沈黙の集い(パンクの産声)
男がいた。
学生だった。
派手でもなければ、誰かの中心にいるわけでもない。
休み時間は教室の隅で、スマホに繋いだイヤホンを外さなかった。
流れていたのは、埃の匂いがする古いパンク。
世界をぶっ壊すような大きな声。
彼にとっては、ささやかな反逆ののろしだった。
周りのクラスメイトは、流行りのアイドルや洒落たロックを聴いていた。
「夢を見よう」
「恋をしよう」
そんな歌詞が飛び交っていた。
けれど彼だけは違った。
どこかで何かが破裂するような音。
それを欲していた。
少ない小遣いを握りしめて、リサイクルショップへ通った。
埃をかぶった安いギターを、毎日眺めた。
いつか、いつか。
けれど、ある日ふと思った。
「いつかじゃダメだ。」
翌日、手元の金を全部持って店に行った。
店主は笑って、くたびれたレスポールジュニアのまがい物を渡した。
ネックに小さな傷があった。
弦はさびついて、ペグも緩い。
けれど彼には本物だった。
ジュニア。自分と同じ名前のように思えた。
帰宅して、夢中で弾いた。
コードも知らなかった。
音が鳴るだけで良かった。
誰もいない部屋で、歪んだ音に浸った。
ある昼休み、イヤホンをしたまま廊下を歩いていた。
クラスの明るい女子生徒にぶつかった。
そうして
彼女のスマホが宙を舞う。
その瞬間、
——世界が止まった。
誰も動かない廊下で、彼だけが動けた。
「……なんだこれ……。」
鼓動だけが速くなる。
あのスマホを落としたら終わりだと、
なぜか思った。
スマホをそっと受け止める。
画面が彼の方へ向いた。
音楽プレイヤーが開きっぱなしだった。
そこに表示されているのは、古いパンクロックの名前。
彼の胸が小さく鳴った。
社会に潰されても叫び続ける声。
何も持たない自分が憧れた声。
まさか、あの女子が。
頭の奥が熱くなる。
スマホを閉じて、女子の手にそっと戻す。
そうして
——世界が動き出す。
取り巻きの罵声も、教室のざわめきも届かない。
ただ、女子の瞳だけが、彼の胸に何かを刻んだ。
小さく呟いた。
「……いい曲、ですね。」
女子は小さく笑った。
周りには気付かれないほどに。
放課後、彼はまっすぐ帰らなかった。
公園の隅。
安物のギターを膝に抱えた。
指が震える。
錆びた弦が、初めて形を持った音をくぐもらせる。
気配に気づいて顔を上げると、昼間の女子生徒が立っていた。
彼女の肩にギターケースが見えた。
「……私も、弾けるんだよ。」
恥ずかしそうに笑って、ベンチに腰を下ろす。
ふたりだけの小さな集い。
初めてのセッションは、音にもならない産声だった。
でも——それでいい。
いつか音は響く。
誰かの胸を撃ち抜く夜が来る。
誰にも止められない、彼らだけのパンクがここから始まる。
——その日、世界は3分間だけ止まった。




