沈黙の環状線(パーキングの少年)
トラックが列をなして眠る場所。
その一台に、少年はいた。
運転席には、静かに眠る父。
父親は長距離ドライバーだった。
家にいる時間は短いけれど、週末だけは少年を助手席に乗せて高速を走った。
眠るのは、深夜のパーキングエリア。
家の寝室より、この狭いキャビンの方が、父を近くに感じられた。
父のトラックのキャビンは、少年にとってオモチャ箱だった。
少年はエンジンのかすかな熱を背に受けながら、
窓の外に目を向けていた。
遠くに見える環状線。
途切れないテールランプの列が、流れ星みたいに伸びていく。
——どこまで行くんだろう。
ぼんやりと、赤いテールランプを見つめる。
車のドアを開けたら、
誰にも気づかれずに、あの光の帯の中に入っていけるんじゃないか。
子どもながらに、そんな夢を抱いた。
父の姿を振り返る。
シートを倒して寝ている横顔は、いつもより少し疲れて見えた。
「……いつも、ありがとう。」
小さな声は、父には届かない。
そっとトラックを降り、冷たいアスファルトの上に立つ。
夜風が、頬に触れた。
すぐそこには、環状線が広がっている。
歩いて行きたかった。
あの光の帯を、いつか自分の車で走りたい。
そんな気持ちだけが、小さな胸をいっぱいにしていた。
一歩、二歩。
気付けば、環状線に身を乗り出していた。
その瞬間——
——世界が止まった。
環状を走る車が止まった。
流れていたテールランプが、赤い星のように宙に浮いていた。
トラックのエンジン音も、遠くの街のざわめきも、すべてが止まった。
少年は目を見開く。
誰もいない環状線。
走っているはずの車の間を、恐る恐る歩き出す。
止まったドライバーの顔を横目に、少年は道路の真ん中に立った。
真夜中の道路に、自分の足音だけが響く。
——速くなくていい。
——走れなくていい。
——でも、ここに立ってみたかったんだ。
僅かな時間、少年は流れる光に溶け込んだ。
そうして、父のトラックへと戻る。
助手席に戻ると、眠っている父の手にそっと触れた。
また環状線を見た。
今はまだ追いかけるだけだ。
でも、いつか自分の手でハンドルを握って、この光の帯に飛び込む。
小さく息を吐いたそのとき——
——世界が動き出した。
テールランプが流れ出し、遠くのエンジン音が戻ってくる。
父の寝息も、変わらず穏やかだった。
寝ぼけたままの父の手が、頭を撫でる。
「……寒かったろ。」
少年は何も言わずに頷いた。
環状の光は、まだ遠い。
けれど、いつか必ず追いつく日がくる。
眠りにつく直前、少年は止まった世界で見た赤いテールランプを、まぶたの裏で追いかけていた。
——その夜、世界は3分間だけ止まった。




