沈黙の厨二病(隠れた英雄)
漆黒の防風衣(黒のパーカー)
スカルオブチェイン(ドクロのネックレス)
覗き見る未来の眼(どこか斜に構えた視線)
そんな痛い名前と服装で身を固める男。
彼は、いわゆる“厨二病”だった。
授業中、窓の外ばかり見ていた。
ノートの端には、呪文のような言葉を書きなぐる。
クラスでは少し浮いていた。
いや、本人もそれを望んでいた。
「俺には使命がある」
「この世界はまだ目覚めていないだけだ」
「災厄は、いつも静かに訪れる」
そんなことを語る彼に、真顔で付き合う者はいなかった。
だが、彼は本気だった。
冗談ではない。どこかで、ずっと“何か”が起こると信じていた。
それは、ある放課後のことだった。
帰り道、いつもの公園。
小学生たちの叫び声が聞こえる。
何かがおかしい。
遊んで騒ぐ声ではない。
自転車が転がっている。
その隣には、小さな女の子が倒れていた。
目前では、大型犬が吠えている。
腰が抜けて動けないのだろうか。
大型犬は今にも飛びかかろうとしている。
近くには、小学生しかいない。
「誰か助けてやってくれ」
そう思った。だが、助けられる者はいない。
大型犬が身を沈め、飛びかかる体勢をとった——そのとき。
——世界が、止まった。
風が止まり、大型犬も止まった。
泣き叫んでいた女の子も、地面に凍りついたように動かない。
駆け出そうとした足は宙に浮いたまま、
思考だけが置いてけぼりになる。
だが、すぐに理解した。
「これは……本物だ」
「災厄の番犬が現れた。だが、俺が守る」
普段つぶやいていた“決め台詞”が、自然と口をついて出た。
それがなぜか、自分自身を勇気づける。
“闇の騎士”になりきってみると、
心の奥から力が湧き上がった。
犬は怖かった。
でも、震える足を前に出す。
止まった世界の中で、少女のもとへ向かう。
小さい頃、兄が野良犬から身を挺して守ってくれた背中を思い出していた。
少女の前にたどり着いた彼は、背負っていたリュックを下ろし、
中からハンカチを取り出す。
それを、少女のすりむいた膝にそっと巻いた。
そして、大型犬の前へ。
飛びかかろうとしていたその顔に、そっと手を伸ばす。
怖い。
だけど、震えながらも彼は言った。
「もう、大丈夫だよ……お前も、きっと寂しかっただけなんだろ……?」
彼は、大型犬を子供たちの視界から外れる茂みのそばまで抱えて運んだ。
そして、おやつに持っていたパンを置いてやる。
そのとき——世界が、動き出した。
大型犬はパンをくわえ、静かに道端の茂みに消えていった。
少女は、泣きながら立ち上がる。
友達らしい小学生たちが駆け寄ってくる。
彼は騒ぎを背に、そっと公園を出た。
誰も彼のことなど見ていなかった。
それでよかった。
声高に語らないヒーローも、きっといる。
厨二病だろうが、
自分を奮い立たせる言葉や姿勢は——確かに、彼を動かした。
“痛い言葉”じゃない。
それは、彼だけの魔法だった。
そして彼は、少しだけ自信を持てるようになった。
——その日、世界は3分間だけ止まった。




