沈黙の反撃 (手に残る感触)
苛烈だった。
殴る、蹴るは当たり前。
だが何よりも、心を削る言葉と無視が効いた。
それが一番、魂を壊すと知っている連中だった。
青年は、心優しい少年だった。
まっすぐに、努力を信じて育った。
中学時代、何をやらせても人並み以上にできた。
中でもバスケに出会ったとき、彼は目を輝かせた。
パスもドリブルも、チームプレーも楽しかった。
周囲からも一目置かれ、県大会ではスタメンとして活躍した。
その実績で、強豪校に推薦で入学した。
高校でも、また仲間とバスケができる。
——そう信じていたのは、わずか1ヶ月だった。
急にクラスの雰囲気が変わった。
話しかけてくれる人が減った。
無視される日が続いた。
そして、あの日。
初めて顔を殴られた。
喧嘩などしたこともない青年は、ただ涙を流した。
その顔を見て、加害者たちは笑った。
歪んだ喜びがそこにあった。
暴力、悪口、物の隠匿、嘲笑。
多彩ないじめが繰り返された。
「なんで、こんなことされるんだろう……」
答えは、ふとしたときに訪れた。
教室に入ろうとしたとき、女子生徒が囁いた。
——「中学のとき、県大会で叩きのめした相手らしいよ」
あの決勝戦。
一方的な展開だった。
途中から相手の動きが鈍くなっていたことを思い出す。
……それだけの理由で?
その日も、人のいない校舎裏へ連れて行かれた。
いよいよ手が出ようとした瞬間——
彼の中で何かがはじけた。
「ふざけんな……!」
青年は拳を握り、リーダー格の男に殴りかかった。
そのとき——
——世界が、止まった。
音が消えた。風も止んだ。
拳は、相手の頬に触れたところで止まっていた。
ただの寸止めのように見える。
だが、確かに拳には“感触”があった。
……殴ったのだ。
けれど、相手はびくとも動かない。
時間が、止まっていた。
恐る恐る男の顔を見た。
今まで、怖くてまともに見たことがなかった顔。
——あの試合。
ワンマンチームだと言われていた中学の対戦相手。
その中で、必死に仲間を鼓舞していたセンターの男。
思い出した。
あの試合、最後まで目を逸らさず、全身で戦っていた彼の姿を。
青年は思った。
「こんなセンターが、俺のチームにいたら」と。
そして今、目の前にいるその男は、
すり減ったバッシュを履いていた。
部活にはいなかったはずだ。
きっと、陰でずっと練習を続けていたのだろう。
……悔しかったのは、彼も同じだったのかもしれない。
勝利が誰かの夢を奪っていたのだ。
青年は拳をほどいた。
ただ、そっとその男の肩に触れた。
そして、肩から手を離したとき
——世界が、動き出した。
「……お前、まだバスケ……好きなんだな」
そう口の中でつぶやいた——
男は驚いたように目を見開いた。
そして、どこか寂しそうに笑っていた。
青年は言った。
「一度、ちゃんと話さないか。バスケの話をさ」
その数日後。
体育館には、心強いセンターと共に汗を流す青年の姿があった。
喪失していた「人との世界」が、ゆっくりと戻っていた。
——その日、世界は3分間だけ止まった。




