21)一時休戦
「お父様がこんなにマメだなんて思いませんでしたわ。なにを企んでるのかしら」
レアはまたも父から贈られてきた孫の玩具に顔をしかめた。毎週のように贈られてくるため子供部屋の棚はいっぱいになりつつある。
「レア。義父上は単に孫が可愛いんじゃないのか」
「私や兄たちも小さくて可愛らしい時期があったと思いますけどね? でも、放りっぱなしだったくせに」
レアは二人目の子が大きくなりつつあるお腹を撫でながら不機嫌に口を尖らせた。
「私が思うに、義父上は現役のころは忙しかったのかもしれない」
「今も父は現役で働いてますけど?」
「それは、つまり年季が入って仕事に慣れたりして要領が良くなった、とか」
「サシャはどちらの味方?」
レアが嫌そうな横目で夫を見る。
「もちろん! 息子たちとレアの味方だよ!」
サシャは傍らで眠るアレーシャを撫で、レアの肩を抱き寄せた。
「そうかしら」
「だ、だが、いつまでも孫を見せないのは、いくら何でも気の毒な気が」
「サシャもうちの父には腹を立てていたでしょ」
「そ、それは、家庭を顧みないにもほどがある有様だったからね」
サシャが頷く。
「でしょう?」
「そうだけど、義兄上たちの話も聞いてみて、単に精神の病だったのかと」
「はぁ? 父が病?」
つい呆れた声が出た。
「そうだ。家庭を顧みられない病みたいな」
「そんな病、あるかしら」
「レアの義兄上たちが義父殿のことをあまりに異常だというからね」
「まぁ、それは」
異常だという点は完全、同意だ。
「孫を一目見せてあげたらどうだろう?」
サシャが畳み掛けてくる。
「うーん、サシャがそんなにも言うなら」
レアは渋々、了承した。
翌週末、手紙を出した途端、エイトはやってきた。
「おおぉ、なんと可愛らしい」
エイトは目を見開き、そのまま言葉もなく固まっている。
王家の居心地の良い居間でレアと小さな息子のアレーシャ、それに公務がお休みのサシャもいた。
サシャはなぜか少し緊張している様子だが、エイトの視線はひたすらアレーシャに注がれている。
三歳になるアレーシャは、そろそろお昼寝の時間なのでレアの膝元で大人しくしている。見慣れぬ男性に視線を向ける目も眠そうだ。アレーシャは寝付きがよく、ぐずる前に眠ってしまう子だった。
「ただの幼子ですけど」
「なにを言っておる! 並の幼子ではないだろう」
「は?」
「普通ではないな」
「え」
「神々しい感じがする」
「えぇ?」
「選ばれし子だと思う」
「ま、真面目に言ってます?」
「お前は母親のくせにわかっておらん」
なぜか父は興奮状態だった。無表情だが、上せた顔色でわかる。
「いや、だって。まだほんの幼児だし」
「栴檀は双葉より芳しと言うではないか」
「まだ芽が出たばかりのような」
「もう三歳と二か月と八日だ。立派な双葉ではないか」
「はぁ」
細かく数えているな、とレアは少し感心した。
「立派な子を産んでくれた。自慢の娘だ」
父が目をうるうるさせている。
うーん、ちょっとキモいような。正直言えばちょっとではなく、いっぱいキモい。どうしても感動の場面とは思えない。そう思いながらふと隣を見ると、サシャまで目を潤ませていた。
え? とレアは夫を二度見した。嘘でしょ、うちの旦那、純粋すぎる。
レアは自分一人だけこの場で不純物のような気がした。
のちに、サシャから「義父上の不器用な生き方はどこか懐かしい気がする」などと意味のわからないことを言われた。
父は、あの横領執事に解雇された使用人たちに払わなかった退職金を何倍にもして支払い、必死に挽回しようとしている。
幸いなことに、解雇された彼らは職業斡旋所がフォローしてくれていた。
だから、様子見というか、ちょっとだけ軟化してあげようかしら。とレアは思い直しておいた。
一生、許すまいと思っていたが、孫と祖父は仲が良いほうがいいだろう。それに、玩具や本を貢いでもらうのはいいわよね、とレアは打算的に考える。
「兄様とエリのところにも赤ちゃんが生まれるしね」
エリは子供が苦手と言っていたので、どうなるかは未知だった。ルト兄もいるので、エリがプレッシャーを感じる必要もない。ところが、とうとうご懐妊だ。エリは少し不安そうだがアズは喜んでいる。案の定、父も喜んでいる。
エリは子供が苦手というより、子育てが苦手な気がした。アズ兄は良いお父さんになる気がするので、その点は大丈夫そうなのにな、と思う。
「エリのとこにも赤ちゃん産まれたら楽しいよね。一緒に子育て。そうしたらお互いに貢がれた玩具とかやり取りしたり。うん、うん。サシャにも『なぜか憎めない』と言われたことだし」
王家といえど、節約は悪いことではない。
レアは一時休戦とし、今は矛を収めることにした。
□□□
レアは戸惑っていた。
父のことを周りの人たちに愚痴ると、思っていた反応と違う場合と予想通りの場合と、想像することもできない遥か向こうの場合があった。
「うわー、ずいぶん反省しちゃったのね、びっくり」
とエリはさんざん驚いたのち、
「そこまで反省したのならやっぱ様子見かなぁ。でもさ、レアの話によると、犯人連中がアホだったから助かったけどもっと性悪だったら危なかったのよ! 簡単に絆されちゃだめだからね」
と、エリは旦那よりもよほど厳しかった。
エリは優しいから簡単に「許してあげましょ」と言い出すだろうと思っていたら違った。
兄たちは複雑そうだ。
「そんな『孫愛』に目覚めてるんだ」と、困り果てた顔をした。二人ともだ。
貢がせられるだけ貢がせよう、と兄たちは言う。それが贖罪だと。
兄たちはレアに関しては妹として可愛い、という以上の責任感を感じているらしい。さすがにレアも察している。
兄二人は自分たちがもっと気付けば良かったと思っているからだ。
でもレアとしては、兄たちはただの学生で寮住まいしていたのだから責任を感じてほしくなかった。
もう一人、意外な反応だったのが聖女様だった。聖女様は、レアの産後の肥立ちを癒やすために来てくださって、そのときから少しだけお付き合いがあった。
「そうですか。お父様が詐欺事件の被害者だった件で、レア様も辛い想いをされていたのですね」
と涙を零された。
涙を零されたのだ。
大事なことなので二回言う。気持ち的にはもっと言いたいくらいだ。
聖女様はレアの手を握り、癒やしの魔法を使ってくれた。泣きながら。
「たくさんの幸運がございますように。幼い御子息様がお健やかに大きくなられますように」
レアの手を握り、泣き濡れた目で頬笑んだ。
あまりに綺麗で、レアはしばし見惚れていた。
レアの周りの人たちは、皆、想像を超えていて、それでいて、どこか懐かしい人たちだった。
お読みいただきありがとうございました。
番外編も一旦、完結になります。
感想をありがとうございました。楽しく嬉しく、読ませていただきました。
ご支援、誤字など、たくさんのお心遣い、本当にありがとうございました。




