沈黙の放送室 (告白できなかった放送委員)
沈黙の放送室(告白できなかった放送委員)
マイク越しなら、少しだけ強くなれる。
そんなことを思っていた。
彼は放送委員だった。
クラスでは、誰よりも声の小さい生徒だった。
昼休みの放送室が、彼の居場所だった。
教室では笑えなくても、ここでは音楽と声だけが、そっと彼を包んだ。
ずっと好きな人がいた。
放送室から流れる曲を、机に伏せて聴いている彼女を見たとき、
胸が痛いくらいに嬉しかった。
けれど、言葉にはできなかった。
顔を見て「好きだ」と言うなんて、彼には到底できなかった。
だから彼は、放送に忍ばせた。
誰も気づかない一行の文章を、曲紹介の合間に混ぜた。
彼女だけに届いてほしかった。
——気づいてくれていたのか、いないのか。
答えは聞けなかった。
卒業の日が来た。
最後の放送だけは、名前を呼ぶと決めていた。
ありがとうと伝えるつもりだった。
震える指で原稿を持つ。
胸の奥が熱くて、言葉が喉につかえて出てこない。
息を吸い込んだ瞬間、
——世界が止まった。
放送室の時計の針も、校庭の桜も、音も、すべてが止まっていた。
戸惑いながら、彼は放送室を出た。
止まった廊下を歩き、止まった教室のドアを開ける。
彼女がいた。
友達に囲まれて、笑っていた。
声はないのに、笑顔だけが胸を刺した。
この声を届けたら、この笑顔はどうなるだろう。
名前を呼んで、ありがとうを伝えたら——
嬉しい顔をしてくれるだろうか。
それとも、困った顔をするだろうか。
わからなかった。
窓から入り込んでいた桜の花びらを拾う。
小さな花びらの感触だけが、胸の奥をあたためた。
言えなくてもいいかもしれない。
言わなくても、誰にも届かない声は、ちゃんと自分の中に残る。
放送室に戻った。
止まったマイクの前に座り、原稿を握りしめる。
世界が動き出した。
赤いランプが灯り、校内に彼の声が流れる。
「……卒業おめでとうございます。」
名前は呼ばなかった。
ありがとうも、好きですも、声にはしなかった。
でも、それでいいと思えた。
窓の外で止まっていた桜吹雪が、春の風に舞い落ちていく。
言えなかった言葉だけが、
春の風に乗り、どこか遠くへ溶けていった。
その日、世界は3分間だけ止まった。




