声がした。
「そいつは放っておけ。新入りよ。貴様、いつからここで俺の知り合いに声をかけられるほど偉くなったんだ?」
先に声を掛けてきた男はすぐさま頭を下げ、這々の体で逃げ去った。
ここで生きていく本能くらいは持っていたらしい。二度とあいつがベニトに近付くことはないだろう。
「ジルさん、恩に着ます」
「いいってことよ」
にかっと、迫力の笑みで答えてくれた。一見、笑みに見えないが、この口の歪みが笑みだということがわかるくらいには付き合いがある。
なにしろ、ベニトがこの「凶悪犯罪者用の作業所」に来てあと半年ほどで十年になる。
ベニトがここでまだ生きているのは「高位貴族の法務部高官の、しかも正妻の娘に嫌がらせをした案件でここに入れられた」とばれているからだ。ここまで条件の揃った令嬢に嫌がらせして捕まるなんて「骨があるじゃねーか」となぜか気に入られた。
確かに、普通ではできないことだ。
下位の貴族令嬢や、高位貴族でも落ちぶれた令嬢への犯罪だったら、むしろとっくに生きていなかったかもしれない。
ベニトが宣伝したわけじゃない。新入りは念入りに調べられるからだ。ベニトも誤魔化す気はなかったので聞かれれば答えた。
「なにやったんだ?」と凄んで訊かれて「楽器かくしたりとか」「あと、あんま美味しくない豆、料理に混ぜたりとか」と正直に答えて大笑いされた。凶悪犯罪者たちのツボは本当にわからない。
それで、幾人かの先輩囚人に庇って貰えるようになった。
ベニトはこの物騒な囚人ばかりの中で比較的信用できるし能力もあったため、職員たちにしばしば手伝いをやらされている。そのときに手に入れたものを世話になった囚人たちに貢いでもいる。
だから生きている。作業はさすが過酷と有名な作業所だけあってきついが、ベニトは体は頑丈だった。まだ頑張れている。いつまで運と体力が続くがわからないが、まだ無事だ。
元カリヤ家の執事、ベニトは鉱山での刑期は十年と言い渡されている。
おかしいと思った。あまりに刑期が長すぎる。
横領の罪で鉱山で働く、それは良い。良くはないが、その点はおかしくはない。
ベニトは横領した金を貯め込んでいた。
恋人のアミはあまり金を欲しがらなかった。
「弟や妹たちはもう独り立ちして小遣いをやる年齢じゃなくなっちゃってね。姪や甥にそんな高価な小遣いはやったらダメだしねぇ」
と言っていた。アミは、マナリアに欺されていた。
馬鹿な女だなと思うが、惚れた欲目だ。そんな無垢で馬鹿なところも彼女の良いところだと思ってしまった。
自分も愚かだった。マナリアの言うことなど聞くなと言ってやればよかった。
ベニト自身もそうだ。横領などやらなければ良かった。つい、やってしまった。カリヤ侯爵があんまりにも無能で常識がなかったために、横領がやけに容易かった。ほどほどのところでアミと逃げれば良かった。だが、アミはマナリアを信じ切っていた。逃げられなかっただろう。
それにしてもおかしいと思うのは、ベニトの横領の金はとっくに払い終え、賠償金も払い終えた。
横領した金は貯め込んで使ってなかったからだ。アミと逃げた後で使う予定だった。そうはできなかったわけだが、おかげで金はとうに返した。横領の罪としての刑期も終えたはずだ。刑期の相場くらい知っている。
業務上横領の刑期は長くて十年だ。横領した金や賠償金などを全て払えば三年は短くなる。だから、本当ならベニトの刑期は終わりだ。それでも、鉱山から出られない。
ベニトのいる鉱山は凶悪犯罪者用だ。横領は凶悪犯罪ではない。ベニトが、雇用主の娘である貴族令嬢が嫌がらせを受けているのに報告義務を怠ったとして、その分も賠償金が加算されここに送られた。
嫌がらせの実行に関しては、ベニトは「一応、無関係」と裁判では判断されている。
ベニトの罪は、主として、使用人を勝手に辞めさせ給料を着服していた件だ。職業斡旋所の苦情の手紙も握りつぶしていた。
レアはエイトに何十通も手紙を出していたが、それを無視したのはエイトだ。エイトは「そんな手紙はもらっていない」と最初は言っていたが、緊急性がないと判断した手紙は脇に避けてすぐに忘れて捨てていたことが確かめられた。単に、エイトが自分の娘を放置していた。
つまり、ベニトは令嬢虐待に関しては「すべてではないが、ほぼ無関係」となった。
いない家庭教師の金を請求していたのが令嬢虐待に当たるかが微妙だったが。ベニトは「教授料」という名目で少々の金をせびっていた。普通の親なら、家庭教師を雇ったならどんな人物かとか問い合わせるはずが、なにもなかった。エイトは教授料がやけに安いことも疑問に思わなかったらしい。そのようなわけで、善良な執事なら、雇い主が言わなかったとしても気を利かせてすべきことをやらなかっただけ、と判断された。ゆえに、罪状は横領だけだった。
ベニトは自分でも令嬢に悪いことをやったと今さらながら思うし、この凶悪犯罪者用の作業所で罪をあがなうしかないんだろうなとは思うが、親のエイトの養育放棄が許されるのは高位の貴族だからか? とも考えていた。
エイトは娘を放置していたが、司法は大したことではないと判断した。
貴族家で子が虐待される事件は珍しくはない。後妻が先妻の子を虐待するときなど、もっと惨たらしい。殴る蹴るは当たり前、食事もやらず、物置に閉じ込めるなど、判で押したような虐待の事例がごろごろある。相手が娘の場合は性的虐待もよくある話だ。
アミがレアに行っていた嫌がらせは、それらに比べればぬるい。比べるものが悪すぎではあるが、司法の判断材料にはなる。
食べさせていた「クソ不味い」豆は、アミがよく煮て味見をしていたので、誰も毒とは疑っていなかった。ちょっと独特の匂いだな、くらいなものだ。
その豆が問題だった。
この作業所から逃げられない理由に関しては、あれだな、逃げたら困るってやつだな、とベニトは察している。ヤバいことに関わっちまったんだろう。なにしろ、アミに豆を渡していたマナリアの刑期は、過酷な北の作業所で三十年だ。
変わった豆は毒ではないが「クソ不味い」うえに栄養たっぷりだ。大した物ではなく、嫌がらせだとアミは思っていた。
「本当は正妻に復讐したかったみたい」
とアミから聞いた。マナリアは死んだ正妻に嫉妬してたからだ。アミはマナリアの指示にすべて従っていた。正妻が優雅に楽器を弾くのが気に入らなかったために、娘が弾くのも邪魔しろという。
なんて醜い女だろう。ベニトは呆れたものだ。
そんなことに関わるなと言ってやれば良かった。
自分はここで刑務作業しながら暮らすのはそう悪くないかもしれんがな、と己の行く末を思う。
出てもろくな仕事には就けない。なにしろ、前科者だ。路頭に迷うことになるかもしれない。
よほど田舎に行けばなんとかなるかもしれないが。王都で働こうとすればばれるのだ。王都では照会が簡単にできるために。
鉱山にいれば仕事はあるし衣食住には困らない。刑期を終えれば出られるはずだが、訳ありだと理由を付けて刑期が延ばされる可能性もあった。
不味いことを知ってしまったのなら、魔法を使った契約で秘密を守らせればいい。けれど、そんな手間は平民にはかけない。
罪人として働きながらでも金は少しずつ貯められる。使う場がないのだから。その金もそのまま使わずに終わりそうだ。ベニトが死んだのち迷惑をかけた実家に送る手続きはここに入ったときに済ませてあるが、そのころにはもう家は代替わりしているだろう。
ベニトは「まぁ仕方ない」と諦めていた。諦めるしかない。
だが、アミは北の作業所にやられた。
「生きてろよ、アミ」
会いたいな、と思う。それだけが辛い。
彼女のことだけがどうにも辛くて堪らなかった。
□□□
その日は、昼食を食べたのち、刑務官に呼ばれた。
アミは呼ばれた理由がいくら考えてもわからず戸惑いながら、応接室という名の寂れた部屋に向かった。
この部屋は応接室というより貧相な会議室だ。座り心地の悪そうな固いソファを勧められ座った。
「法務部諜報科のビアン・バレと申します」
と四十代くらいの地味な女に名乗られた。もちろん、初対面だ。地味ではあるが、存在感がある。見るからに有能そうだ。
「アミ・ノアシュです」
「よろしくね、アミ・ノアシュさん。ご相談があって参りましたが、その前に守秘義務契約をさせてください」
有無を言わせぬ口調だった。
それでも断るという選択肢はあるかもしれないが、断ればすぐに追い出されるだろう。もちろん、話は一言も聞けないままに。そうなったら、相談事とはなんだったのかと気になって仕方がないに決まってる。アミは迷わず頷いた。
ビアンは速やかに書類とペンをアミの目の前に置いた。
まるで流れるような動きだ。アミはそこまで速やかに動けず、それでも精一杯の早さでサインをする。
「ありがとうございます。ご相談というのは、ですね。まずはその前に、我が国では『隠れた処罰』というものがございます。聞いたことはありますか?」
あるわけがない。アミは即座に首を振った。
「ないですよね、普通はないんですよ。でも、あるんです。我が国の司法は独立をしていますがそれでも国のため、人のために存在するわけですから、秘匿しなければならない情報は完璧に秘匿します。たとえば、少年や少女が襲われ穢されたような事件は大っぴらにしたりしません。彼らの尊厳のために」
ビアンの話はもっともだと思い、アミは頷く。
「同じように国防上、公にできないような犯罪も稀にあるわけでして、そういった事件の詳細も隠されたりします。で、そのような事情で、実際は惨刑が相応しい犯罪者も表向きは終身刑と発表されることがあるんです。もちろん、滅多にありはしませんが、ごく稀にあります」
「そ、そうです、か」
アミは不穏な話に背筋が寒くなりながらも相槌を打った。
実は処刑だった、とか話が出てくるんじゃないわよね、違うわよね、まさかね、と胸中で焦るが余計なことも言えないので必死に口を噤む。
アミの心中など気付きもしないで、ビアンは話を続けた。
「六年前にもそのような案件がありました。秘匿しなければならない事件だったために、かの犯罪者は終身刑となりました。けれど到底、ただの終身刑で許されるようなものではありませんでした」
ビアンは渋い顔で目を閉じ首を振った。まるで、俳優のような仕草だった。
六年前ならアミのことではない。
アミは密かに安堵した。アミがやらかした事件は九年以上は前だ。
六年前というと、宰相のメリエ家がぶっつぶれたころかしら? とアミはさらに思い返す。
新聞に載っていたので知っていた。
宰相の娘ロザ・メリエは王室管理室の職員ルーベラ・コーラと年齢がかなり離れているのに友人だったという。そんなのは嘘だとすぐにわかる。
情報が欲しい者と違法に流す者との間柄だろう。見返りが毒物なのだから性悪すぎる。友だち思いにもほどがある。
当時十七歳の小娘がどんな情報が欲しかったのかといえば、しつこく迫っていたというサシャ殿下の情報だろう。
さらに毒を飲まされても死ななかった寝たきりの夫を「火事の振りをして焼き殺せば良い」と忠言し、ルーベラは彼女の言う通りにした。
とんでもない令嬢だ、とアミは驚愕した。世間を騒がせる事件だった。
その捜査がメリエ家に入ると、今は亡き先代宰相の悪事が今更ながら暴かれた。ほとんどが贈収賄事件だが、中には政敵を毒殺した証拠などまで出てきた。
捜査の過程でロザ・メリエがまだ十四歳のときに、庭師の息子を貯水池に落として溺死させていたことまで明らかになった。
メリエ家はお取り潰し、ロザ・メリエはまだ十七歳で終身刑となった。
宰相は心労が祟り、半年ほどして病で亡くなった。
しばらくは王都の民はその話題で持ちきりだった。
「その場合は、ほとぼりが冷めたころに相応しい罰を受けてもらいます。『隠れた処罰』で」
「そ、そうなんですね」
「ええ。被害者が多数いるのに事件は隠さなければならないから温情を与える、なんて公平ではありませんからね。被害者の遺族は受け入れられないでしょう」
ビアンの言葉にアミはこくりと頷いたが、
「でも、事件は隠しても、刑罰はきっちりさせたらいいんじゃないですか」
と疑問を投げかけた。
「ああ、そういうのは本当にまっとうな感覚ですわね、その通りですわ。でもそれだと、事件が存在しないのに処刑というわけですから、世間は納得できませんでしょ」
「それは、そうですけど。『表に出せない事件だから』と言い訳をしておけばよろしいのでは?」
「それで誰もが調べようとせずそっとしておいてくれるのなら、そうするんですけれどね」
「そう簡単に調べられないようにすればよくない?」
「もっとも確実なのが、『存在すら知られていない』という状況ですのでねぇ」
「なる、ほど」
アミはとりあえず事情はわかった気がした。お国がそれだけ完璧に隠そうとすれば、きっと予算がかかるだろう。
そんなことで税金が上がるのも嫌だし。しょうがないのよね、きっと、と納得しておく。
「それで、アミさんとしては納得はしきれないかもしれませんが、ご理解はできました?」
「ええ、まぁ」
「それで、もしもその『隠れた処罰』のお手伝いをしていただけるのでしたら、恩赦があります」
「は? 恩赦? え? 処罰の手伝いなんて、素人の私が?」
「そうです。その処罰されるべき女性が隣の棟におりましてね。もちろん、アミさんが断られるのでしたら『それ用』の人材は派遣されますが。一応、模範囚に持ちかけられるんですよ。真面目に刑を勤めておられ、模範となっていると認められた方へ、恩赦の機会を与えましょう、ということで」
実は「それ用」の人材の選出は難航していた。今回の「決められた処罰」を遂行するのが難しいからだ。ゆえに、アミに話を持ち込んだのだが、そんな事情をわざわざ暴露するつもりは毛頭ない。
「私、そんな真面目でしたっけ?」
アミは首を傾げた。
「真面目ですし、弱々しい若い子を庇ったりしましたでしょ」
「ああそれは、たまたま妹に似てたんで。別に人より親切ってわけじゃないです。真面目というのはちょっとわかりませんし。普通ですけどね?」
アミは不可解そうに眉根を寄せた。
「あなた、なかなか善良じゃないですか。まぁとにかく、やるかやらないか答えていただけません? ちゃんとお手当も出ますよ」
ビアンがにこりとアミに頬笑みかけた。
「はぁ、それはようございますね。ところで、その処罰の相手って、ロザ・メリエって人?」
「あら、どうしてそうお考えで?」
ビアンが飄々と問い返した。
「だって、余罪が山ほどありそうですから。新聞で記事は読みましたから」
アミが酷いと思ったのは、庭師の子を殺したという理由だ。
お手伝いをした子は、うっかり小さなスコップを置き忘れたという。それを踏んだロザはお気に入りの靴を汚した。
王室管理室の女性の夫が焼け死んだという事件は、浮気者で賭け事好きな夫が被害者だったのであまり思うことはなかった。
だが、庭師の子は可哀想すぎた。
「そうですか、で?」
ビアンが先を促す。
「お手当は別に要らないんですけど。鉱山で働いている知り合いがいまして。ベニトと言う男なんですが。彼のことでお願いがあります」
アミは緊張しながら話し始め、ビアンは頷いて聞いていた。
アミを調べたときにベニトという男の情報も見ている。アミの「お願い」もおおよそ見当が付いた。
「もしも聞いていただけるんでしたら、きっちりやらせていただきますわ。庭師の親御さんのためにも。ええ、きっちり。だって、処罰、なんですよね? 国が定めた処罰。人殺しとかだったら、やりませんけどね」
ビアンは「もちろん、仰る通り。国の定めた処罰ですよ」と答えた。「まぁ、処刑とかではなく、ちょっと物騒な虫をくれてやるだけですけれどね」
「虫?」
アミは思わず問い返す。
ビアンは嫌そうな顔をしているが、アミは虫などなんともない。虫を嫌っていたら畑仕事はできない。
「取り扱い注意の虫ですから慎重にやってもらいます。その代わり、それなりの報酬はお約束します」
ビアンはうっかり「あの虫」の姿を思い出して鳥肌が立ちながらも平静を装い告げた。この世でもっともおぞましい虫だ。ロザはピンセットで平気で摘まめたというが、並の女ではない。
半年後。
恩赦を受けた二人の囚人が「田舎で暮らす」と仲間に言い置いて出所した。小さな記事にすらならなかったその出来事は、二人にとっては希望の旅立ちだった。
お読みいただきありがとうございました。
明日の朝9時に、番外編をひとつ、投稿予定です。




